◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/2/1 http://dndi.jp/

哀愁の北陸路に雪が降る

DND事務局の出口です。長い冬に深い雪、そして暗い海の、なんともうらさび しさがついて回り、走れば走るほど寒々しく、冬場に訪れたりすれば、自殺を考 えたことのない人でもふっとその気になるかもしれない〜。


こんな誘い込むような解説が県民性の研究本に書いてあったし、顔に似合わず このところ気分が滅入ってやや危ない感じもありましたから、せめて用心のつも りでカイロなんか持参していました。しかし、そのみんなが杞憂でした。


新装の福井駅周辺はカラッと晴れ上がって、眩いばかりの陽が高く積もった雪 の回廊を勢いよく溶かし始めていました。が、人影がやはりまばらだったとして も、重く沈んだ印象は少しもありません。


きっとそれは、そんなことしなくてもいいのに、汗を拭きながら腰を屈めるよ うに出迎えてくれた(財)ふくい産業支援センター所属のコーディネーター・出 水孝明さんの、誠実で朴訥な人柄、気遣いの応対、そしてもうひとつ、はちきれ んばかりの笑顔に心が洗われたからかもしれません。


いま、長い助走からようやくテイクオフ直前の優駿の38歳は、自らの悩みを胸 奥に仕舞い込んで新生・福井の明日に夢をつなぐ。きっと何があっても大丈夫〜。 こういう愚直な人に出会うと、目頭がジ〜ンとしてきます。哀愁の北陸路、遠慮 がちで切ないほどのやさしさが、心にしみわたるようでした。


それにしても随分、大勢の人が駆けつけてくれていました。先月26日、福井市 内の商工会議所ビル地下1階のコンベンションホールで開催された福井大学と産 業界との交流会「FUNTECフォーラム」。そのサーバールームも兼ねた地下は、一 昨年の豪雨で水浸しになって、大変な被害が出たらしい。


で、そこにざっと大学関係者や民間の経営者の方々を中心にざっと200人、手 元に名簿があります。その一部を抜粋すると、福井製作所、木原建設、幸伸食品、 サカイオーベックス、江守商事、吉岡幸(株)、日華化学、福井めがね工業、永 平寺サイジング、セーレン、北陸化成工業、東レ、原田商事、ミツヤ、三国海陸 興業、西村金属、旭化成テクノプラス、タナックス、ハーモニー産業、アポロ科 学研究所、ホクシン、小松精練‥。


なんか地元の方々の顔が浮かんでくるようでしょう。皆さん、口数が少ないか ら不機嫌かと思うと違って、そういう何事も奥ゆかしく控えめなんです、たぶん ‥。そのほか、商工会議所、福井県、銀行、証券、商社、ホテル関係者などから も多数参加していました。いやあ、産業界からの参加は、頼もしいし、嬉しい気 分になります。


FUは福井、UNは大学の意味で、産学連携がブームになる以前から、伝統的な繊 維、羽二重の業界と工学部の繊維、化学部門の教授らとの交流が日常的で、福井 大学の地域共同センター長で教授の高島正之さんらが、前任の学長補佐、堀照夫 さんらの勢いを引き継いで共同研究の受託件数を飛躍させ、企業からの参加の協 力会員数も目標を超える153社に到達、そんな上げ潮ムードの中でのセミナーで した。


高島さんからは、「出口さんの会社も是非」と強く参加を求められました。思 わず、「ハイ」と言いそうになりましたが、「共同研究センター協力会会員」っ ていうネーミングは、どこかの業界の下請け会社の集まりみたいで嫌だなあ〜。 しかし、名前を変えたら、これは真剣に入会を考えなくてはならないようです。 高島さん、上手いな〜。


さて、セミナーは15時の定刻通り。来賓は、福井経済同友会の代表幹事で、大 電産業(株)の3代目社長、今村善孝さん。さらっとした挨拶は、静かな語り口 で落ち着きと品格がありました。東京・江東区に本社があるIT関連企業の会長を 兼務し、大学発ベンチャーをも思案中で、偶然、席が隣り合わせとなり、あれこ れ内緒話に付き合ってくださいました。う〜む、気取りや飾りのないその自然体 が、周りをなごやかな雰囲気にさせているようです。


主催挨拶は、「福井から世界最高水準の研究成果を」と強いメッセージ発信す る外遊中の福井大学の児嶋眞平学長に代わり、副学長で知的財産本部長の医学博 士、福田優さん。長身でソフトな人あたりながら、その重要な立場で最も肝に銘 じているのが、社会に役立つ、価値ある人間を送り出すという人材育成の面と地 域貢献でした。「新生、福井大学は本気で地域の貢献にまい進いたします」と力 強く言い切っていました。


福井医科大学との平成15年の統合の歯車がうまく回転し始めているようで、教 授で高エネルギー医学研究センター長の米倉義晴さん率いるプロジェクトの「生 体画像医学の統合研究プログラム」が文部科学省の21世紀COEプログラムに採択 されて、いよいよ児嶋学長らの目指す、世界最先端で独創的な研究成果の創成が 現実味を帯びてきているようです。


地場の産業への貢献に軸足を据えながら、その一方でスムーズな医工連携が着 実な成果をあげつつあるのは、西洋医学に身を挺した福井県出身の杉田玄白、以 来の学問への探求の伝統が息づいているのかもしれない。会場から福田副学長を して、「医学部の先生があんなに地域貢献を声高に叫んで、自ら本気になってい る姿は、尊い」との賞賛の声がささやかれるほどでした。


なんですが、メーンの講演は、「大学発ベンチャーの傾向と対策、貴方ならど うする?」とのテーマで不肖、この私が先陣を務めました。持ち時間80分の奮闘 は、まず笑いから‥。


「ええ〜人間という者は、見かけで判断してはいけないって、随分親から言わ れたものですが、顔がでかくって、そんで態度もひとよりめいっぱい大きい、そ んな見たまんまの、見かけ通りの出口です。でも怖がることはありません。食い つきはしません。森の熊じゃないんですから‥」。


続いて‐。
「ええ〜持ち時間80分、こりゃ〜長い。話す方も大変ですが、聴いている方もし んどい。そこで、ひとりでやっていてもしょうがないんで、何がしょうがないか わかりませんが、皆さんに質問します。当てますよ。覚悟はいいですか?学校で、 何が嫌かといえば、教壇から先生に当てられるのが一番嫌なもんです。人によっ ては、緊張して汗をかいて、血圧が上がって危険な状態になる人もいますので、 そういう人は、最初から、手を上げてください〜」。


これはいくらか脚色していますが、まあ、こんな風にやっていましたら、案外、 会場のあちこちからクスクスと遠慮がちな笑いが洩れて、ちょっと安心しました。 しかし、時計を見たら、あっという間に50分過ぎて、急いで大学発ベンチャーの 分類、その設立の形態を具体的な社名や事業内容を紹介していると、残り5分。 ノドは枯れ、汗も出て、めまいを憶えながら、自分で言うのもなんですが、さん ざんマスコミやなにやら舌鋒鋭く批判した挙句−


「これからはコミットの時代、人をサポートし、応援していくという、そうい う姿勢が信頼のネットワークを構築していく、あれはダメ、これはイケナイなど ど批判ばかりじゃ、そこからは何も生まれません」とくれば、なんだか仕込み落 ちの一席のようで‥。元ソニーエンジニアでDNDの当初からのユーザーの「役に 立つ落語」(新潮社)の著者、山田敏之さんのご批評が気になってしょうがない。 なんだ、下手な志ん生のまねなんぞしやがって〜。


続くスピーカーは、文部科学省から地域科学技術振興室長の真先正人さん、穏 やかでなんとも涼しげな瞳をしていらっしゃる。このポジションには、つい10日 前に着任したばかりでしたが、さすがですね。立て板に水、産学官連携施策の経 緯を分析しながら、地域科学技術予算が10年で10倍に飛躍していることを解説し、 新年度からスタートする第3期科学技術基本計画のポイント、また新たな地域ク ラスターへの取り組みについて述べて、経済産業省の産業クラスター計画、文部 科学省の知的クラスター計画が「ほとんど一体化の事業で、これほど省庁の枠を 越えた事業は、そう見当たらない。きっちりスクラムを組んでシーズとニーズの マッチングに繋げてしっかりやっていきたい」と豊富を語っていました。凄いも んです。


前職は、文部科学省の官房会計課予算企画調査官だったというから実力派で、 これまでの予算の全体を統括していたようですから、政策と会計、車の両輪を知 っていれば強い。部下に動きのいい、主査の片岡敬視さん。徳島県出身、細身な がらどこか人懐っこい感じで、好感が持てました。それに、後日、真先さんから のメールで知ったことですが、ブレーンに東京大学先端科学技術研究センターの 西村由希子さんが控えていらっしゃる。近年、知財マネージメントや産学連携の フィールドでの活躍が目覚しく、より一層輝きを増してきました。知的で有能な 若手がどんどん伸びてきているのは、頼もしい限りです。


続いて、経済産業省近畿経済産業局の地域経済部長の山城宗久さん。もう地域 経済の活性化には、大活躍のキーパーソンです。近畿エリアを縦横に走り回って いるようです。昨年暮れにDNDの産学連携情報のベスト・スピーカー・オブ・ ザ・イヤーの集計では、上位にランキングされていました。どんな人柄か、地元 に食い込んで親しんでいらっしゃる様子で、担当のエリアからの問い合わせ、相 談、苦情など全部引き受けているようです。う〜む、そこにも、まっすぐ、真剣 なこういう人が、地場産業の活性を支えているんですね。で、付き添いの部下に、 産学官連携推進課技術交流第一係長の大平昌幸さん。筋肉番付に登場するような、 はっきりしたタイプで存在感がありました。ご専門はバイオ、いやあ、気合が入 ります。


そしてトリは、高島さん。冒頭に紹介しましたように、福井大学の産学官連携 活動の動きを、その自信のほどを悠々と語っていました。交流会では、福井大学 工学部長で、端正な顔立ちの中川英之さんが挨拶し、その中で、「出口さんの講 演で、会場に向かって質問します、当てます‐っていうからずっと緊張して聞い てしまいました。この手は、大学の講義に使えると思いました〜」などと感想を 語ってくださり、恐縮しつつ、中川さんのやさしさに親しみを感じていました。 案外、単純ですから、すっかり福井に魅了されてしまいましたね。これは、徳島 大学の共同研究センターでも体験しましたが、どうして大学の、あるいは共同研 究センターの女性スタッフは、動作が機敏で、それで奥ゆかしく洗練されている んでしょうか。う〜む。


翌日の地元新聞、福井新聞、県民福井の2紙いずれも福井大学と産業界の交流 「FUNTEC」を紹介していましたが、申し合わせたように取り上げたのは、セミ ナー開催以前の、福井大学の研究者らの最新の研究シーズ発表でした。


医学部の木元久さん、藤井豊さんらは地元特産の越前ガニの有効利用に関する 研究で、「越前ガニからバイオ農薬」、「発見の細菌で殻を分解、オリゴ糖に」 などの昨年11月の新聞記事などが資料として紹介されていました。余談ですが、 地元の三国港の話しでは、越前ガニは福井県沖で獲れるズワイガニの名称で、山 陰地方なら松葉ガニと呼ぶ。地元産は、浜値で1万から2万円というから、いった い料理店で食べたら、どのくらいになる〜あるいは、これまで食べてきたズワイ ガニは、どこのモノだったんだろうか。


さて、本題へ。工学部の寺田聡さんは「バイオ医薬品の品質改善と生産向上を 目指した、ほ乳類細胞を用いた医薬品」、櫻井明彦さんは「微生物または酵素を 用いたホルムアルデヒド分解システムの開発」、技術部の森田俊夫さんは「ジベ ンゾフラン誘導体の有機非線形光学材料への実用化」、工学部の庄司英一さんは 「大気中で安定作動する次世代分子アクチュエータの創製と運動パフォーマンス の研究」、黒岩丈介さんは、お年寄りや足の不自由な人のための未来型の歩行器 「知的歩行器の実現に向けての研究」をそれぞれ発表していました。


ケミカルからバイオへ、その実用への挑戦は限りない可能性を秘めているよう です。知的歩行器という足の不自由な人のための研究姿勢は、これまたひとつひ とつが感動物語でした。なんたって、粛々と進む産学官連携が日常のひとコマで あり、地に足が着いている印象を受けました。これもきっと、大きな花を咲かせ るに違いない。これらのシーズに関心がある読者は、ご連絡ください。高島さん に繋ぎますよ。


いやあ、福井県、憧れですね。これもいつもの癖ですが、いやいや、ほんと住 みたくなるような気分にさせられてしまいました。福井県人は、いまの生活に満 足している割合が全国1位でしょ、日本で一番お金を貯めているのも福井県だし、 会社社長の比率も(人口10万人あたり)1位だという。27日の県民福井の1面には、 帝国データバンクの調査を紹介し、福井県は女性の社長の比率も全国で1位、そ れも24年連続の快挙でした。2位は山梨、3位が島根でした。


それにしても、その健やかなる国、越前・福井は、健康長寿の県でもあり、一 歩踏み入れれば、地方特有の味と技が冴え渡っていました。まだ食せぬ越前ガニ、 寒風で干し上げられた若狭カレイも知らない。繊細で優美な越前漆器、若狭塗箸、 そして福井洋傘、これも手にしていない。永平寺胡麻豆腐、水ようかん、羽二重 餅、焼き鯖寿し〜いやはや、魅惑の福井物産展の様相です。


長く培った歴史、その伝統と遺産を継承しながら、豊かな新しい型の生活環境 を確保し、ベンチャラスでそれぞれが尊敬しあう誇り高い精神文化を築き上げら れれば、パーフェクトでしょう。他人の芝生じゃありませんが、偽装、粉飾、偽 計、談合が蔓延して底が抜けた感じの首都・東京から見習うモノはすでに何もな い‐と、そんなことを強く思いました。みんな福井へ行こうよ。金沢でもいいし、 富山でもいいけれど、北陸路は、産と学連携のアカデミア・ロードなんじゃない のかなあ。


さらに余談ですが、夜は、出水さんに伴われて炉辺焼きのリーズナブルなお店 で軽い打ち上げでした。みんなおいしい。鯖の糠付けは絶品でした。いやあ、な んとも居心地がいい。


余談の余談の余談。


福井といえば、通称、ケンプさん。故・高木健夫氏、読売新聞の名物コラム 「編集手帳」を長らく担当し、中国、韓国問題に精通していました。その出身で した。実直で、偉ぶらない、そしてマイペースというお人柄は、晩年、長野県の 原村のログハウスにお邪魔した際の印象でした。当時、明治以降の新聞小説史を 執筆中でした。丹念な取材と取って置きのエピソードを交えながら、新聞各紙に 掲載された膨大な量の小説をひとつひとつ丁寧に解説していました。我が家の棚 に3巻のそれがド〜ンと鎮座しています。


20代の新米記者が、会社も違うそんな新聞界の大物に接することができたのは、 赴任先の栃木県日光市で知り合いになった読売新聞記者の小塩禎さんの手引きと いうか、お誘いがあったからでした。福井に行って、高木さんの匂いを感じたい ‐という思いを告げると、小塩さんは、帰りに金沢においでよ〜との誘いを受け ていました。


あれから、27年〜。古風な佇まいの金沢。小塩禎さんが、小唄をたしなむ粋な 女将の小料理店「二の字」で待っていてくれる、という。狭い路地のつきあたり、 赤い提灯がぼんやり灯り、チラホラとボタ雪が落ちてきて、なんとも風情があり ました。心の籠もった料理、懐かしい友人、いくつもの銘酒、そこここに哀愁が 漂ってくるようでした。


高木さんの生前の写真を眺めながら、酒を飲んでいると、小塩さんが昔語りを 始めていました。


〜高木さんを囲む私的勉強会を「高見会」(こうけんかい)と称して、高木の タカにタカミノケンブツ、正しくは勿論、高みだが、無責任の意味で使っていた。 高木さんらしいテレ隠しだったかもしれない。この会を出たマスコミや大学の先 生が何人もいます。その時の勉強会のテープが残っている。私(小塩さん)も名 簿上は会員ということになっていました。


高木さんの死は、他紙も大きく報じました。小生はまだ日光在勤でした。出口 さんは足利だったかな。危篤の知らせを受けて八ケ岳山麓の原村へ飛び、葬儀の 後始末を終えて、日光に戻ったのは、約10日後だったかな。他社の記者の死が大 きく報道されるのは、珍しい。それほどケンプさんは愛されていた、ようだ。高 木さんは、一線を退いた後、朝日新聞のOBの扇谷正造さん、入江徳郎さん、毎日 OBの古谷綱正さんら大先輩の記者らと雑誌「人間連邦」を出していた。これが、 当時の雑誌だよ〜。


こんな調子で、時間が過ぎていきました。いやあ、なんとも至福のひとときを 味わっていました。今度は、ゆっくり、訪ねてみたい。いやいや、棲みついても いいかな〜。




記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html

このコラムへのご意見や、感想は以下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
DND(デジタルニューディール事務局)メルマガ担当 dndmail@dndi.jp