◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/10/25 http://dndi.jp/

「イノベーション25戦略会議」発足に寄せて

〜新企画「学術の風」、「NEDO」、「緊急提言」〜

DND事務局の出口です。「Japan's new premier chases innovation」〜 「新首相のイノベーション旋風」とでも訳すのでしょうか。こんな洒落た見出し は、英国の科学誌NATURE10月19日号のNEWSでした。それにしても、にわかにイノ ベーションブーム、それは旋風という表現がよく似合います。


記事は、安倍首相が従来の慣習に縛られず、黒川清氏という科学振興を牽引し てきた逸材を内閣特別顧問に任命したことを伝え、この起用は意外であった、と コメントしていました。


その理由は、これまでの4人の前任者は、いずれも経済、あるいは法律の専門 家で、黒川氏のような科学技術の専門家の起用は異例で初めてであるからだ、と いう。


"To keep growing we need innovation that can totally change society, lik e the Industrial Revolution and the Internet."


この"To keep〜"の英文は、取材に答える黒川氏がイノベーションの必要性を 分かりやすく説明した談話の一部です。これが、誌面本文の真ん中に、ゴシック 文字で目立つように組まれていました。写真と文章のバランスもよくレイアウト も素晴らしい。記者の署名に、Ichiko Fuyuno。


黒川さんの起用は、これでもわかるように存在がそのニュース価値を生み、自 らが世界に強い発信力を持つ、ということの意味でもあり、もうそれだけでも内 閣のパフォーマンスは多いに向上した、といえるかもしれません。


「安倍首相は科学技術の顧問の必要性を認識されていると思います」という前 置きが本文にあって、その後に続く談話は「経済成長には、産業革命やインター ネットのように、社会変革できる新たな科学や技術イノベーションが必要です」 ということのようです。


まあ、イノベーションを技術革新と捉えれば簡単ですが、意図するのは、勿論、 新技術を開発するというレベルに留まらない。それは、科学技術振興機構研究開 発戦略センター長の生駒俊明さんが、10月16日付の日経新聞で指摘しているよう に「科学的な知識を社会や経済の価値に変換するプロセスであり、新技術によっ て生活スタイルを大きく変えるパラダイムシフト(構造的変換)」というソーシ ャルイノベーションという考え方がより近いかもしれません。


付け加えれば、生駒さんのご懸念は誠に至言で「大学の論文は増えたが、企業 に技術移転された成果はまだ少ない。新技術といっても果実をビジネスとして花 開かせる力は育っていない」とシビアです。


そこで、その記事によると、黒川氏のミッションで、もっとも重要な課題とな れば〜。
 2025年の社会に何が必要かを予測す「INNOVATION25」の戦略立案、それに伴う 医学、IT、環境の各分野での処方を明示することだ〜と指摘し、さらにこれは小 泉改革路線の推進であり、黒川氏を筆頭とするチームが来年6月までにその案を 創り上げるであることにも触れていました。安倍新内閣のもうひとつの核心、そ れがイノベーション25戦略であり、そこの推進者に日本学術会議の前会長を据 えたこと、今後の日本の長期戦略を占う意味で重要なポイントであること、安倍 首相と黒川特別顧問の二人三脚の出口戦略は〜など、黒川氏の談話の他、日本の 識者数人へのインタビューも怠らず客観性を保って論評されていました。


この2ページにわたる特集記事は、極めて突っ込んで書かれていました。さす がNATUREと感心しました。記事に仕立てるのもスピーディーでした。今の時点 (24日)で、イノベーション25戦略会議設置前の取材だったはずなのに、「イノ ベーション25」についてこれほど詳しく書いた記事は見当たりません。


イノベーション25の戦略的意図が、NATUREという国際的な媒体を通じて世界 に発信される、となれば、すでにメディアにおけるイノベーションの予兆さえも 十分に感じさせてくれます。日本の取組みがグローバルな視点で展開され、そこ に立つリーダーが世界級であれば、自ずと世界のメディアが動くことになります。 だから、大臣の会見だから政治部記者や特定の担当記者という図式、その記者ク ラブ制度だっておかしなもので、もうこれからは通用しないのではないか。何が ニュースか、誰に向けて発信するのか、そこの意味も問われていることを知らね ばならない。政治部記者にパルサミーノ?って聞いたら、きっと何かソースの名 前?って言う答えが返ってくるかもしれません。違ったら、ごめんですが‥。


日本のメディアは、その一方、高市科学技術相が20日午前の記者会見で発表し た「イノベーション25戦略会議」の設置などについて触れていました。まあ、発 表文を伝えるのをインフォメーション、事実に迫り論評を加えるのがインテリジ ェンス、どっちも重要でしょうが〜。発表文は、座長に内閣特別顧問の黒川清氏、 そして座長以外のメンバーには江口克彦PHP総合研究所社長、岡村正東芝会長、 金沢一郎日本学術会議会長、坂村健東大教授、寺田千代乃アートコーポレーショ ン社長、薬師寺泰蔵慶応大客員教授の名前を列記していました。その当日朝は、 NHKが記者会見前に繰り返し「イノベーション25戦略会議」設置へというニ ュースを報道していました。


明日26日午後には、その初会合が開催されます。そこには安倍首相が出席され る予定です。計画では来年2月に目指すべき技術革新の全体像に関する報告書、6 月までには分野別の工程表、いわゆるロードマップなのでしょうか、それらを具 体的にまとめる、段取りになっているようです。新聞はこれから多いに競って詳 細なドキュメントを取り上げることになるかもしれません。


先週発足した教育再生会議、そして今週の技術革新戦略会議、それぞれまった く違う課題を抱えながら実はそこに共通しているのは、多くの人の知見と知恵、 それをどれだけ捻り出すか、が事の成就の核心だということです。特に、その座 長の差配に熱い視線が注がれているのも確かです。


複雑な難題に鋭く切り込んで本質をズバリ言う、どんな状況でも甘言やささや きに、それに権威や脅しに惑わされない。どれだけ多くの人を動かせるか、共感 させうるか、そして人を育てる、という賢慮型のリーダーのことを新しい概念で、 PHRONETIC leadersというらしい。


余談ですが、数日前、黒川さんからの個人的なメールで、その言葉を知りまし た。PHRONETIC(フロネティック)は、ギリシャ語のPhronesisを意味し、野中郁 次郎氏がそれを「賢慮」との言葉をあてて、本田宗一郎氏の経営スタイルをPHRO NETIC leadershipと概念付けているともいう。


We need all the help of those who REALLY want to change Japan Inc, PHRONETIC leaders.


「イノベーション25戦略会議」の座長を務めるに当たり、黒川さんは、DND の仲間の多くにこんなメッセージを伝えてくれていました。高い志が伝わる、名 文句です。そんな黒川氏のことをNATUREは、どのように紹介しているのでしょう か。


黒川清氏。内閣特別顧問。腎臓専門の医者。米国で研修し、15年間臨床医と教 鞭の経験を積んだ後、東京大学、東海大学の教授、この9月まで日本学術会議会 長である間、女性会員の増員と会員の選出方法の改革などの構造改革を成し遂げ た。


「日本の大学と研究者が狭い研究領域に凝り固まり、国際的な共同研究やより 幅広い研究の実用性を考慮しないことに批判的である」という。


まあ、僕なんかからすれば、黒川さんの「自ら70を超えない」という会長職の 定年を区切って自らの任期を早める、という決断に古風な潔さを感じています。 多くの立場ある識者や要職の人が晩節を汚すなかで、ダンディーな黒川氏の身の 処し方は、やはりクールでした。だから、いつも笑顔が少年のように輝いている のかもしれない。


時がめぐって、9.11のメモリアルな誕生日が、新内閣発足とシンクロして、 偶然があるいは前から約束されているような必然となって、活躍の大舞台に立つ 〜というのも、なんともストーリーテラーを地で行く格好のよさを絶賛しないわけにはいかない。


さて、本題、そして結論へ。本日からその注目の黒川清さんが、DNDサイト にコーナーを常設して登場です。DNDサイトのトップページをご覧になって、 右上段の「学術の風」からコラムを読めば、「内閣特別顧問に」というその経緯 に触れていらっしゃいます。


任命後の安倍首相と、「イノベーション特命室」設置後の高市大臣らとのツー ショットの写真も掲載しています。「学術の風」。そんな素敵なタイトルを独占 しても、たぶんこの人だったら誰も文句はないでしょう。黒川さんのHPとシーム レスにリンクし、コラム、記事、スピーチなどの最新情報をDND上から閲覧が可 能になったわけです。着想から3ケ月、DND総力を挙げての編集で、タイトルも デザインも、そして内容もよく、さらにスタート時のタイミングも偶然で、とっ ても冴えた企画力と自負しています。これは今年の社長賞にノミネートされるこ とは間違いありません。ほぼ当確です。


「学術の風」のスタートに際して、黒川さんからこんなメッセージが届いてい ます。その一部です。


「日本のそして世界の科学をめぐるいくつもの課題があります。一方でノーベ ル賞のような明るいニュース、他方では不正行為、グローバル時代の社会の課 題、人材の育成、大学のあり方等々、話題に事欠きません。(中略)情報手段の おかげで私もサイトで皆さんに発信していますが、より広く皆さんと認識を共有 し、共感し、高い志(こころざし)を育てたいと考えています。日本学術会議の 会長を辞しましたが、思いがけなく科学担当の内閣特別顧問を拝命しました。そ して、イノベーション25戦略会議の座長を務めることになりました。これらに ついても私のサイトで紹介しています。いろいろな人たちの交流の機会も増え、 明るい社会を築けるといいですね」。


もうひとつ。そこで、「イノベーション25戦略会議」の発足を捉えまして、 「緊急提言」と題した集中連載をDNDサイトでスタートしることになりました。 本日、トップページにアップしています。デザインは、専属の杉山モトムさんで す。今回も飛びっきり斬新なアイディアが散りばめられています。


黒川さんを10人のサムライが囲んでいます〜う〜む、なんとも凛々しい。いや あ、その中での紅一点は、原山優子さんです。日本経済の成長を牽引し、日本の 強みを発揮するイノベーションの長期戦略をDND連載執筆陣によって展開し、 イノベーション25戦略立案に役立てられることを念願しています。このコー ナーを担うのは、以下の方々です(順不同)。


原山さん(東北大学教授)、森下竜一さん(大阪大学教授)、服部健一さん (米国特許弁護士)、古川勇二さん(東京農工大学教授)、石黒憲彦さん(大臣 官房審議官)、濱田隆道さん(VEC理事長)、橋本正洋さん(NEDO企画調整部 長)、中西宏典さん(資源エネルギー庁課長)、山城宗久さん(中小企業庁課 長)、それに私出口俊一の10人が中心ですが、皆様方からのご投稿も熱烈歓迎い たします。


さて、DNDサイトの検索で「イノベーション」を調べると、100本以上の 記事にヒットします。これは、結構なボリュームになります。大学発ベンチャー の起業、創業のフィールドとイノベーションが実に密接不可分な関係にあること を裏付けているようです。基礎研究への投資を拡大し、多いにリスクマネーの供 給を促す。そして、森下さんらが中心的に活躍している大学発バイオベンチャー 協会が以前から懸念を表明している、新薬の臨床試験の効率化を急ぐ、エンジェ ル関連の税制の見直し、ベンチャー育成への政府調達などその具体的に指摘され ている課題も少なくない。が、なんといっても2025年戦略、といってものん びりしてはいられない。イノベーションをめぐる議論も随分、沸騰気味なところ もあるので、そこで、斬新で新味があってグローバル、そんな欲の深いテーマが あるのかしら〜って少し心配もしています。


今年の2月にイノベーションと知的財産「米国パルサミーノレポート・仏ベフ ァレポートと日本の針路」と題したシンポジウムの企画は、原山さんでした。大 学発ベンチャーのフロントランナーでアンジェスMG創業者の森下さんはその時の パネラーでご活躍でした。弁舌が柔らかで、スケールが大きい。テクノロジーイ ノベーションに造詣が深くイノベーション・スーパーハイウエー構想にコミット する古川さん、そして幅広い見識のVECの濱田さん、経済産業省最強の論客・石 黒さん、2005年夏の愛知万博開催期間中に実施した世界の発展に向けた新たな戦 略「日米グローバル・イノベーション・サミット」のプロデューサーは中西さん でしたね。いやはや、DND執筆陣は多彩でその領域に最も深い知見をお持ちであ ることはあえて申しあげるまでもありません。


そして、この度、新たに経済産業省の元大学連携推進課長で現在、NEDO企画調 整部長の橋本さんが、「イノベーション戦略とNEDO」という絶妙なタイトルで、 やはり本日から連載を開始しました。NEDOの優位性、「速度」と「融通」の二文 字を独占するNEDOの戦略は、元来イノベーティブだったようです。


さてさて、「イノベーション25戦略会議への緊急提言」〜。 この集中連載 が、どのような意味を持つか、特段それ以上のことは意図しておりません。


座長の黒川さんの提言策定への参考になれば幸いですが、だからといって、そ のためにあえて構える必要もなく、普段感じていらっしゃる、日本のイノベーシ ョンの出口戦略、その問題や課題をご一緒に考える「智恵の広場」になれば幸い です。そして、皆様方からのご提言が日本の長期戦略の礎になることを期待し、 よりよいニッポン再生の起爆剤になることを念願してやみません。


 黒川さんからは、この集中連載にもその座長という立場から「イノベーション を誘発し、推進する"場"への期待」と題して以下のようなコメントを寄せていた だきました。


『世界中から「イノベーション」が発信されています。ちょっと「Google」で 見てもその数の多さに圧倒されます。でもこの意味は何でしょうか。一方で、各 国が「イノベーション」をキーワードに成長戦略を打ち出しています。わが国で もこの1、2年、「イノベーション」という言葉が広がっています。
 安倍総理は所信方針で「イノベーション25」を打ち出しました。高市大臣が 担当です。突然のことですが、私は内閣特別顧問に招聘され、この会議を取りま とめることになりました。
 このDNDサイトで皆さんと意見交換しながら、「イノベーション25」の目 標、議論、進捗等を広く皆さんに知っていただき、日本の明るい未来への明確な メッセージを持った提案にしていければと考えています。どうぞ、ご支援くださ い。内閣特別顧問:科学・技術・イノベーション担当 黒川清』


重く軋む歯車が、時代を走る優れたリーダーを擁して、ようやく、ぐるりと静 かな回転を始めたようです。どのようにやるかの議論から、誰がやるか〜それに よって描かれる風景がまったく違ってきます。組織主義の弊害を突き破って登場 してきた、ベンチャラスで自立した人物に光が差し込んできているようです。


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