◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/6/07 http://dndi.jp/

連隊の娘と村上ファンド

DND事務局の出口です。もうすぐ梅雨入り、梅の実が熟し、赤みを帯びてきた でしょうか。紀州産の南高梅が、待ち遠しい。水揚げのオホーツク産の時鮭は、 もうすぐに違いない。朱色の生の切り身に三尺塩で焼けば、皮も香ばしくカボス を搾って垂らせば、よりごはんがおいしい。


 巷間、陰湿な事件があっちこっちで連続して気が滅入っているところに、ヒル ズ族の頂点、村上ファンドへの捜査が今週月曜日に急転回して、ドドーッとニ ュースの洪水、ホリエモンも月曜日でした。まあ、虚実入り乱れる村上ファンド 事件は、先週と今週、アエラ編集部の記者で『ヒルズ黙示録』の著書がある大鹿 靖明さんが克明にその核心に迫って実態を浮かび上がらせていましたから、それ をフォローすれば、全部OK、テレビのコメントも他の記事も大鹿さんの記事か ら相当引用している、風に、ちょっと感じます。


 そこで、忙中閑あり、というより梅雨入りを控えてちょっと重い頭の転換です。 昨晩、喧騒の東京・渋谷はオーチャード・ホールへ足を運びました。来日公演中 のボローニャ歌劇場のベルカント・オペラ、G・ドニゼッティ作曲の「連隊の 娘」の客席に身を沈めていました。S席は5万3000円するというのに、恰幅のい いエグゼクティブ、光るドレスで着飾ったご婦人、テレビで馴染みのタレントら で満席でした。


 1840年パリで初演以来、人気の演目となっているようです。戦時下、若い男女 が敵味方を超えて添え遂げる一途な純愛ドラマでしたが、その幸せな結末に涙し、 そのふたりを見守って励ます、21連隊の仲間の思いやりが、なんとも新鮮でし た。


 祈り、恐れ、叫び、喜び、別れ、救い、踊り、そして結ぶ‥「貴女を愛せない なら僕は生きてはいられない。死んだほうがいい」とチロルの若者トニオが言う と連隊の娘、マリーは「愛する人がいるなら自分の命は大事にするものよ」と諭 します。マリーは、「以前から戦争を愛し敵を憎んできました。が、貴方の涙で 濡れた花を見てから、その花は私の心を離れない」と、告白します。


 舞台はフランス語、字幕に詩のような台詞が流れていました。芝居とわかって いながら、そのベタなセリフについ酔って、青い目の舞台にそれぞれ自分を重ね 合わせてしまうから、やはり客席は照明を落とした方が、やや無難かもしれませ ん。ハンケチを胸に切ない表情を浮かべる隣のご婦人ら、それぞれに貴女は素敵 なマリーのようです。暗い客席で、その文字を探る、というこの習性は、どこへ いっても何をしていてもついて回ってくる〜。だから、ノートをみないでペンを 走らせるし、腕を組んでいたってペンが勝手に文字を選んでくれています。そん tなわけないって‥。


 全編に流れるやさしい甘美な旋律、ちょっと勇ましいリズミカルな「ラタプラ ン」には癒されました。圧巻は、テノールのファン・ディエゴ・フローレスの高 音のテクニックでした。物語のクライマックス、親代わりの連隊の軍曹が、「娘 が彼を気に入っているなら、しかたがない。父親として了承しよう」とそのふた りの関係をあっさり認めてしまう場面で、トニオ役のフローレスが、「僕にとっ ては運命の日、彼女の素敵な情熱と右手が得られるのだ」と喜びを謳い上げる、 その高音がハイCと呼んで、高難度らしい。


 いやあ、フローレスの強い声の軸がぶれない。連続、繰り返して8回、そして もう1回。僕としては、ずっと息を止めて集中していましたから、この未踏の音 域に貫かれてしまって、そのまま気を失いそうになっていました。


 ペルー生まれの100年に独りの逸材、イタリア3大テノールの巨匠パヴァロッ ティが指名する、後継者だという。2000年に最優秀歌手のアッビアーティー賞、 ロッシーニ賞金賞、2001年にはスカラ座での「夢遊病の女」でオペラ賞、輝かし い声質、颯爽たる若々しさ、新鮮味に溢れて今世界の一流劇場から招聘が殺到し て、スター街道をひた走っている、というからすごい。


 コミカル・オペラとは、台詞が入る曲目のことらしいが、高音のハイC連続の 場面では、観客席からわ〜という歓声と割れんばかりの拍手が湧き起こっていま した。


 連隊の輪の中心にいるフローレスは、敬礼のまま、右半身を会場に向けておど けて見せると、拍手がさらに高鳴り、その先、演奏が進みません。それを4回、5 回と繰り返して、ドリフのような安っぽい笑いをとったと思ったら、クルリと立 ち位置を変えて正面を向いた途端、のびやかで艶のある魅惑のテノール、ハイC 高音の絶頂へ。両手を左右下に伸ばした姿勢で、つま先を立ててリズムを取り、 全身全霊の熱唱で、晴やかなアンコールに応えてくれていました。


 マエストロは、人気のブルーノ・カンパネッラ、演奏はボローニャ歌劇場管弦 楽団、娘役のソプラノは、美貌のステファニア・ボンファデッリ、軍曹役のバリ トンは、名脇役でずんぐり太鼓腹のブルーノ・プラティコ、息を呑むような舞台、 その装置や衣装は、舞台美術監督のフリオ・ガランの遺作でした。


 ボローニャ歌劇場の日本公演は、今回で4回目。「連隊の娘」の他、ジュゼッ ペ・ヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」、ウンヴェルト・ジョルダーノの 「アンドレ・シェニエ」が東京文化会館、滋賀県立芸術劇場などで上演されてい ます。特別協賛に大和証券グループ、こうした文化芸術への証券各社の協賛は、 素晴らしいことです。主催はフジテレビ、後援が産経新聞でした。


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 イタリアへ飛んでみようかしら。思い出せば、北アフリカのチュニス、古代カ ルタゴ時代の遺跡、石で積んだ半円形の舞台で、熱風がおさまる深夜から篝火を 焚いて、本場のイタリア・ミラノから一行500人による、「アイーダ」の上演に 立ち会っていました。舞台の装飾を一切廃した、というより、その必要がありま せんでした。漆黒の闇が広がる野外での公演は、幻想的でした。たった1回の公 演を終えて翌朝、その一行は、さっと帰っていきました。贅沢なものでした。い やはや、経済一辺倒もいいが、そろそろ文化国家への舵取りも忘れないで欲しい ものです。


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 村上ファンド事件、歴史の一断面として、この時期、やはり少しはDNDでも 触れておかなければなりません〜。


 どんぐり眼をさらに見開いて、やや上ずった声の抑揚などからして、その動揺 は、隠しようがありませんでした。「証券市場の中のプロ中のプロが万が一法律 を犯していいのか悩んだ、そこで自分でもミステークはある」と申し訳なさそう に罪を認めて、潔く退場するから〜って、いくぶん気負って見せても、なんだか 芝居がかっているというか、場違いというか、おしゃべりの多くが不自然で、し かも哀れに映ってしょうがない。


   東京地検特捜部に証券取引法違反(インサイダー取引)の疑いで逮捕された村 上ファンド代表、村上世彰(よしあき)氏、46歳。名門、灘高から東大法学部、 そして元通産官僚という華麗な経歴に加え、行動力もあり、ビジネスの才覚も備 わって、それに側近として抱える東大や官僚時代の旧友や政財界に豊富な人脈、 4000億円を超える莫大な資金力、それにモノを言う株主としての数々の実績と信 頼〜いやぁ、眩い。が、暴走モード、ちょっとした事故が致命傷となってしまっ たようです。


 DNDサイト上で本日アップした経済産業省大臣官房総務課長の石黒憲彦さん の連載記事では、旧通産時代の「素顔の村上氏」に触れて興味深いいくつかのエ ピソードを紹介しています。立場や考え方を超えて、もう一度、罪を償った上で 「別な形で社会貢献して欲しい」と先輩の立場から激励も忘れませんでした。


 刻一刻とその瞬間が迫ってきている状況下での、79分に及ぶ異例の弁明会見、 これをもう一度、いくつかの疑問を持って見直して見ると、ニッポン放送株の買 占め情報をライブドアから"入手"したこと、いわゆる容疑を認める、という瞬間 の生々しい地検とのやり取りが浮かび上がってきています。こんなことが白日に なるんだ、と言うのは率直な驚きでした。


 その後の捜査で、いくつか村上氏の証言などに事実関係の食い違いが見られま すが、したたかな検察の術中にまんまと引っかかって、というより、巧みな誘導 にあっさり馬脚を現した、と言っても過言ではないかもしれません。その部分を 再現します。これはロイターのニュースからの抜粋です。


 「ただ、今回検察が指摘するには、村上ファンド側はライブドアがどこまで本 気で(ニッポン放送株を)買うかは別にして、11月8日に宮内さんが、行きまし ょうよ、と声をかけた。もしできれば、公開買付けしたいと言ったことを(村上 氏側が)聞くことが、5%以上買い集めることについての準備にあたると。そん な馬鹿なと思った」。
続けて〜。


 「ただ、検察当局にもロジックがある。(検察が言うには)村上ファンド側は、 ライブドアの行動で儲けようと思ったわけではないけれど、宮内さんのそれ行け、 やれ行け、ニッポン放送だというのを聞いてしまったと。」


 そして、この次が肝心の部分です。
「聞いたと言われれば、聞いてしまっている。それを本当に証取法の167条、168 条にあたるのか、と自分の中で何度も考えた。これは法律の解釈の問題になる。 これを2年間かけて争い続けることが、僕の大切にしてきたオフィスや関係者の 方、ファンドへの拠出者にとって本当にいいことか、数日間考えた。その結果昨 日、検事さんのおっしゃる通り、それも構成要件のひとつかもしれないと(認め た)」。


 村上氏が、容疑を認める、その瞬間がリアルに語られているではありませんか。 検察からジワジワっと詰め寄られながら、普通の会議のようなざっくばらんなや り取りの中で、案外あっさり落ちてしまったのではないか、と思われます。


 村上氏は、「聞いちゃったよね、って言われれば確かに聞いちゃっているんで す」と、記者会見でニヤリ笑いを浮かべながら、妙に嬉しそうに語っているんで す。どうして、容疑の核心を突かれて、笑えるんだろう。なぜ、反論や否定をし なかったのだろうか?なぜなのか、ずっとあれこれ考えていました。側近をかば った方が得策と考えたのか、司法取引か何かが隠させているんだろうか〜。これ は誰に向けられた会見なのだろうか、あれこれ疑問が浮かんできます。


 ポイントは、検察のその前段に指摘したフレーズでした。その布石が村上氏の 頑なな心を揺さぶり、それが殺し文句となっていたのではないか、と思います。


 「(検察は)村上ファンド側は、ライブドアの行動で儲けようと思った訳では ないけれど」という部分の「(村上さんは)儲けようと思ったわけじゃないよ ね」のところです。世間から、なんでもかんでも金儲主義という一方的な批判を 浴びせられてきた村上氏にしてみれば、「儲けようと思ったわけじゃないよね」 は、耳障りがいい。「そう、そう、そうなんですよ。金儲けの行動じゃない、わ かりますか〜」と頷いた瞬間に、「でも聞いちゃったよね」と突っ込まれたら、 ひとたまりもなかったのかもしれない。


 地検の取調べは、当然ながら言葉遣いに細心の注意を傾けていることがわかり ます。当時、鬼の特捜部長の異名を持った弁護士の熊撫泄Fさんは、「〜何が起 きているのか観察する力、それが何を意味するのか感じる力、この先何が生じる のか想像する力、そういう人間の力を高めておくことが大事なんじゃないか。」 とある雑誌のインタビューで、犯罪者と向き合う秘策をそのように語っていまし た。


 余談になりますが、昔、知り合いの検事に聞いた話ですが、学者や官僚、こう いったインテリの人は、落ちやすい(自供する)といい、新聞記者は?と聞くと それは、赤子の手をひねるようなもの、秒殺らしい。ごまかしが効かない、とい うよりぺらぺらしゃべって墓穴を掘るからだ、という説明には頷けます。


 ホリエモンに続いて、村上氏のヒルズ族の失墜、今回も連日、あれこれ悪のレ ッテル報道が洪水のように流れてきます。もうこの辺で、少し落ち着いてみるこ とにしませんか〜。


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 さて、今週、ワールドサッカーの開幕、それと10日から第5回産学官連携推進 会議の開催です。また、いろんな人とお会いできそうですね。ブースを出して いますので、どうぞ気軽にお声かけください。注目の原山優子さん、森下竜一さ ん、それに古川勇二さんらの5つの分科会、楽しみです。京都会議のプロデュー サーで司会・進行役の内閣府審議官、塩沢文朗さん、体調は万全でしょうか、近 畿経済局の山城宗久さん、再会を楽しみにしています。



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