◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/4/19 http://dndi.jp/

東大、覚悟の「技術経営戦略学」を設立

DND事務局の出口です。坂道、そして狭い路地がうねる暮色の街、東京・本 郷。その界隈のシンボル、朱の東大赤門をくぐって直進し、なんと老朽著しい建 物を左右に見ながら、こんもり茂る森の中の、三四郎池の横道を下って、ぐるり 裏手に回ると、目的の本郷キャンパス山上会館が目に飛び込んできました。ひょ っとして、ここから新たな歴史の1ページが開かれるのかもしれない、と思うと、 やや緊張して胸の高鳴りが押さえられません。


 春、桜便りと一緒に東京大学大学院工学系研究科長の平尾公彦さん名で案内状 が届き、先週の14日午後、その山上会館に足を運んでいました。


「技術経営戦略学」と呼ぶ、新しい専攻の設立記念式典が開かれるところでした。 う〜む。


 MOT(技術経営)の従来の概念を一歩進めて、新たな学問として体系化する 研究で、しかもそれに新産業イノベーションの創出を強く組み込んで、それらを 実行し得る指導的人材育成に全力を挙げるのが、「技術経営戦略学」(Technolo gy Management for Innovation)と、その案内状の設立趣旨に熱っぽく書き添え られていました。略称がTMI、さて、馴染むかしら〜。


 技術経営といえば、MOT。もう、大学では専門職大学院や新講座設置が相次 ぐラッシュだし、経済産業省の音頭でMOT人材育成1万人(2007年目標)を掲 げて必死の取り組みをしています。が、それでも「毎年1万人を超えるMOT修 了生を輩出する米国」と比べる、数を競う訳ではないが、まだ足りない。


 MOTブーム。例えば、DNDで『技術経営立国への指標』の連載をこの春か らスタートした古川勇二さん率いる人気の東京農工大や、評判のいい東京工業大、 先行する慶應義塾大や早稲田大、実力の一橋大学などの専門職大学院と比べれば、 東大は「やや遅ればせながら、やっと」という印象は否めません。


 しかし、後発にはそれなりの理由があって、「熟慮に熟慮を、思索に思索を重 ねてのスタート」だったようです。その長い思索の成果が、どのように現実のプ ログラムに反映されているのでしょうか?


 山上会館2階。受付周辺に東大で知的財産戦略の看板を背負う教授の渡部俊也 さん、秋葉原の産学連携拠点クロスフィールドなどで活躍の特任教授の妹尾堅一 郎さん、経済産業省大学連携推進課長の中西宏典らと顔を合わせて、ひと安心。 会場では、俯瞰経営学を担う人気教授でやはり、今回のTMIの立上げ役のひと り、松島克守さん、照明を落とした薄暗い壁際からさりげなくこちらを向いてい る風で、腰をあげて挨拶すると、目が合ってさりげない会釈を返してくれてまし た。


 そして、定刻通りに式典が開会しました。トップは、小宮山宏総長。数日前の 入学式の余韻を漂わせて、「大学は、社会とともに呼吸し、その息づかいを感じ 取ることができるのでなければならず、開かれたコミュニティでなければならな い、と入学式で話しましたが‥」と、その名フレーズを随所に散りばめながら、 「社会の要請を受けた人材をしっかり育て、東大が直接に社会と関わり合う分野 を発展させていただきたい」と期待を込めてエールを送っていました。


 続く、同研究科長で工学部長の松本洋一郎さんは、設立までの経緯に触れなが ら言葉を選んで、学としてではなく実用として動いているMOTの現状をやや憂 いつつ、「どういうMOTをつくるか、数年にわたって議論し、深淵な学、その 構造化をまず体系化していく。そして次の世代を引っ張っていく人材を育てたい。 各分野を深く掘り進んで行くだけでなく、常に社会連携の視点を持ちながら研究 を続けていくことが重要となります。社会に役に立つ工学の実現のために覚悟し てスタートしました」と語り、「覚悟のスタート」の言葉の裏に、これまで悩み 抜いてきた熟慮の片鱗を印象づけていました。


 ゲストは、堀場製作所会長の堀場雅夫さん、内閣府から政策統括官の丸山剛司 さん、経済産業省から大臣官房審議官の谷重男さんらが祝辞を述べました。持ち 時間それぞれ5分でした。


 ずんぐりの堀場さん、その周辺がいつも華やいでいます。椅子からすくっと軽 やかに立ち上がって、口をついて出た言葉が、「京都から5分の挨拶のためにき たのは、理由があります」でした。「〜個人個人にフィロソフィー、哲学や倫理 観を定着させた上で、技術経営を発展させていただきたい」と訴え、ノーブレ ス・オブリージュ(noblesse oblige)の言葉を引用して、世のために尽くして いく人材の輩出に期待を寄せていました。いやあ、どんな場所でどんな話をして も人の心を鷲掴みにしてしまいます。列席の院生らも思わず身を乗り出していま した。眠気が飛んで、みんな神妙に聞き入ってしまうんですね。堀場マジックと でもいうのでしょうか。


 続いて、記念講演が2題、(独)科学技術振興機構研究開発戦略センター長の 生駒俊明さんが「技術経営戦略学専攻への期待」、それに新たに技術経営戦略学 専攻長に就任された六川(ろくがわ)修一さんが「技術経営戦略学専攻の目指す もの」をテーマにお話しされました。生駒さん、よく通る高い声で核心をズバリ、 そのリアルに切り込むスピーチは、出色でした。理論上の構成も分かりやすく、 業績を挙げる一流企業との実践的な関わりも絶妙な味付けになっていました。雄 弁の生駒さん、その後での六川先生の講演は、少し気の毒だったかなあ〜と会場 から同情の声がささやかれていました。が、六川さんの講演内容は、重厚でメッ セージ性に溢れていました。司会進行もほどよく、90分の時間通りでした。終始 和やかで、船出にふさわしい式典となったようです。


 それにしても生駒さん、六川さんらの講演をお聞きしていると、米国から輸入 されたMOTの概念、それをそっくり引用しても勿論役に立たないこと、多くは 産学官連携のもとで、理工系大学を中心にイノベーションの本質を踏まえなけれ ばならないこと、新産業創造への戦略的な展開にはベンチャー創出が不可欠なこ となどなど、MOTの輪郭が見えてくるようです。そしてどのようにイノベーシ ョンを誘発するか、あるいはどのようなイノベーションが求められるのか、これ からの未来社会はどのように進んでいくのか、その予測を立てて、現実を分析し、 未来社会の持続的可能性を探る‐という非常に大きな課題を担っていることが浮 き彫りになってきました。


 これは東京農工大学大学院技術経営研究科を引っ張る古川勇二さんの持論です が、「イノベーションの背後には常に技術リスクが潜む。これを見過ごしてはな らない。研究開発から事業化、使用・廃棄にいたるプロセスでの技術リスクを科 学的に予測しながら新産業の創出を可能とする、智恵のあるスマートマネージ ャーを育成する」という技術のリスクマネージメントの重要性にも説得力があり ます。


 まあ、MOTについては、それぞれの大学ごとに特徴があり、それに関わる教 授ら講師の陣容も、各大学それぞれに競っているようにも思えます。それにして も、ソニーやホンダといった戦後の混乱期に起業し、激動の昭和を突っ走り、今 日の世界企業に発展させたファウンダーのような若き技術系のマネージャーを輩 出するというミッションは、至難だが尊い。高い志が求められるのかもしれませ ん。その人の力量の浅深も問われるのでしょう。MOTを担う現場に魅力的な講 師陣が多いのもそういう理由からかもしれない。


 東大のTMIは、六川さん、松島さん、あるいは技術ロードマッピングを担当 し自ら大学発ベンチャー設立に関わり技術顧問も担う、影山和郎教授ら重層な専 任教員に加え、兼担教員に渡部さん、助教授でイノベーション論の元橋一之さん、 特任教官に教授の妹尾堅一郎さん、経済産業省の坂田一郎さんら、非常勤講師に は、ソニーフィナンシャルホールディングス取締役の杉山慎治さん、早稲田大学 大学院教授(MOT専修)の山本尚利さんらキャリアを積んだ実力派がざっと33 人も名を連ねていました。


 さて、お楽しみの懇親会。顔に似合わず、知らないところはやや苦手ですから、 次ぎの予定をいいことにさっと、帰ろうと様子を伺っていたら、松島さんから 「懇親会でてね!」の念押し。「えっ!」と聞き返すぐらいでしたから、もう逃 げられません。でも、出席してよかった。院生ら20数名も参加し、誰彼ともな く将来の社長を目指してーとの期待を受けて、激励されていましたし、なんか、 親近感に溢れていて、新鮮でした。


 個人的には、渡部俊也さんとじっくりいい話ができましたし、妹尾さんが工学 部長の松本さんを紹介してくれましたし、"強度"の湯原哲夫教授、生産技術研究 所所長で教授の前田正史さんらとも知り合いになれたし‥。でも柄になく、実は、 すっごく居心地がいいような、落ち着かないような複雑な心境でした。まあ、ち ょっと緊張していました。


 で、その松本さんが、再び挨拶に立ち、「背水の陣で立ち上げました。技術経 営のプロは、松島(克守)先生はプロですけれど、そんなにいなかった、という のが偽りのない実感です」と語り、社会を牽引するリーダー、戦略に勝つリー ダー、それをどう育てていくか、その壮大な実のある実験をやっていきましょう、 ご支持を!と快活に訴えていました。


 いやあ、小柄ながら本当に熱っぽい。そして、司会から、いま松島先生の名前 が出ましたので、では、飛び入りで松島先生〜と壇上に呼ばれた松島さん、確か に5年前、MOTをやるから帰ってこい、と呼ばれてようやく立ち上がりました。 残り、任期の間、精一杯、ひとりでも多く世のためになるリーダーを輩出してい きたい、とサラリと決意を述べていました。


  世界の知をリードし、常に新しい時代の課題に取組むことを自負し、責務と してきた東京大学。その真価が問われ始めています。明年は創立130年の佳節を 刻みます。それで〆に、この12日に日本武道館での入学式で小宮山総長は、3161 人の新入生に対して以下のようなメーッセージを伝えていましたので、その一部 を紹介いたします。これは東大のホームページからの引用です。


 「〜大学は、ユニヴァーシティという言葉が示すとおり、人類社会という大き なユニヴァースの発展に貢献することが使命です。現在グローバル化の動きが急 速に進んでいますが、グローバル化はともすれば世界が画一化されることと受け 取られがちです。しかしグローバル化の動きが、人類の文化や社会の多様性、さ らには知の多様性を開花させるように努めるのが、私たちの使命です。多様性は 新たな発展の源にある本質的な要素だからです。そのためには、大学という「小 宇宙」が均質な閉鎖的な集団ではなく、それ自体多様性に満ち、協力や葛藤を常 に経験しつつダイナミックに活動しているのでなければなりません。いまこそ、 知の集積の場である大学が、率先して世界や社会に対して自らを開き、新しい交 流と発展の核となることを目指さねばなりません〜」。


 ※余談ですが、東京大学の代表者が学長ではなく、総長でなくてはならないの は、東大入学式における総長訓辞が、『単に東大の学生に訴えるものではなく、 全日本の学界に呼びかけるというよりも、全国民に対する訓辞のような性格を帯 びていた』からだ、というのは、大宅壮一さんの評論、「東大学長を論ず」(昭 和33年2月、新潮)でした。  



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