◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/05/09 http://dndi.jp/

ロシア体験紀行(その1)

〜モスクワ大学チュヴァシ校で講演の顛末〜

DND事務局の出口です。モスクワから距離にして東南約600キロ、列車を使 えば10時間以上もロスするというので、小型専用機をチャーターして2時間、地 図を頼れば、東ヨーロッパ平原のど真ん中でした。


機内の窓から下界を臨むと、ひっそりとした褐色の森林が広がり、灰色の地平 線上に鈍色のボルガ河が重なって黒い大地をうねっているのが見えました。その 水量は圧倒的で、川幅は5キロに及び、岸は河に向かって急な断崖になっている、 という。想像した通り河は、海のようでした。


もうすぐ新緑の5月というのに春まだ浅く、時折小雪が舞う遥かなるロシア再 訪〜その一歩は、モスクワ大学分校での特別講義というエキサイティングなス テージから、35年ぶりの追憶の旅は、その幕を開けました。


舞台は、チュヴァシ共和国の首都、チェボクサル市の郊外にあるモスクワ大学 チュヴァシ校でした。機械工学や経済学、法律など10学部、学生数5000人という 中堅規模の総合大学で、その3階の講堂に校長のアキモフ・A・ペトロヴィッチ さんが先導してくれました。横に教官で通訳のナターリア・アンドレナさん、長 身で聡明な女性でした。それに指導教官ら数人がその後をついていました。


入場すると、どっと歓声が沸きました。うむ、なんだかテンションがあがって きたみたいです。ざっと学生が300人、服装が一様にカラフルで明るい。とっさ に、一番前列の学生たちに近寄って話しかけてみました。ズドラーストヴィチェ (こんにちは)、オーチン、プリヤーノ(お会いできて嬉しい)…って、手を差 し伸べると、遠慮がちに握手してくれました。はにかんで、そして照れながら、 「えっ、変なロシア語使って、なんだか慣れ慣れしいんじゃないの〜」という声 が聞こえてきそうでした。


スピーチのタイトルは、「Japan's Strategy Towards Innovation」(イノ ベーションに動く日本の戦略)でした。冒頭、記者パソコンの普及による、記事 や写真の送稿や製版、印刷まで一貫したデジタル処理のプロセス、インターネッ ト導入前後の新聞社の状況、そしてDND誕生とDND研究所設立の経緯と理念 などを説明しながら、DNDサイトで昨年10月にスタートした「イノベーション 25戦略会議」への緊急提言の英語版を見せながら、その中間報告に触れて具体 的な技術の中味に言及しました。


「一家に一台の家事ロボット」、「ロボットが月に」、「ヘッドフォンひとつ であらゆる国の人と会話が簡単にできる」などの例を紹介しました。続いて、そ こから内閣特別顧問で、イノベーション25戦略会議座長の黒川清さんが力説す る、プロジェクト5つの狙いをひとつひとつ解説を加えました。こんな具合です。


Now, according to Chairman Kurokawa, the Innovation 25 project has five major aims, the first being: "Seeing into the future, creating the futur e." Mr. Kurokawa states: "2025 is a quarter into the 21st century; how old will you be, and what will you be doing in what kind of society? Wha t will your family, your children, your grandchildren be doing? We are now, in this global century, pressured to open up our country to the wor ld for the second time. Looking back into history, we can see that 'the key' has always been the eccentric talents of the "nails that stick out, " and innovation that generates social change." 


歴史を見れば理解できるように、カギはいつも「出る杭」("nails that stic k out," )である異能の才であり、社会変革であるイノベーションである、と いう趣旨のメッセージのいくつかを紹介し、それは黒川先生のやむにやまれぬ 「魂の叫び」(his soul-stirring outcry)という風な表現で伝えました。学生 が顔をこちらに向けて真剣に聞いていました。おしゃべりする学生はひとりもい ません。


スピーチの前日に黒川先生からメールが入りました。サンクトペテルブルグの エルミタージュなどを会場に6月4−7日、イノベーションをテーマにした国際会 議が予定され、黒川先生が参加するという。その内容を学生らに伝え、イノベー ションが今や世界のキーワードであることを強調しました。


I value the relations between you and hope to open a new page in the hi story of the great Chuvashia and Japan. Lastly, I would like to express my deepest condolences on the death of former President Yeltsin. May h is soul rest in peace. Thank you for your attention.


講義の最後には、この機会に日本とチュヴァシ国との新しい歴史の1ページを 開いていきたい、と述べ、先日亡くなった前ロシア大統領のエリツィン氏の訃報 に接し、心から哀悼の意を表したいと、伝えました。「スパシーバ」と感謝の言 葉を添えると、なんだか学生らが嬉しそうな顔をするから、こっちも気分がよく なってくるじゃないですか〜。


講義の直前、学長室で通訳のナターリアさんと原稿の読み合わせを繰り返して いました。が、彼女、専門外なのでしょうか、シュムペーターがわからないから、 「創造的破壊」の壁に立ち往生してしまって、経済学の学説のいくつかもうまく 通じない。


どういう意味か、って言われても専門の領域が異なる人を相手に、満足に英語 を使えない僕が、どうしろっていうの?ああっ〜と、天を仰いでしまいました。 また、冒頭の新聞記者時代の説明がまどろっこしいことに気づいて、そこで大胆 にそれらを一気に削除、極力やさしい言葉に修正、そして文節の大幅な入れ替え をも短時間にやりました。締切時間直前に飛び込んできた特ダネの処理のような 修羅場の様相でした。


途中、いささかパニック状態に陥って、スーッと血の気が引いて、手足に震え が襲ってきていました。あまりに削除の赤字を入れるので、通訳の彼女は目を白 黒させていました。言葉を簡略にしてざっくり整理すると、なんだか気が晴れて 体に生気がみなぎってくるようでした。危ない〜。


ざっと1時間の講義、しかし、それにどれほどの時間を費やしたでしょうか。 30回は手直しし50回は声を出して読み込んでいました。成田からモスクワへの10 時間のフライトは、ずっと辞書片手に発音やイントネーションのチェック、まる で小さなテーブルにへばりつくカブトムシ状態でした。いやあ、懸命な努力はあ らゆる困難を超える、ということでしょうか。後で気がついたのですが、正面で ビデオ撮影のカメラが回っていました。


満面笑みの学長が手をとって、ハラショ!学生も立って拍手をしてくれていま した。なんだか、とっても嬉しい瞬間でした。ホッとしていると、ここからQ& Aタイムという。ジトッと再び、額に汗がにじんできました。えっ!今度は、英 語に訳された質問を聞いて、それに英語で答える―という場面です。さあ、ここ が正念場です。う〜む、驚愕の第2ステージ!


出口さんが英語?って、皆さん疑っているでしょう。かつて大学2年当時、英 語のスピーチコンテストで並みいる上級生を差し置いて間違って優勝し、全国大 会にでた経験がある、と自慢しても遥か遠い昔のことです。到底人前で聴かせら れるレベルではありませんが、しかし―。


女子学生から、家庭用ロボットは何をするのか?という質問がある、と通訳の 女性はいうから、君のイメージはどのようなものか?と逆に質問すると、洗濯、 掃除、それに介護、それにゲームとか、おしゃべりとかも面白いという。後でわ かったのだが、女子学生の質問には、家庭用ロボットが他の電子機器との関係で、 誤操作が起きる危険性はないのか―という質問もしていたことが、同行してくれ たモスクワ在住の知り合いの女子中学生のザーラが指摘してくれていました。通 訳は、正確でなかったらしい。ザーラは14歳、日本語、英語が堪能です。ダンス が上手で、賢い。


やはり、「創造的破壊」の意味を問う質問が続き、そして、「私たちは、この グローバルなイノベーションの時代に、いま何をすべきなのか?」という男子学 生からの質問がありました。殊勲な質問です。


で、イノベーションとは単に技術革新ではなくて、外からの圧力ではなく、内 から変革していく組織、企業、そして社会の構造改革であり、結局は人である― という黒川先生の考えを披露し、いま学生のあなた達がこの地域を社会をなんと しても変えていく、という気概が重要で、将来のリーダーたらんとする確信を強 く持って、自分自身を成長させていってください。社会のために、多くの友人の ために、常に挑戦していくことを期待します、と伝えました。どうも、このとこ ろが良かったらしい。


大勢の拍手。記念の撮影。記念品贈呈と続いて、学生らが僕の前に並んで、セ ミナー招待の申し入れ、手帳にサインを欲しい、列をつくっていました。いやあ、 晴れ舞台だ。アキモフさんからプレゼントされたブルーのチュヴァシ校のピンバ ッチは、僕の誇りとなりました。


我々一行をチュヴァシ共和国に招いてくれた現地の人たち、それに同行の仲間 が、この思いもよらぬ?successに安堵の表情を浮かべて、手放しで喜んでく れていました。


気心が知れている若いアレキセーブが、「出口さん、perfect!」と言って握 手してきました。ザーラもその母親のジーナさん、ロシアの事情通で日本側の通 訳をも担うベテランの吉原龍介さん、日本から一緒で、チュヴァシとビジネスの アライアンスを結ぶ新会社「JEN」の発案者で団長格の田村文彦さんらも挨拶に 立っていました。ジャーナリスト仲間の柴田敏雄さんがそれらを写真に納めてい ました。それにチュヴァシを代表する実業家で多くの企業群を束ねる、ウラジ ミールさんが自慢の赤いベントレーで乗り付けて、歓迎の挨拶をしてくれていま した。彼は、この大学の理事職にある、と通訳の彼女が教えてくれました。いや はや、なんとも華やいだ友好交流の場となっていました。


ドラマはこれで終わりませんでした。実はこれが、予期しない新たな展開を呼 び込むことになるんです。翌日の午後、視察先の養鶏場で、ボルシチやジャガイ モなどといったロシア家庭料理を堪能していると、アキモフ学長から連絡が入り、 至急、大学にきてほしい、という。午後のスケジュールがいっぱいで学長との懇 談は、夜のディナーに場所を変えるのですが、その要請とは、モスクワ大学チュ ヴァシ校とDND研究所との友好協定の調印でした。


「Corporation Agreement」。23項目に及ぶ、科学、教育、文化、それに人的 交流、学術関連の交換、ビジネス活動など全般にわたっています。英文とロシア 語がそれぞれ2通、計4通にサインしました。日本側から田村さん、チュヴァシ共 和国側からウラジミールさんが後見人になってもらい、4人で記念撮影に納まり ました。さて、これからどんなことになっていくのでしょうか。


強く太い1本の絆が、日本とチュヴァシ共和国の間で結ばれました。6月中旬に は、現地で新技術の展示会が開催されます。それを共催することになりました。 日本からも数社、出展する意向です。会場には、ニコライ・ピョードル大統領ら 関係大臣も姿を見せる、という連絡が入っています。


さて、そのチュヴァシ共和国。人口約135万人。ロシア連邦の中では、裕福な 地域のひとつに数えられています。その首都がチェボクサル市です。ボルガ河は すぐ目の前です。清潔な街は、ようやく春が訪れたらしく、カラマツの街路樹が うっすらと新芽を出しつつあります。


が、その周辺をつぶさに見て回ると、旧ソ連時代の老朽化した工場や産業遺産 が次々とリニュアルの途上にあり、広大な都市開発や新プラントの導入が猛烈な スピードで進められています。戦後の日本の復興ムードを感じさせる、とリー ダー格の田村さんが指摘していました。


いま、遠慮のないグローバル経済の投資に沸くモスクワやサンクトペテルブル グの奔流、その流れが周辺のチュヴァシ共和国にも及んで、いま金融投資、不動 産売買のバブリーな景気浮揚の波がひたひたと寄せているようです。次回は、サ ンクトペテルブルグ、そしてモスクワへと飛んで、ロシアの大都市圏でいま何が 起きているのか、そこで垣間見たその激流の断面をご報告します。


※4月から、DNDはDND研究所が主管となり、(財)ベンチャーエンタープライ ズセンターが後援して運営しております。この体制の移行について、ご意見やご 要望がありましたら、お聞かせください。 以上です。


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