◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2005/11/30 http://dndi.jp/

大学発起業家からの贈り物

DND事務局の出口です。多くの人を前にしながら、その表情に屈託がなく、強 く響く声が躍動していました。赤くなって上がるとか、緊張するとかはないのだ ろうか、と感心しながらじっと窺っていると、いえいえ、その指先はやや微妙に 震えていて、額に玉の汗をにじませていました。誰が何をやっているか、志の高 い大学発ベンチャー企業の凄いところも見てほしい〜。


 東京・JR田町駅前のCIC(キャンパス・イノベーション・センター)での、22 日開催のセミナーは、ちょっと仕掛けが変わっていました。CICに入居する34大 学2機関から8大学9つのベンチャーが競演していました。題して「21世紀のアク ティブベンチャー」。さ〜て、では始めます、長いですよ〜。


 一番槍は、東京農工大学大学院教授の千葉一裕さんらの、分離精製と化学合成 の「相溶性二相有機溶媒技術」を基本に、低環境負荷で高効率な「MolecularHiv ig」システムを実現した「JITSUBO有限会社」(永野富郎社長、東京都・小金井 市の農工大インキュベータ)でした。


 つまり、う〜ん、精密化学製造の現場の特有の問題といえば、化学物質は混ぜ るのは簡単だが分離が困難、しかも製造に際しては、ハロゲン系や芳香族系溶媒 の発がん性が問題となり、人への影響や環境の負荷が避けて通れない‐などが指 摘されていました。それらの問題を一挙に解決した「21世紀の社会要請」に応え た画期的な技術だ、という。


 ジツボの社名は千葉教授と縁の深い、なんと500年前の創業の漢方の薬問屋 「千葉實母散」の由来に遡ると言う。古の安心な薬と、先端の安全な技術を重ね、 そして、Japan Innovative Technologies&Solutions for Ultimate Bio- Obje ctivesの頭と取って、JITSUBO。「日本発の革新的な高機能物質生産技術による 社会貢献」を社是に掲げていました。


 プレゼンに立ったのは、事業開発部の主任の河野悠介さん、若くて溌剌として いました。天然の香料、油分などの抽出などは、お手の物というから、ひょっと してこれは大化けしそうな予感がしてきます。固液分離装置の研究開発型ベンチ ャーを知っていますが、この業界は結構、この手の先進的技術の引き合いは多い。 今年4月の起業ですが、もう10年先のビジネスが見えているようですから、楽し みです。


 東海モノづくりの拠点、浜松市からは半導体レーザ振動計モジュール・システ ム、防災・故障予知診断システムの他、光計測制御を核とした技術支援事業を得 意とし、今年度の新連携事業(超安定光スイッチング事業)で全国初の認定を受 けた(株)スペースクリエイション。プレゼンは、会社経営に年季が入る青木邦 章社長。やはり、ひと味違いました。


 発端は4年前の浜松商工会議所主催の「大学技術シーズ発表会」でした。大学 との連携で新規ビジネスや事業拡大を狙う中小企業の模範となる事例のようです。 1987年の設立以来、レーザを応用した計測機器の開発、自動車産業分野への技術 提供を主な業務としていましたが、静岡大学電気・電子工学科教授の篠原茂信さ んが開発した「自己混合型半導体レーザ振動計システム」の技術を聞いてさっそ く協力を申し出ていたそうです。


 その技術、半導体レーザから出る光と対象物からはね返った反射光を自己混合 してその光の差を、振動変位・速度・加速度を自動的に測るシステムだという。 ウム〜。光の計測って凄いもんだ。経済産業省の助成金を得てさらに研究開発を 続け、篠原教授の特許権は静岡TLOに譲渡され、その会社と実施許諾の契約が交 わされている、という。浜松商工会議所は評判通り成果を出しているんですね。 そして、その青木さん、「急ぎすぎず、長期的な視野でIPOも夢じゃない」と話 していました。


 大学発ベンチャーのメッカ・関西は京都周辺。そこで立命館大学と並んで多く の起業家を輩出する同志社大学からは、同志社大学大学院ビジネス研究科教授の 山口栄一さんが登壇しました。日本発のイノベーションン創出に向けてのアカデ ミックな解説は、クリステンセンの「破壊的イノベーション」から「有望なパラ ダイム破壊型技術」と続き、そのキーワードが「窒化ガリウムにある」とその論 理を展開していました。


 その第3世代の半導体は、必ずや21世紀の新しい半導体産業を創る、と新産業 創造のシナリオを紹介しながら、それで、そのために2001年に創業したのが (株)「パウデック」(河合弘治社長、横浜市)だったという。


 創業に加わった河合さんは元ソニー・フロンティアサイエンス研主幹研究員、 それに山口さんは元NTT基礎研究所主幹研究員でしたから、これはスピンオフ 型の大学発ベンチャーとも言えそうです。


 山口さんのプレゼンは惚れ惚れするような語り口で、レベルの高い新産業論の 講義のようでした。窒化物半導体の普及させるため今年6月に、新たに「ALG AN株式会社」(人羅俊実社長)を設立したばかりでした。バウデックが開発及 び生産なら、ALGANは、窒化ガリウム系半導体デバイス、特にUVセンサー の開発とそのファブレス生産を担う。この両社の連携は車の両輪、それで山口さ んらが描く起業物語のフレームがやっと完結、あるいはやっと緒に着いた感じな のでしょうか。いやあ、これも新鮮な驚きでした。大学発ベンチャーに有能で知 的なエンジニアが陸続と集結してきているようです。


 次に登場したのは、勢いのある九州工業大学発ベンチャーというから、ワクワ クしていたらその期待は、裏切りませんでした。セキュリティーの認証、識別シ ステム開発を軌道にのせる(株)「グローバル・セキュリティ・デザイン」(相 馬博社長、東京・台東区)は、九州工業大学工学部(北九州市戸畑区)の看板教 授、近藤浩さんの研究室の研究員が、相馬社長のもうひとつの会社、ソフトウエ アの「ときわ情報」に就職したのを契機に連携が進み、近藤教授の指導を得なが ら顔認証システムの開発に取り組み、2002年8月に起業。独自の特徴は、パター ンマーキング技法によって白髪になっても髪がなくなってもしっかり認証可能で、 万一データが盗難にあっても流用の心配がないくらい鉄壁のガードシステムを採 用している、という。


 特筆すべきは、近藤さんの研究室の人気の理由です。ホームセキュリティーか ら軍の最高機密まで‐を守備範囲とするセキュリティーに加えて、画像処理、復 元や圧縮など先端的でしかも面白い研究が目白押しのようです。社会を、そして 時代を見据え、さらに学生の個々の資質を見抜く確かな研究に定評の、九州工業 大学らしい成果がぎっしり詰まっているようです。


 プレゼンは、これまた弁舌なめらかな事業開発推進部の山谷俊文さん、がっち りした体格ながら、その説明は丁寧でした。「顔認証といっても何に使える の?」、「さて、じゃあ具体的な導入事例は?」、「そもそも顔認証の優位性 は?」と自問しながら回答を導くと言う手法は、説得力がありました。テレビ会 社、大手広告代理店への実績を引っさげて、アメリカは、東海岸のペンダゴンに 売り込みに飛び、資金調達も売上も順調とくれば、しっかりIPOも視野に入っ てくる‐感じでした。いやあ、技術、市場、それに山谷さんの好感度などは、群 を抜いていましたね。


 後半に入ります。医療分野に進出した山形大学発のベンチャー企業は2002年7 月設立の「マイクロトモグラフィー株式会社」(松村澄男社長、天童市)です。 松村さん自ら説明に立って、きっかけは中学時代の先輩の山形大学大学院教授の 丹野直弘さんから「この基本特許でやってみない?」という誘いかけがあったか らだ、という。先輩の顔を立てての起業、まあ、そういうのもアリです。


 その特許〜レーザとは異なるやさしい光を照射してその物体の内部から帰って くる光を断層情報として検出し、その画像を表示する、光干渉断層画像化法とい うOCT技術の特許で、それを応用して、患者に苦痛を与えない検査や手術に有 効な眼底検査装置を開発、2003年12月に薬事承認を取り医療機器として販売を展 開している、という。地元の病院への納入実績があり、今後全国展開を進めてい く。こうしたシステムの検査装置は、独カールツァイス社が独占する市場だった だけに、小型で精度の高い装置を低価格で殴り込みをかけたわけです。事業化に 向けて、県、国などからの開発補助、企業化助成金などの支援を受けていました。


 松村社長は、半導体デバイス設計製造やレジャー産業機器(全自動麻雀卓)製 造販売の関連会社のエムテックマツムラ(株)の常務取締役を兼務し、連携しな がらマーケット拡大に懸命のようでした。企業経営に実務経験のある幹部が大学 発ベンチャーに参入すると、労務や経理という基本のマネージメントに足元をす くわれる心配はなく、新規市場の創出に全力投球できますから、中学時代の先輩 後輩というローカルな地縁によってでも立派な大学発ベンチャーが産まれる、と いう好例です。 


 もうひとつ医学研究分野からは、研究受託サービスをビジネスの柱に据える新 潟大学発ベンチャーの「アドビオームリサーチテック株式会社」(山本恵子社長、 新潟市)。説明は、創業者で新潟大学大学院医歯学総合研究科教授兼取締役の山 本格さん。端正なマスクで礼儀正しい物腰から、起業家の印象はやや薄く、どう みても研究者タイプなのだが、冒頭、口を突いて出た言葉が、これが感動を呼ん でいました。


 「なぜ、大学発ベンチャーか?それは新潟にベンチャーが足りない。新潟大学 を良くしたい。うまくいかないかもしれないが、なんとしても成功したい」とほ とばしる様な情熱を披瀝していました。こういう先生は、こっちもなんとしても 応援したい、そんな気分にさせられました。


 ビジネスの対象は、大学の医学部、製薬会社。医学部系の大学は多方面の活動 が増えてきて、研究が手薄になる事態が懸念されているらしい。そこで、新潟大 学の分子病理学的研究の過程で培った研究手法を提供し、医学研究の推進を支援 する‐というのが狙い。市場は、遺伝子(ゲノム)構造が明らかになり、その発 現組織、細胞を明らかにする必要のある、いわゆるバイオ実験における検出技術 のIn situ hybridization(インサイチュハイブリダイセーション)法による遺 伝子発現検出の受託、組織標本の作製の受託と販売、組織蛋白質の検出の受託、 生物医学的実験の代行受託‥が主な業務だ、という。あれれっ、これはアンジェ スMGの森下竜一さんにこっそり通訳していただかないと、イメージが湧かない、 というのが実際です。もう、そういうビジネスモデルは、いくつかのベンチャー がすでに先行しているらしく、後発ながら山本さんらの新規参入の優位性は、自 動化によるコスト削減、精度の高い研究成果の提供など、高い品質で安い価格と いう。


 精度が高く品質がいいなら、割高でもいいと思ったりしますが、いくつかのバ イオ系企業とアライアンスを組んで、販売ルート、市場の開拓を進めていました。 がんばれ、山本センセイ!


 長生き、健康というキーワードは、熊本大学発ベンチャーの(株)セレンディ ップ研究所(東京・荒川区)。今年4月の設立。説明する社長の山津功さんは元 エーザイの研究者でした。各種健康パンの製造、販売を主力に掲げていました。 「次世代の健康志向のパン」というから、パンは食べるパンのことですが、これ がなかなかバリエーションに富んでいて、「更年期障害などでお悩みの方は活性 型イソフラボン入りパン」、「前立腺肥大が心配な方へは植物ステロール入りパ ン」、「ピロリ菌除去にはグリコシド入りパン」、「虫歯予防にはキシリトール 入りパン」‥いずれも特許出願中で、これが結構話題を呼んで、全国展開で初年 度売り上げ18億円、5年後は200億円を目指し、福島県などで試験的に販売 している、という。


 さ〜て、どん尻に控えていたのは、座席が偶然隣り合わせだった有限会社「生 物振動研究所」(櫻井直樹社長、広島市)の専務、藤路陽(とおろ・みなみ)さ ん。陽と書いて「みなみ」、う〜む。どう見ても20代で最年少のようでしたか ら、「いいかい、今日は客筋がいいから、何をして欲しいか、はっきり言い切る んだよ。自信もってね」って耳打ちしたら、ニヤッと白い歯を見せながら登壇し ていきました。なんか息子のデビューを心配する親の心境でした。


 「社名はちょっと危ない感じですが、そんなことはありません。広島大学発の ベンチャーです」とまず、聴衆の関心を引いて滑り出しは順調。技術は、音響振 動を使って果物の「食べごろ」、「摘み取りごろ」を測定するもので、試作から 改良を重ねてついに完成、メロンやスイカの食べごろを判定する装置は、商品名 「食べ五郎」とそのまんまながら笑いが起き、果物の内部を測って熟度を判定す る装置は、「ナイーブ」とこれまた内部を引っ掛けただけでしたが爆笑、そして 止めは、シャキシャキ、ポリポリの食感を数値化する装置は、なぜか「AMC」 と外して一瞬シーンと思いきや、「これらの装置で皆さんの頭の硬さも測れま す」とやったから、会場からどっと笑いが弾けていました。いやあ、なかなかや るじゃない。スタートから2時間を越えていましたから、この笑いは疲れを吹き 飛ばす効果がありました。


 小型で簡便、それも安い。そんな感じで残留農薬なんかも測定できるペンシル 型のマシンがあれば、一家に一台のヒット商品間違いないのだが‥。今年3月の 起業、それにしても広島大学総合科学部教授で代表の櫻井さんらの、技術を農業 分野に役立てたい‐という熱い思いが伝わってくるようです。


 どうですか〜。大学発ベンチャー周辺にようやく若くて気力の充実した動きの いい事業パートナーが現れてきて、骨太のビジネスがようやくリアリティーを帯 びてきたようです。ちょっとマネーの匂いがして、いくつか食指が動きそうにな りました。少し先を展望すれば、それぞれに技術を極め、覚悟の人材を呼び込ん で、革新的なビジネスを加速させる大学発ベンチャーが、やがて地方活性化のギ アとなり、日本再生のエンジンに成長していくに違いない、と確信します。ここ までが本題、以下は雑感となります。


 会場には、ぎっしり100人を越える参加者が溢れ、その顔ぶれも圧巻でした。 投資案件に眼を光らせる有力ベンチャーキャピタル9社をはじめ、銀行、証券な ど金融会社、業務提携を意図する大手メーカー、それにマスコミや大学関係者ら も多く、CIC初の21世紀の大学発アクティブベンチャーの知の競演は、うま くいきました。ワシントンからはわざわざ、「DNDのメルマガを読んで」飛ん できたワシントン・ストラテジーグループ代表の今村勝征さんもそう語りながら 積極的でした。


 冒頭の講演は、「ベンチャーの成功と失敗」の体験を赤裸々に話してくれた島 村力さんでした。2度目のベンチャー失敗の主な原因は、不用意な新聞記者への インタビュー記事の対応で、新聞に出たその記事をみた主力銀行が憤慨し、即刻 取引を停止されたそうです。「嫌がるのを、急ぎだからと無理やり取材に応じた のが間違いだった」と振り返っていました。


 島村さんと同じく、僕の胸にも赤い大きなリボン。総括の講評と審査が用意さ れていました。評価基準は、好感度や技術評価、市場性などをそれぞれ10点の合 計30点満点。独断と偏見によると、唯一のパーフェクトは、九州工業大学発の 「グローバル・セキュリティ・デザイン」でした。その他も27点から29点と高得 点でした。


 交流会では、そっくりそのままの大勢の参加者がなだれ込んで、挨拶や名刺交 換などで親交を深めていました。夏から孤軍奮闘の、この催しのプロデュサーで 幹事校の東京農工大学CIC所長の田中健作さんは、最後まで目配りを怠りませ んでした。


 きっちり仕事を仕上げるのは、「早稲田の機械出身で、精工舎の生粋のエンジ ニアだからなあ〜」という東京農工大学大学院教授の古川勇二さんの呟(つぶ や)きが聞こえてきそうです。古川さんと田中さんは、かつて精密工学会の会長 と事務局長という関係で、田中さんは気が利く女房役、そして再び巡って東京農 工大学という同じ土俵に落ち着くのも奇縁です。田中さんのかつての古巣、精密 工学会が特別協賛を申し出てくれていました。


 いやあ、開催資金も自力で集め、看板も設営もチラシも動員もみんな田中さん らCICの皆さんの手作りでした。グランプリは、縁の下の田中さんらの運営 チームに差し上げたい。ご苦労様。また来年に第2弾をやりましょう。


 あ〜あ、本日は東京ビッグサイトで全国知的・産業クラスターフォーラムが午 前10時30分から始まっています。トップを飾る東京大学教授の松島克守さんの基 調講演は、もう間に合わない。残念!午後からの一橋大学大学院教授の石倉洋子 さんがコーディネートする「知の創造からビジネス創造に向けて」のパネルから の飛込みになりそうです。


 さ〜て、明日1日から12月。午前、各界の要人が集う社会生産性本部の50周年 記念のシンポジウムに参加して、午後は産学連携ジャーナルの新春号の特別座談 会の司会の役回り、東京工業大学学長の相澤益男氏、科学技術振興機構理事長の 沖村憲樹氏、野村證券常務取締役の多田斎氏との2時間の本音トークです。しっ かり事前の準備を怠りませんでしたから、大丈夫でしょう。師走も走ります。




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