◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/6/28 http://dndi.jp/

PUSHING THE SENSES(仮題)

DND事務局の出口です。いくつもの海が半島をぐるり取巻いて、刻々と変化す る落日の湾、岬、島々、起伏に富んだ海岸、その美しい自然のシルエットを眺め ていると、安らぎを憶えます。それに遠くを望む峰々、連山、屹立する岩、野鳥 のさえずりが恵み、蝶が舞う神々しい森、さらに数多くの伝説、遺産、そして近 代国家の礎となった誇り高い歴史の偉人〜ここは、豊饒の国、薩摩。


 こんな贅沢な列島の南端で、絆を見失った旅人は、さて、どんな古き縁と巡り 合うのだろうか、あるいは、その一歩が人生の行く末にどのような彩を添えるこ とになるのか、これだから、「夢を夢で終わらせてはいけない」というメッセー ジが心の奥に囁きかけてくるのかも知れない。


 彼の愛車、ボルボは、足回りが良く高速に入って一気に加速し、滑らかなエン ジン音を響かせて、鹿児島市内から、一路、北東に針路をとって、深く濃い緑に 埋まった山の中腹を走らせていました。


 すると、唐突に目に飛び込んできたのが、山の岩壁を突き破ったような怒濤の 滝、龍門滝だという。その名の由来は知らない。梅雨前線の影響で大雨が降り続 いたためでしょうか、幅広の滝は、茶色の濁流が勢いと水量を増して危な気な感 じでした。が、煙のような飛沫が立ち上がる滝壺から、龍が雲を睨んで天に昇る、 そんな洞穴の趣きでした。これは何かの吉兆に違いない。ウ〜ム。


   ドライバーでナビゲーター役は、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科教授で、 ヒゲの紳士、馬嶋秀行さん、51歳。生命の起源を知るミトコンドリアの研究など ライフサイエンスから医歯学、放射能、がん治療の切り札といわれる重粒子線治 療、宇宙環境医学など、細胞から宇宙に到る、その極小から極大の深淵ないくつ ものテーマをこなす、マルチプルで先端融合の研究者なのですが、いよいよ起業 に本格参入する構えで、大手の証券会社の営業マンらが無定見なアプローチをし てくるから、ゆっくり僕の研究成果をみてください、という誘いをもらってほぼ 2年ぶり。先週、大雨の九州・鹿児島に飛んでいました。


 市内の繁華な本校舎から、ずっと遠く鹿児島市桜ケ丘の中腹に、馬嶋さんの研 究室が入る研究棟群が聳え、街中をパノラマのように四方を見渡す、茫々たる高 台にその偉容を誇っていました。休日というのに、若手の研究者らが実験に取組 んでいました。整理された研究室では、梅雨の晴れ間の影響で、空気がジトッと 重く、玉の汗。普段、こんなに汗かいたかなあ〜。


 案内されるまま、向かい側の実験室。レザー共焦点顕微鏡で、息を止めてヒト 細胞をのぞいてみました。光沢のあるエメラルドグリーンに照射されたクサビの ような形の無数の細胞が浮かび上がってきました。ふ〜う、未知なる、不可思議 な世界。こんな経験を子供のころにさせてもらったら、僕だって科学者を目指し たかもしれない、と素直に思います。細胞は、神秘のベールに包まれていました。 それは、命のメカニズムの解明であり、自分探しの旅みたいなものですから、誰 だって知りたいに違いない。


 人間を形成する細胞の数は、いくつ?ひとりにひとつの命だが、細胞は、馬嶋 さんに確認すると30兆個というからミラクルです。生まれては死に、死んでは生 まれる、その生死の不断のプロセスにおいて、細胞の中の、実はミトコンドリア が命の生存に欠かせないエネルギーをつくりだしている、というから微細な発電 機能を持っているが、その半面、そのミトコンドリアから放出される活性酸素が、 やっかいにも老化やDNAの損傷のひとつの原因にもなっていることが最近の研究 で突き止められており、細胞や遺伝子レベルでの老化メカニズムの解明が近年急 速に動き出している、という。


 馬嶋さんのハーバード大学留学の6年間は、その最新のミトコンドリアの研究 に関する新事実が次々に発見された時期にあたり、彼自身もその研究に没頭し、 いくつかの新たな重大な研究論文を物にしていました。いやあ、研究者の日常は 私たちの非日常のようで、春を体感したらもう冬で、戸外がどうなってしまった のかさっぱり分からず、四季の変化すら気付かなかった、という話を聞くに及ん で、真摯な多くの科学者に畏敬の念を強くしました。


 で、馬嶋さんの研究成果の応用は、細胞にビタミンEやポリフェノール、リコ ペン、それに最近話題のアスタキサンチンなどの抗酸化食品や食材を投与し、そ の抑制効果、つまり健康食品による抗酸化の効果、効能をこのミトコンドリアが 作り出す活性酸素の抑制というか、沈静化というか、その活性酸素排出の抑制レ ベルを個別に計測して、それを画像やデータで立証するーという画期的な解析法 の確立でした。


 この手法を駆使すれば、抗酸化食材のバイオマーカーとして、さらには免疫力 アップ、抗加齢、抗老化の食品の開発にも役立てられる、と自信をのぞかせてい ました。


 あれこれ、質問していくと、いやあ、なるほどと関心しながら頷いていました。 出口さんからの(基本的な)質問から、世間は何を知らないか、どう説明すれば いいか、その辺が見えてきました、という。


 さて、今やその市場に、脈あり、と閃いてくるのですが、所詮、素人ですから、 そう簡単にビジネスが組めるとは思わない。抗酸化の効能表示は、その重要性が 認識されているビタミンC、ビタミンEに限られている現状ですし、薬事法や食品 衛生法施行規則などの改正に伴って、表示の使用がより厳格になって、かなり突 っ込んだ議論がなされてきているのも事実です。


 健康食品から保健機能食品を除いた、いわゆる健康食品については、健康の保 持増進の効果表示は制度上の位置付けは認められていないが、科学的根拠をめぐ る、国の検討委員会の議論を見ると、効果表示については「ある一定の科学的根 拠が必要というのは合意されているが、その科学的根拠をどのくらい求めれば良 いのか、国の審査を必要とするのか、事業者が保持すればいいのか、など委員の 間で意見が分かれた」(16年6月、健康食品に係る今後の制度のあり方検討委員 会)とありました。いやあ、ここは、なかなかビビッドな問題のようです。


 それにしても、アングラというか、マルチ商法の裏筋で、とんでもなく高価な 飲料水が、がんや疾病に苦しむ一般患者を取り込んで、法外な利益をあげている 業者も少なくなく、医療行為との併用で、死につながる事故も指摘されているか ら、見過ごすことができない事情もありますね。


 こういう揺れ動く中で、科学的な根拠を示す検証の手法の新たな確立は、この 議論に一石を投じるに違いない。国民の健康を守る立場から、安全を重視し、そ の効果効能表示の取り扱いを厳格に対処する姿勢は、当然ですし、過った食品は どんどん取り締まるべきだと思います。


 馬嶋さんの解析手法は、まあ、それがすぐに国の審査基準になる、という可能 性はもっと充分に対応を考えなければなりませんが、健康増進の維持に役立つ、 という健康食品の根本命題となる、さて、何を、どのくらい摂取すればいいのか、 それはなぜ?という問いに、馬嶋さんの研究成果が明確な答えを導き出す可能性 は高い。名付けて、「ミトコンドリア由来活性酸素消去能試験測定システム」と いう。それらの関連の特許も申請中でした。


 いやあ、剣難の道には、違いないけれど、その分、期待が大きい。社会的意識 が高く、高価であればなんでも効くという、怪しげな健康食品の迷妄を打ち破り、 健全で安心できる市場を作り上げたい、とする馬嶋さんの考えは確かだし、大事 にしたいと思います。


 近年の健康ブームに乗ってざっと3兆円の市場規模という見通しは追い風にな りますが、馬嶋さんから、出口さん、この事実関係を精査してどうぞ、忌憚のな い意見を聞かせてください、そして、その結果、どのようなビジネスに仕上るか、 また、可能性がないか、その具体的な相談に乗ってください、という彼の気持ち が痛いほど伝わってきました。


 聞いてください〜と馬嶋さん。心無い証券マンらが、頼んでもいないのに、あ れがダメなの、これはダメなのと随分、勝手なことを言いつつ、東京に呼び出し たり、研究室に入り込んだりする、と憤慨する一幕もありました。研究者はデリ ケートで傷つきやすいものです。なんでもビジネスにつなげなければ気がすまな い、あるいは、人間関係はすべて金につなげようとする野卑な輩も跋扈していま すから、その辺を見分けて、用心しなければなりません。 さて、車は、さらに北上して東へ。インターを下りて川沿いに山に分け入って、 どんどん川底のような山道へ。濁流の川、霧島山の裾野らしい。ここから薩摩の 人との出会いが連続します。心やさしいく、寡黙、そしてお世辞が言えず無愛想 という評判は、本当なのだろうか。


 着いた先は、まず、馬嶋さんが信頼する、渓流窯主宰の加治木次男さん、僕と 同じ年齢でした。工房は、前夜からの大雨が流れ込んでぬかるんで、足元が緩い。 幸い奥の作品を並べた棚は無事で、そこに窯の火勢を映した焼しめの壺、細く優 美な耳飾りのコーヒーカップ、黒が基調の花台、売れ筋という実物大のキノコの 箸置きなど、いやあ、器用な人だわ。多種多芸でした。なんとも目元が涼やかで、 終始、控えめでした。窯は、灯油窯で、1200度の高温で焼く。しかし、その技量 に反して、その灯油代が思うように捻出できない、少し苦労がにじむ。


 靴底の泥を気にして、新聞紙を手に持った加治木さんと一緒に、次に向かった のが、そこから緑陰の杉林を縫って細い林道を入り、銘柄の焼酎「萬膳」の醸造 蔵の脇を下った先の、ソーメン流し「せせらぎ」の納涼庵でした。


 焼いた天然のヤマメが香ばしい。生きたヤマメをブツに切った背ごしは、酢味 噌で味わいました。テーブルに円形のアクリルが備え付けられて、スイッチを入 れると水が噴出して動き、そこにソーメンを流せば自動的にグルグル回って、流 しソーメンの涼を堪能できる、というわけでした。ご主人は、小柄で古風な山内 純雄さん、焼酎は「萬善」、口当たりがやわらかで、おいしい。


 「出口さんに、是非、食べてもらいたいと思って、考えていたんですよ、いい でしょう、気に入りました?えっ!いいでしょう」とにこやかな馬嶋さん。運転 だから、飲めません。帰り道、薩摩の黒い宝石、と呼ぶらしい地元の名産品、黒 豚を扱う、霧島高原ロイヤルポーク社長の平邦範さんのところに案内してもらい ました。29日に豚1頭の丸焼きをやるという。みんないい人だ〜。


 鹿児島大学では、以前から顔見知りの産学官連携部門の助教授、下舞三男さん、 昨日27日付の日刊工業新聞29面の西日本特集「未来につなぐ九州力」の欄に、 鹿児島県は農業と食品加工が主力産業。そのため鹿児島大学への期待は高い、と 前置きして、鹿児島大学の取り組みを下舞さんが紹介していました。日刊工業新 聞、最近、随分、産学官連携のローカルな先端事例を細かくフォローして、役に 立ちます。切抜きが一番多い。26日は群馬大学や県主催の産学官連携推進会議 IN群馬の詳報を掲載していました。代議士でこの世界の顔役、尾身幸次さん、重 粒子線治療施設の建設など先頭にたつ鈴木治学長らの講演要旨が掲載されていま した。


 さて、下舞さんの部屋に、にこやかな同部門長で教授、それに学長補佐の安倍 淳一さん、民間から転身した産学官連携コーディネーターで客員教授の中村恵造 さんら、あれこれ2時間近く懇談したかしら。夜は、酒席に同じ研究科で疫学・ 予防学が専門の教授の秋葉澄伯さん、札幌出身で彼も僕と同学年。そして、若手 の伊東祐二さんは、薬学博士で工学部生体工学の助教授でした。黒豚のしゃぶし ゃぶ食べ放題の贅沢より、議論が面白く、尽きない。気の多い僕なんか、このま ま、医学部に入っちゃおうかなあ、酔った勢いで皆さん、大丈夫、大丈夫、大丈 夫、出口さんなら大丈夫‥といいつつ、半分寝ていましたね(笑)。


 元祖、丸万の地鶏、モモ焼きは生のきゅうりと一緒に。味どころ、「屋久島」 の看板は、銘酒、御岳、もう品薄らしい。生きた状態で調理する首折れサバ、あ のさつま揚げは、つけ揚げという。繁華な天文館から饅頭屋を右に折れて進むと、 左側に気になっていた黒豚の専門料理店「黒福多」、黒豚の黒酢煮、紅芋コロッ ケ、とんかつも旨い。東京・赤坂7丁目に東京店があるらしく、閉店間際、フラ ンスで料理の修行をしたという、屋久島出身で野武士風の社長と意気投合して夜 が更けていきました。


 霧島からの復路、快適な車内のステレオから、初めて耳にするロックバンドの 音楽が、妙に懐かしい。ビートルズみたいな、ささやきが胸に迫ってくるようで した。内心、おだやかじゃない。イギリスのロックグループ、フィーダー(FEED ER)でした。グループの中心は、岐阜県生まれのベースのタカ・ヒロセ、23歳で ロンドンにCGデザインを学ぶために留学し、そこで「バンドのメンバー求む」の 広告を出して応じてきた仲間と結成したという。


 そのCDは、タイトルが「PUSHING THE SENSES」、感覚を広げていく、という 意味らしいが、仲間のドラマー、ジョン・リーを失った悲しみのなかで制作した という作品で、すべての人を励まし、前進して行こうというポジティブなメッ セージが込められている、と解説にありました。


 お気に入りは、Pain on pain。僕には、魔法のSpellが綴られていました。


Stay for life ,for life
All you discover Stay for life ,for life
This moment together
To heal yourself ,love can heal
Can't watch you fall


  人気のタカさん、NHKの日曜夜7時の教育テレビ、トップランナーに出演して、 「夢を夢で終わらせるな」とのメッセージは、多くの若者の心を揺さぶっていた ようです。



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