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出直し責任メディア・朝日新聞の本気度


DND事務局の出口です。毎年ながら、こんなに白に近いものだったかと思いな がら見上げる。しかし、白そのものではもちろんなく、花は、ほんのりと薄紅に 染まって風にゆれている。〜<さまざまのことを思ひ出す桜かな>。いつもなが ら、わかりすぎて憎いような、芭蕉の一句が浮かぶ〜。


素敵でしょう。この季節、こういう記事を読むと、気持ちが和んでくるようで す。新年度を控えて、さまざまな人生が不安と希望の狭間で揺れる個々別々の様 をこのコラムは伝えようとしているのでしょうか。


「天声人語」の筆者が交代する、という3月31日の朝日新聞の社告の見出しに目をやって、すぐ真下のそのコラムに移すと、いつものやわらかなリズムながら、こんな風に妖しげな春の色を描写していました。


そう、そう、そうでした。つい数日前、満開の墨堤界隈をふらり歩いて、一瞬、 その白さにわが目を疑ったばかりでした。あれっ、その白さに驚いて、見慣れて くれば、白そのものではない。う〜む、生業とはいえ、よく観察し、うまく表現 するものです。


さて、どんな人がどんな表情で、こんな文章を書いているんだろう、〜って、 気になりませんか、ならない!でしょうね…。僕は、なんだか、そこに興味が移 ってしょうがない。


キーボードに向かってカシャカシャやるんじゃ、なんだか安っぽいし、風情が ない。鉛筆で、原稿用紙のマス目を埋める昔ながらのスタイルがいいのだが、灰 皿に吸殻が溢れ、紫煙漂う後姿から鬼気迫る、というのは、もう昔の論説室の光 景でしょう。職場は禁煙、原稿はすべてデジタル化、専用のPCで原稿を打って いるはずです。そんな中で、アナログ記者を頑固に貫き通して いるかもしれません。まあ、そんな楽しい空想をも呼び起こしてくれる完成度の 高いコラムでした。が、馴染みのコラム、その筆者が変わる、というのは、僕に とってなんだか一大事だ〜。 


 社告を読むと、筆者は、高橋郁男論説委員、04年4月から丸3年の担当でした。 文末に<年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず>と唐の詩人、劉希夷の 「白頭を悲しむ翁に代わり」の第4節を引用し、流転の世と悠久の自然という理 を対比させながら、筆者交代もその浮世の必然という意味を込めたのでしょうか。 この唐詩、詠人に劉廷芝という名もネットに登場します。さて、どっち?悩まし い。このくだりを確認するのに小一時間かかりました。はあ〜。


しかし、まあ、この最後のコラムは、いつもながら抑えが利いて秀逸でしたね。 読んで、はらはらと花吹雪が舞い散る情景が浮かんできました。少し寂しい気も してきます。そして、私事で恐縮ながら、筆者も今年還暦、という。


本文中には、今年、団塊の世代の先頭の一団が還暦を迎えた、として、「考え てみれば、団塊などと一塊にしてみたところで、中身は一人一人別々だ。継承に 悩む職場がある一方、重しが消えて風通しがよくなるところもあるのではないか。 この団塊に限らず、人は人を、その属する集団や出身などの塊で見がちだが、個 別のばらつきの方がはかるかに大きい。それを改めて知る春なのかもしれない」 と切実に迫ってくるのは、筆者自らの半生にその思いを重ねていたからなんですね。


「全体」と「個」、それらの彩を複眼的に見ていかなくてはならないのでしょ うね。いつの時代も、どんなテーマでも…。なんだか、「天声人語」特集みたい になってしまいますが、ご容赦ください。そこで、これまで切り抜いて手元にあ る、お気に入りの「天声人語」をいくつか紹介しましょう。



 「白昼なのに、暗い闇があたりを包み、雷鳴がとどろく。雨が若葉をたたいて したたり落ちた。昨日、東京都心では一時嵐の様相となった。この明け方、築地 の国立がんセンターで、ひとりの記者が力尽きた▼身内のことを記すのをお許し いただきたい」〜という書き出しは、06年4月26日付のコラムで、「天声人語」 の前の筆者だった小池民男さんへの追悼でした。


昨春からコラム「時の墓碑銘(エピタフ)」を連載し、食道がんで倒れた後も 病床で執筆した、という。享年59歳、仕事場以外では、常に傍らに酒とたばこが あった。それなりの修羅も、あったことだろう、とその身を削るような日常にさ りげなく触れていました。そして、「コラムに限らず、新聞記者の仕事のひとつ は、人と時代の営みから『時の肖像』を描くことだ。小池さんは、最後まで力を 振り絞って、その姿を追い続けた」と締めくくっていました。



 もう一遍は、今年1月26日付のコラムです。


「白く、そしてあかく咲き始めた梅の向こうに、青空が広がっている。一筋の 飛行機雲が流れてゆく。東京都心での開花は平年より早い。寒気のなかで、いつ もながらの凛としたたたずまいを見せている▼作家の藤沢周平さんが亡くなって、 今日で10年になる。出身地の山形県鶴岡市では先日、「寒梅忌」が開かれた。 没したこの時季と、端正で香り高い梅の花に、人柄や作風を重ねての命名という 〜。


このコラムでは、「たそがれ清兵衛」をはじめ、主人公の多くは、時代の主流 ではなく傍流の人々だった。それが様々な困難に直面し、悩み、そしてついに足 を踏み出す。その姿は時を越えて、人生の哀歓と響き合う〜と藤沢さんの作風、 その傍流への思いを綴っていました。



 うまいものですね。天声人語は、1行に11文字あって数えると59行になってい ました。「天声人語」のカットが文字の上にのるため、最初の5行は、1行7文字 になり、書き出しの1行は、さらに頭を一字開ける決まりから、句読を含めて6文 字の配列になります。すると、どうでしょう、書き出しの文字数、句読の禁則な どにもこだわりが感じられます。文字を手繰って言葉を選んで、いかに読み易くするか。老練の極め技が冴えるんですね。


この3つコラムを読み比べて、ハッとしました。冒頭の団塊世代の定年を捉え た「毎年ながら、こんなに白に…」(3月31日)、「天声人語」の前の筆者、小 池民男さんの追悼の「白昼なのに、」(06年4月26日)、そして、藤沢周平さん の寒梅忌にちなんで書いた「白く、そして」(1月26日)、そのいずれにも共通 する題材が、「白」の文字です。筆者は意図して「白」を紡いでいたのでしょう か、あるいは、偶然かもしれません。


あんまり褒めると、褒め殺しなっていけませんので、ケチをひとつ。政治ネタ で、国家公務員の営利企業への天下りを原則2年禁じた規則を撤廃するという、 政府の方針を取り上げて、「要求」や「口利き」ができないように、天下りを原 則禁止し、規制の対象を営利企業だけではなく、公益法人などへ広げる方が先で はないか〜との論説っぽいコラムについてです。


その理由として、こんな解説を加えていました。


〜天下りそのものは、民間企業にもある。大きな組織には、つきものといえる。 しかし、長年「公」の仕事をしてきた人が、その経歴や地位を使って企業など 「私」の利益を図ることが「公」のためになるとは到底思えない▼この因習を断 つ方向をめざして、歩みを進める時だ。官と民の「交流」は必要だが、間違えば、 それは時代への「逆流」になりかねない、と。


このコラムが流れを変えたかどうか、わかりませんが、政府の方針を強く後押 しし、内外にアピールする効果は絶大でした。昨日3日の1面トップは、政府の天 下り規制から公益法人や独立行政法人を外す動きが強まってきた、という記事で、 コラムの続報的な内容で、公益法人を外すと、国家公務員がこれら法人に天下り して営利企業に転職する「抜け道」になりかねない、という趣旨で、法案化作業 の焦点になってきた、とも報じていました。


その攻防〜。省庁側は、「行政の事務を担う独法や一部公益法人は行政の関与 なしには業務は遂行できない」として規制から除外するよう求めており、政府内 には、改革姿勢をアピールするうえで例外措置を増やしたくないとの声もあるも のの、省庁側の協力なしには改革は実現できないとの意見も根強い〜など政府内 で接点を探る動きが今後強まりそうだ、と見通しを伝えていました。


僕の懸念は、政府の方針として、国家公務員制度の改革が行われるのはやむを えない事情もあるのでしょうが、政党関係者も含め、テレビ、新聞のメディアも 一緒になって、それらをターゲットにしていることです。中央省庁の官僚を国家 公務員という塊で一律に論じ、それも容赦なく、坊主憎けりゃ袈裟まで式の、そ の攻撃の手を緩めないステレオタイプな現状には違和感が残ります。


本日の他紙を読むと、「天下り」、「政府、完全封鎖目指す」との見出しの本 文に、「これからは戦争になる」(政府関係者)、「官僚らは規制対象から公益 法人や独立行政法人を除外することで、天下りあっせん規制を骨抜きにしようと もくろむ。」と書いていました。これは朝日新聞ではありませんが、官僚の取り 扱いに妥当を欠いてはいませんか。官僚って、そんなに悪い利権屋なのでしょう か。じっと声をひそめて悔しい思いをしながら、事の成行きを見守る彼らの、現 場の声も聞いてあげてください。


朝日新聞は、4月1日からの紙面改革で、新しい確かな一歩を踏み出した印象を 持ちます。1面の題字下のインデックス「朝の1分」は、読者の念願だったのでし ょう。どこのページに何が掲載されているか、それをひとめでわかりやすくしま したね。3面のドキュメント「医療危機」は、編集委員、田辺功さんの渾身の取 材でスタートしました。夕刊も充実しました。「新聞と戦争 それぞれの8.1 5」も戦前戦後の暗黒の新聞史のタブーに挑戦するものです。評判の「ニッポン 人・脈・記」は、「ゆっくりと(1)」は、「北の国から2007年春」。横組みで、 写真もワイドになりました。2010年で富良野塾を閉じる脚本家、倉本聰氏の心模 様に迫って、「業界やマスコミの高慢さに腹が立つ。組織人間とぶつかる〜」と いう富良野への動機を引き出していました。


本日の社説「病気腎移植」は、患者や家族への思いを理解しながら多角的に迫 って、慎重に言葉を選んでいました。関連学会と連動して、万波誠医師をひとり 問題にしても根本の解決にはならないと思います。どうか、この問題への知恵を 絞っていただきたい。インフルエンザ治療薬「タミフル」をめぐる問題も一筋縄 ではいかないようです。服用、いや服用していない10代でも異常行動があったり、 と厚生労働省の迷走が、そのまんま新聞の報道にも影響しています。そもそも、 なぜ「タミフル」か、という指摘もあります。情報が錯綜し、日々の断片的な記 事を鵜呑みにしていては、確かな判断ができなくなっています。


出直しの責任メディア、朝日新聞。いま最も必要とされる条件とは何かを問い、 苦悩し、いきついた先が「公共性」だという。記者たちの強い危機意識から生ま れた新紙面、その心意気に期待します。多メディア時代に生きる私たちも、情報 の受け手から発信する側への転換、そしてあらゆる情報の洪水の中から正確な情 報を取り分ける、そういう目利きがより重要となってきているようです。


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