◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/09/27 http://dndi.jp/

「世界大学の潮流」と「大学の大相撲化」の符号

DND事務局の出口です。脳の渦をゆっくりめぐる、なんの脈絡も取り留めも ない幾つかの素材の、点と線、その中のひとつをタイミングよくひょぃと摘み出 して、う〜む、腕組したり、遠くに目をやったりしながら数日、あるいは数ヶ月 にも及ぶこともありますが、あれこれ意識を集中させて念じていると〜。


ひらめき、って言うより、漠としたそれまでのアイディアの、点と線が徐々に 平面から立体に膨らんでその姿を見せ始め、それに関した最新の情報やデータが 磁場に吸い寄せられるように、どこからともなくいつの間にか集まってくるんで す。


そして、ふわっと弾けて、その拍子に主題となるべくタイトルがくっきり見え て、俄かに書き出しの文章すら数行浮かんで、その全体構成の輪郭を見事に際立 たせてくれる、ことがあります。


そんな経験ありますか?毎週配信のDNDメルマガのテーマアップ、そのヒン トは、いつもこんな風に生まれてくるんです。なんとも不思議で、何かに突き動 かされているような錯覚すら抱いてしまいます。


ああっ!いけない〜また新たにふわっと‥「美しい国」、「再チャレンジ支 援」、「イノベーション」、そして「拉致問題解決」等への総力布陣、その新味 の安倍新内閣の顔ぶれから伝わる一種の高揚感は、覚悟の船出の戦後最年少首相 と、同世代という個人的な思い入れからなのでしょうか。


さて、本題。学問の秋にふさわしい題材をひとつ。でも、これは結構、専門的 で深い。それは、世界の一流大学、その潮流が、世界から優秀な留学生を競って 集めるグローバル化の波が席巻し、ひたひたと足元を侵食し始めていることを認 識し、それにどう迎え撃つか、という日本の大学の大きな課題です。


現在、客員教授を務める所属の大学院の将来構想検討委員会の委員という立場 と偶然重なって、いま懸命になって、その将来の青写真を練って最終段階に入っ ているところですので、ちょっと力が入るかもしれません。いやあ、少しも座し て瞑想にふけっている場合ではない。急ぎ、ともかく、なんとしても、外に飛び 出さなくっちゃ〜。


「枠を飛び出す」。毎日新聞2面のコラム「発信箱」で、その日、科学環境部 の看板記者・元村有希子さんは、そんな見出しで日本学術会議の前会長、黒川清 さんの自説のひとつ「大学の大相撲化」に触れていました。


で、「大学の大相撲化」に込められた黒川イズムの真髄については、黒川さん の言葉を借りて、もう少し補足が必要かもしれません。大相撲といえば、国技、 バブルの絶頂期に小錦が大関になった時、外国人横綱はとんでもない!って言っ ていませんでしたか?しかし、今はどうでしょう?って切り込んで、ざっと相撲 力士760人ほどのうち、外国人は60人(8%)、幕内では42人のうち13人(32 %)、三役以上は10人のうち4人(40%)で、横綱はご存知の通り1人中1人(100 %)と、あれから大相撲が一気にグローバル化した現状を解説しながら、続いて 次に黒川さんはこう訴えているんです。


何かマイナスになっているでしょうか?日本人のプライドを傷つけているでし ょうか?苦労はしても日本の文化、社会を好きになる、頑張る外国人に親しみを 感じ、むしろ、日本人も国技相撲に誇りを持っているのではないでしょうか、そ の外国人力士が、その母国で日本の評価を高めてくれているのではないでしょう か〜と、歯切れがよく明解です。


秋場所千秋楽。NHKでご覧になりましたか?〜ひいては寄って、残されては 寄り、反ってしのいで、こらえて耐えて(ハーッケヨーイ!)、そして、突いて ねじ伏せて、ドーンと勢いよく俵の外に飛び出すように倒れ込む。もう少しで打 っちゃっていたのに、物言い?ないの?えっ!固唾を呑んで見守った、その30秒 にわたる力相撲は、圧巻でした。


その最後の取組といえば、18度目の優勝を決めていた朝青龍と逆に綱取りに絶 望となった白鵬、優勝の行方にも昇進にも影響しないけれど、力士としての意地 を見せた大一番でした。モンゴル勢同士という違和感は、まったくなく観客席も 沸き返っていました。その一番の懸賞金の数、新記録の51本はその確かさを裏付 けていました。ひと勝負ざっと300万円のせめぎ合いでした。


優勝のインタビューで、「初日から千秋楽まで全力士を応援してくれてありが とうございました」と朝青龍の日本語は流暢で、心がこもっていました。「全力 士」という咄嗟の言い回しは、横綱にふさわしい。自民党新総裁に選ばれたばか りの安倍晋三官房長官からの総理大臣杯授与も大相撲の人気に花を添えていまし た。


いやあ、ついでに幕内力士42人の出身を調べると、最も多いのがなんとモンゴ ルの7人でした。その次が6人の青森県、続いて3人の大分県の順でした。小錦か ら朝青龍に至る、外国力士の活躍による国技のグローバル化は、どこよりも早く 日常化したようです。


まあ、黒川さんの鋭い着眼は、いつも具体的でこんな風に分かりやすい。もう ひとつの自説に、「野茂がメジャーに行く」があります。「1995年は日本にとっ て忘れられない年」として、よく引き合いに出しています。これは黒川さんの十 八番です。僕は、もう5回ぐらい聞いて、3回ぐらい書きました(笑い)が、何度 聞いても新鮮です。


周辺の反対を押し切って海を渡った野茂英雄投手、その米メジャーリーグ初挑 戦から10年余り、その野茂の小さな一歩から、日本のプロ野球界に激震が走り、 球団の経営も国民の価値観も大きく変化し、いまや20人近い日本人メジャーリー ガーが活躍する、そんな流れに繋がっていて、それこそが「グローバル世界」な のである、と断じて、野茂の一歩、勇気あるひとりの英断が時代を、世界を変え る、と評価し、エールを送っているんですね。的確でジャーナリステックな論評 です。


「大学の大相撲化」。その意味、意図、意義、それで何を伝えようとしている のか、もうおわかりですね。学術は国境を越えた普遍的価値を提供する、ことを 前提として、世界の一流大学に押し寄せる新たな潮流を、21世紀のグローバルな 「フラットな時代」の到来と読んで、「大学の場をアジアや世界の若者へ開放」 し、「率先して品格のある国家の範を示す」べきである‐と指摘し、その閉塞状 況下の日本の大学の「鎖国マインド」を払拭しよう、と懸命です。


それで、日本の大学の改革を大相撲になぞらえて、「大学の大相撲化」と呼ん で、こうしている間にも若い学生が気がつかないまま、どんどん素通りしてしま うから、もう待ったナシの改革なのです‐と訴え続けていました。先般の日本プ レスセンターでもそうでしたから、きっと奈良先端技術大学創立15周年のスピー チでも、その辺を強調されたことと思います。


もうちょっとその辺をフォローすれば、「IDE現代の高等教育」(2006年5月 号)に掲載の「新科学技術基本計画と大学改革」の論文や、「日本の課題、世界 の課題」と題した第103回日本内科学会講演会でのスピーチなどでも言及してい ました。要約すれば〜。


大学は、多彩な人材を育てて、社会に送り出す「場」です。だからこそ、グ ローバル人材競争の時代、世界の一流大学、例えば、プリンストン大学、ケンブ リッジ大学、ハーバード大学等、そして「一流」を目指す大学は世界の若者を引 きつける「場」になろうと学部教育に力を入れ、教育への要求を高めています。 そこへ世界中の意欲ある若者が集まる、という好循環を形成します。


「一流大学」は、世界の人材の切磋琢磨とネットワークのハブとなり、グロー バル時代の国の安全保障の基盤も強化できるというものなのです。いまや「一流 大学」は、「国際村化」しています。大学トップも積極的に外から、世界からリ クルートしています‐とそれらの具体例を細かく紹介していました。


「大学の大相撲化」の具体的なイメージは、学部学生定員の20〜30%を留学生 に開放する、授業の30%程度は英語で提供する、英語の授業だけで単位の取得で きて卒業もできるようにする。そうすれば、日本の若者の意識が変わり、広い世 界を意識し、大学院に行くのであれば何も日本である必要はない、と考えるよう になる、とそのシナジーを指摘しています。


そして、国際社会で活躍する日本人も増える、留学生もいずれ母国で、また国 際社会でリーダーになる人も多くなる、日本への感謝も広がる、同窓生たちの人 脈も世界に広がる、留学生で日本で働く人も出てくる、仕事で日本に戻ってくる 人もいるだろう、その中には子供を留学させたいという人も増えるだろう、留学 生には(日本の学生にもだが‥)奨学金も考えるべきでしょう、これも科学技術の 国家投資と考えるべきです。これこそが国家安全保障の基盤なのですから‥とそ の意義を唱えていました。


さらにこんな鋭い指摘には目を見張ります。英米の大学では大学院に進学する にしても大部分の卒業生を囲い込むという発想はないし、米国ではシステムの原 則として世界中に卒業生を送り出すのは、卒業生を通じて大学の、ひいては国の 信頼の基礎になることを理解しているからである、と言い、卒業生、つまり大学 の「製品」を通じて「大学の信用」を構築しているのである、という。


そして、人材の育成は待ったなしである、なぜなら科学技術は問題を解決しな いのであり、解決するのは人間であり、人間の英知であり、智恵であるからだ‐ と断じていました。もうこれが黒川イズムの真骨頂ですね。


でも、なぜそれらが実現しないか、そういう方向に動かないのか〜。最も抵抗 するのは意外に(いや、当然と言うべきか)、一流国立大学の教員で、学部の国際 化、英語で授業、世界の若者が大学を評価って何?と最もらしい理屈を挙げなが ら、問題をすり替えてしまうらしい。う〜む〜。


「大学の大相撲化」、「鎖国マインドの開放」、「人材育成の国際貢献」とい うこれらの考えは、黒川さんの医師としての見識であり、学者としての確信であ るかもしれません。そして何より、教育者としての黒川さんの魂の叫びのような 気さえしてきました。


「大学の大相撲化」が、実は、「世界の一流大学の潮流」と符号する、という 事実に目覚めるのに、それほどの時間はかかりませんでした。駅の売店の雑誌の ラックに目が止まりました。表紙に大きく「世界大学ランキング」の文字。今週 のNewsweek日本版(2006・9・27号)でした。


大学ランキング世界トップ100のデータも圧巻なら、ざっと30ページの総力特 集、この内容にも迫力があり、個々の大学のトピックス、それに一流大学のトレ ンド、取材記者のルポや解説、欧米やアジアの大学事情が俯瞰できる構成になっ ています。みんな知らないことばかりで、大変驚きましたが、黒川イズムの卓見 は、すでに世界の常識で、しかし、残念ながら日本の非日常という構図がなんと も恨めしい。


その全容を紹介するわけにはいきませんが、特集のトップページは、世界ラン キング3位の名門、米エール大学学長のリチャード・レビン氏の渾身のメッセー ジが、堂々一挙8ページにわたって掲載されていました。


その「グローバル化する世界の名門大学」の見出しの趣旨は、「大学は今、あ らゆる文化や価値観の担い手である学生を世界中から募る一方で、国際人を育成 しようと自校の学生を海外に送り出している」と指摘し、過去30年間、母国を離 れて外国で学ぶ学生の数は、年率3.9%の伸びで、75年の80万人が04年には250万 人に増えた、という。


また、博士号取得者のうち、外国人留学生が占める比率は、アメリカで30%、 イギリスで38%にのぼり、アメリカで最近採用された理工系教授の20%が外国出 身などと、グローバル化の現状を浮かび上がらせる具体的な数値を示していまし た。


読み進めると、ヨーロッパ各地で2200大学が単位を相互に認定し合う留学制度 「エラスムスプログラム」には、毎年14万人を超える学生が利用しており、エー ル大学やハーバード大学はすべての学生に少なくても一度は留学や海外でのイン ターンシップの機会を与え、資金援助も行ってきた、という。


大学が国境を越えて協力し合う例も多く、米ジョンズ・ホプキンズ大と中国の 南京大、米デューク大と独フランクフルト大は共同でMBA(経営学修士号) コースを実施し、シンガポールのふたつの大学とMITは大学院生を対象にした 工学分野の教育で提携関係にある‐という。


そんな先進的事例を見ると、留学生を受け入れる、これは当然で、競って優秀 な留学生の確保にしのぎを削り、外国の大学との提携を積極的に推進しているこ とが、よく分かります。一方、米国で留学生受け入れに批判的な人々は、2つの 恩恵を見逃している、として、優秀な頭脳を持つ留学生が卒業後帰国しない場合 は、アメリカの発展に大いにプラスになり、もう一点は、留学生ひとりひとりが 「親善大使」のようなものだ、とその価値を最大に評価していました。


その誌面を飾る、数枚の大胆な構図の写真は、一流大学の「今」を写し撮って いました。伝統のクラシカルなオックスフォード大の重厚な図書館、ハイテクベ ンチャーを生み出すMITの黄色のポイントを配したシンボリックでおしゃれな 概観、「大きな使命」とキャプションに描かれた式典会場での眩い表情の学生は ハーバード大学、「発展の起爆剤」とあるのは北京にある精華大学の研究室など でした。どうぞ、手にとって読んで下さい。黒川イズムがグローバリズムの延長 線上にあることが、よく分かります。


そこで、ご本人、黒川さんに、このNewsweek特集の最新情報をメールでお知ら せすると、間髪入れず返事がきました。HPのコラムにも書きました〜と。


〜ところで、Newsweek International edition (August21/26, 2006)で 「Global Universities」(33ページ)の特集がありました。この日本語版が 9月27日号として出ました。これも33ページほどあります。私も(8月の)国際版 のときに取材を受けました。でも、最後に、私のコメントは入らないことになり ました。理由わかりますか?つまり、日本では、「Global Universities」とい う今日的なテーマで取り上げるような大学がないということなのでしょうね(中 略)。 


この特集でのテキストに日本のことは33ページでのなかで 2,3箇所、全部で 6-8行程度と思います。ところで、このNewsweek特集では、はじめの表に日本の 大学がいくつか入っています。東大16位、京大29位、阪大57位、東北大68位、名 古屋大94位です。このランキングに使った指標をよく見ればわかる通り、論文引 用回数の多い研究者数、Nature, Scienceの掲載論文数、とかそんなものによる のもです。だから、当然この程度には出るでしょう。でも、これらの大学につい ても本文中には何のコメントもされていないところに注目すべきなのです。世界 で見ている大学の「グローバル度」とは、何かということとの認識が違う、とい うことでしょうね。どう思いますか?〜と。


ふ〜む。知っていますか?って、取材を受けた当事者とは知りませんでしたね。 で、こんな風に世間を注視していると、読売新聞がしっかり腰を据えて取材を組 む長期連載「教育ルネッサンス」のシリーズは、昨日26日の417回目からは、 「東大解剖」の第1回、3行の書き出しは、「トップレベルの留学生を呼び込む東 大のプロジェクトは順調なのか」と疑問を投げかけながら、躓いた「留学生獲 得」のインサイドを丁寧に取材していました。


連載初日の記事の中に、「韓国にも拠点計画」との囲みでデータ記事が付記さ れていました。東大の本部が持つ海外拠点は北京だけだが、韓国やインドにも作 る予定だ。大学院研究科や研究所レベルだと、米、中、タイなど13か国に22か 所、中国だけでも、医科学研究所や工学系研究科など7か所ある。北京に事務所 を持つ、日本の大学は北海道、東京工業、早稲田、京都、九州など19大学を数え る、という。僕の所属の東京農工大学は、留学生の受け入れは460人あまりで全 体の10%、そして海外への展開は、この3月に上海にある華東理工大学と学長同 士が学術交流等の調印を終えて、実質的にはこれから本格稼動のようです。


世界の一流大学のグローバル化、そのシンボリックな傾向は、海外から、それ も女性の学長を招聘する‐という欧米では日常的なサプライズ人事なのですが、 そこに切り込む大学が、日本に誕生するか、どうか!これも黒川イズムの提言な のですが、アジアから女性の学長を日本の国立大学で招聘したら、アジア諸国か らの日本の評価は一変する‐でしょう、と。


それも世界の一流大学の潮流ですから、一流大学となれば、これは時間の問題 かもしれません。そして、野茂のように、大相撲のように、その鎖国マインドを 開放すのは、誰か? それを期待したいものです。


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