◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/4/05 http://dndi.jp/

量子が茶の間にやってくる

DND事務局の出口です。「転送してくれ、スコッティ」〜そんなひとことで 瞬時に地表から宇宙船へ移動する、超未来の転送技術を描いたのは、古典的なS Fドラマ『スタートレック』で、人間が忽然と姿を消して別の場所に現れるタイ ム・トリップを演出する時空間転送装置「3Dファックスマシン」といえば、映 画『タイムライン』でした。


 その幻想と実在に揺れる量子の世界が、気取りのない普段着のまんま、という 風に、茶の間に堂々と顔を出し始めている日常をどのように解説すればいいので しょうか?


 「(カリフォルニア工科大学でのチーム・リーダー、物理学者のジェフリー・ キンブル)も人間を瞬間移動させられるとまではいわなかったが、だれかがバク テリアで試して見るかもしれない、とは想像している。こういった量子の不思議 なふるまいは、論理と常識に挑戦するものだけに世間の注目を浴びることはなか った。だが、ある推計によれば、世界中の物理学者の大半は、21世紀の最初の十 年のうちに量子テクノロジーの何らかの側面に関する研究に就くというのだか ら。」


 この記述は、その原作「タイムライン」(ハヤカワ文庫)の冒頭、「21世紀末 における科学」の項の「はじめに」からの引用で、『ジュラシック・パーク』な どで知られる作家、マイケル・クライトン氏の確信に満ちた推論です。今ちょう ど、その最初の10年の折り返し点です。


 その本を再び5年ぶりに読み直ししなければならなかった理由は、量子世界に 起こる不確定性の特異な現象を生かした「量子テレポーテーション」(quantum teleportation)の研究開発の現状を以前から報告し、その成果の足跡を分かり やすく解説していた一人だからでした。う〜む。その量子世界は、そんなに簡単 ではないが、ここをなんとか突破してみたい。そんな気分にさせられてきます。


 しかし、想像力豊かな大作家とは違って、その研究開発の現場に身を置いて 数々の研究成果を発表している世界的な科学者の一人が日本人でした。東京大学 大学院工学部助教授の古澤明さん。1984年、東京大学工学部物理学科卒、1986年、 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、日本光学工業(現ニコン)入社。19 88年、東京大学先端科学技術研究センター研究員、1996年、カリフォルニア工科 大学客員研究員を経て、現在に。


 そのカリフォルニア工科大学時代の1998年に、前述のキンブル氏とともに量子 テレポーテーションの実験に成功、世界に一躍その名を轟かせた瞬間でもありま した。


 「タイムライン」の注釈には、「古沢明ほか『無限次元量子テレポーテーショ ン』サイエンス誌282巻(1998年10月23日号)706〜709頁を参照されたい」との 記述があったことを記憶していました。まあ、当時は、正直いって、それほど気 に止めてはいませんでした。


 が、NHKの看板番組、プロジェクトXを引き継いだドキュメンタリーの「プ ロフェッショナル仕事の流儀」(2月14日放送)で登場したかと思っていたら、 前回取り上げたNHK教育の「サイエンスZERO」(毎週土曜日)の05年度科 学10大ニュースの番外編でも顔を出し、俄かにスポットライトを浴びているよう です。以下は、その番外編でのナレーターの解説です。


 「量子テレポーテーション。この瞬間移動はもっぱらSFの世界でしかお目に かかれませんでした。しかし、電子、光子など量子の世界では実際にテレポー テーションが起こるのです。量子テレポーテーションの世界で利用されるアイデ ィアはもともとアインシュタイン博士が考え出しました。63年後の1998年、世界 で初めて量子テレポーテーションの実験が成功したのです」


 「実験では、たくさんの特殊レンズや鏡などの器具を使い、光の一種、赤外線 を重ね合わせていく。テレポーテーションさせるのは、その赤外線に載せた情報 です。光の不思議な性質を利用し、ふたつのまったく違う情報を持つ光を特殊な 鏡にぶつけると、同じ情報持つふたつの光を作り出すことができます。次に、光 の片方に新たな情報を重ね合わせます。そしてその情報を観測すると、その瞬間、 はなれた場所にある、もうひとつの光に同じ情報が現れるのです。これが量子テ レポーテーションです」


 「これを応用してつくろうとしているのが、量子コンピューターです。従来の スーパーコンピューターに比べ計算能力が大幅にアップできる次世代コンピュー ターです。しかし、これを実現するには連続的にテレポーテーションさせる技術 が必要になります。2005年、古澤さんは、世界で初めて量子テレポーテーション を連続して行うことに成功しました。これにより量子コンピューターが実現でき る可能性が高まった」


 いやあ、凄い。しかし、惜しいことにそのスケールが残念ながら、実感として 掴めない。古澤さんは、「光の量子状態を自由自在に制御できれば、その技術を 使って量子コンピューターもできると思います」と説明していました。


 それも世界で初めて‥って言えば、その前年の2004年にも、古澤さんが研究代 表者となって進めている独立行政法人科学技術振興機構(理事長 沖村憲樹氏) の「量子ネットワークへ向けた量子エンタングルメント制御」研究チームの、量 子テレポーテーションネットワークの実験成功も世界で初めてでした。内容を読 むと、今までの量子情報処理実験が主に2者間の量子エンタングルメント(もつ れ)の制御でしたが、その実験では3者間の量子エンタングルメント制御に成功 したもので、このことは量子情報通信・処理の本質である多者間の量子エンタン グルメント制御へ向けた大きな前進であった、という。


 量子エンタングルメント、量子もつれ、制御‥う〜む。量子テレポーテーショ ンの核心、そこがまだよくわからない。DNDオフィスに唯一、理工系出身のエ ンジニア風を装う、28歳の兄貴肌の渋谷貴志。これはなんだ〜との突然の問いに 目を白黒させて各種文献と格闘し続けて90分後〜。


 「それは‥エ〜ッ、エヘッ‥」、と苦笑しながら、「それは、量子状態を伝送 することで、送り手側の物体(情報)は破壊され、受け取り側に元の物体(情 報)そのものが残るので、物体(情報)を送ったことと同じで、いわゆるテレ ポーテーションしたことになる、ということのようで、ファックスなら送り先に 情報が届いても、送り手の手元にも情報が残りますよね」。


 ふ〜む。それで‥。


 「だから、量子状態を伝送するということは、波動関数を伝送することでもあ り、この波動関数を規定するには共役物理量の同時確定ということが必要で、こ れは量子力学の根幹である不確定性原理により普通の方法では不可能とされてい ることから、う〜ん、量子テレポーテーションでは、量子もつれ、つまり量子エ ンタングルした光子を使って、この不確定性原理の壁を回避するらしい。この研 究は、量子コンピューターの心臓といわれていますから、量子コンピューターの 研究に通じるんです。で、このふたつの量子エンタングルメントした光子の場合 の相関をEinstein(アインシュタイン)、Podolsky(ボドルスキー)、Rosen (ローゼン)の3人の物理学者の頭文字をとったEPR相関、EPRパラドック スと呼んで、量子テレポーテーションを理解するには、まずその基礎となるEP Rを理解しないと始まらないようです」。


 「基礎!もうその辺で、なんか頭痛がする‥」。その入り口で目眩がしてきそ うです。まあ、これ以上、無理しない。所詮、素人の悪あがきに似て、ちょっと ご専門の方には、見苦しい説明だったかもしれませんが、ご容赦ください。


 量子が街にやってくる、そう言いたくなるほど、量子世界が身近になりつつあ る、というのは朝日新聞の科学医療部長、尾関章さんでした。朝日現代用語「知 恵蔵2006」の「物質・時空」のコラムは、やはりご専門、解説に余裕が感じられ ます。


 その量子世界の一端を紹介して、先行するのは、量子暗号。ウィーンでは2004 年4月、市役所と銀行を光ファイバーで結び、量子暗号の鍵を飛ばす試みがあっ た、という。以下は、専門的だが、量子世界に現れる量子もつれの関係にある光 子の対をつくり、片方を銀行、もう一方を市役所に置く。光子たちの偏光状態は、 どちらか一方を観測するまで定まらない。そのことによって盗聴を防げる。この 実演を地元の電子メディアは年間のハイライトに選び、04年は「量子暗号商用元 年」とした、という。


 また、04年5月12日付、朝日新聞夕刊1面では、「究極の暗号実用へ一歩」と の見出しで、産業技術総合研究所のグループが量子暗号で高速の技術を開発した という記事を掲載していました。量子暗号、量子コンピューターの記事が本格的 に1面を飾るのは初めて。


 量子暗号は、粒子が同時に複数の状態をとれること(重ね合わせ)や、もつれ 合う粒子たちの状態は、離れていても一気に決まること(非局所性)など量子力 学の核心に根ざしており、こうした「常識破れ」が、日常生活にひたひたと押し 寄せている‐と尾関さんの担当のコラムにありました。


 その「量子本」の出版も一般向けに相次ぎ、その論理の柱となる量子もつれに 焦点をあてた「量子のからみあう宇宙」(アミール・D.アクゼル著、早川書房、 水谷淳訳)などは文系の人々の関心を呼んだらしい。


   新聞の出版広告には古澤さんの「量子光学と量子情報科学」(理数工学社刊)。 宣伝文に小さな文字で、「NHKプロフェッショナル、ノーベル賞の声も!」に 魅かれて購入し、勇んでページをめくり、やがてペースが落ちて行きつ戻りつを 繰り返し、壊れたサーバー状態で無限ループに陥ったようで、反応がない。


 数式が言語といっても、普通の文字が少ない。なぜか不思議と意味のない笑い がこみ上げてきて、知識の記憶が、どこか異次元にテレポーテーションしてしま った感じです。


 「読者の理解(混乱?)を深めるのに役立つことを期待している」と本文でこ う解説していた古澤さん、なかなかジョークもうまい。が、執筆には、清水明著 の「新版 量子論の基礎」(サイエンス社)を参考とし、量子力学の基礎で不明 な点がでたらこの本を勧める、と書いていました。恐る恐る、注文してみようか しら。しかし、不明な点がでたら‥ですからね。何が不明かわからない不明です から僕の場合〜。


 そして、古澤さんは、同じ専攻で学科の大先輩である藤原毅夫教授に執筆を薦 めてくれた御礼を述べ、自らを監督と名乗り研究員を選手と呼ぶ、東大大学院工 学系研究科物理工学専攻の古澤研究室、平均年齢25歳、12人のメンバーに感謝し、 家庭を支えきる愛妻、朝子さん、そして博士課程の学生(2005年1月当時)の米 澤英宏さんらの名を記して、特別の感謝の意を表わしていました。


 さて、大変だぞ〜。俄かにノーベル賞の呼び声が高まって、古澤さんの存在と 同時に量子テレポーテーションがブレークするような予感がしてきます。ひょっ として、物理学者、百年の矜持というのでしょうか。


 日本初のノーベル賞に輝いた物理学者、湯川秀樹氏(1907年〜1981年)とそれ に続いた朝永振一郎氏(1906〜1979年)の両氏の生誕が前後して100年、国立科 学博物館ではいま、「素粒子の世界を拓く―湯川秀樹・朝永振一郎生誕百年記 念」展(5月7日まで)が開催されています。


 ふらっと足を運んでのぞいてみようかしら。会場周辺の東京・上野のソメイヨ シノは、こんな花散らしの雨にたたられても耐えて、艶やかにこんもりと咲き残 ってくれていればいいのだが、いやあ、雨足がかなり強くなってきました。



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