◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2005/11/16 http://dndi.jp/

検証:「虚妄」の日経ビジネス特集記事

DND事務局の出口です。あ〜ぁ。わざわざ高級住宅の並ぶ一角を選んで、外車 のジャガーに腰かける大学発ベンチャー起業家の一枚の写真を見て驚愕し、思わ ず天を仰いでしまいました。あまりに無防備というか、誰が見てもこれは感心し ません。しかし、その写真にごまかしはないとはいえ、記事の扱いはちょっと敵 意に満ちているのでは‐との声を多く耳にします。


 特に弱冠27歳の、社名と個人名を特定された起業家の、あまりに軽率なその 写真のポーズは、狙い通りの取材の罠に嵌ったのか、あるいは、そのまんまの姿 を安易に写し取られたのか、いずれにしても大学発ベンチャー支援の視点からす れば、それら記事に見られるいささか偏見の多い事例の取り上げ方を黙って見過 ごすわけにはいかない。


 う〜む。そうは言っても、DNDメルマガで取り上げれば、逆のアナウンス効果 を懸念しないわけにはいきませんから、あれこれ迷いながらじっと考えあぐねて いたんですが、先輩で元電通部長の塩澤宏宣さんから、「原稿(メルマガ)締め 切りでご多忙のところ‥」とこちらの状況を察知しながら、「長いこと購読して いましたが、断る矢先に産学官にケチをつけているので、いつになく丁寧に読み ました。貴台が反論するかはともかく、ちょっと触れてみてはどうですか〜」と のメールをもらって、心が動きました。


 今週発売の「日経ビジネス」11・14号、特集「大学発ベンチャー――補助金で 生きる“産学連携”という税食い虫」、「変だぞニッポン虚妄の大学発ベンチ ャー 民営化時代のタックスイーター」の見出し、それに続く本文の写真、記事、 そのセンセーショナルな扱いに激震が走りました。総力取材は、それ相当の時間 と足を使った感じがします。


 しかし、初冬の戸外でいきなり冷水を浴びせられた感じでした。産学官連携の フィールドでは、いつもどこよりも的確に取材のフォローをし続けている信頼の 日経ビジネスが、なんで‥?


 「1000社に達したという大学発ベンチャーの経営ぶりはどんなものか。大学教 授らの経営には甘さが多く、補助金頼みの運営が浮かぶ。大学の技術と税金を食 い物にしようと欲深な人々も集まってくる」。


 それが主題でした。そして、それを象徴する典型として気の毒な扱われ方をさ れているのが、その27歳の青年実業家と呼ばれた黒川敦彦さんでした。個人的に 知るところでは、大阪大学工学部卒後、NEDOフェローになり、持ち前の起業への 熱意でバイオ関連の大学発ベンチャー2社起業し、多くの起業にも関わっている ようです。


 大阪大学発ベンチャー支援ネットワークとして活発な「青い銀杏の会」(森下 竜一理事長)の理事職にあり、そして、内外からいま一押しの若手起業家として の評価も高い。昨年9月に設立し自ら社長に就いている「サインポスト」は、遺 伝子診断に基づいて患者ひとりひとりが適切な治療法を選択できる、という阪大 医学部の山崎義光助教授の研究成果を生かした「糖尿病のオーダーメイド医療シ ステム」を事業化するもので、設立から3年で8億円、5年後には海外展開を含 めて売上額100億円規模を目指し、株式上場をも視野に入れている‐という、 その事業モデルは頼もしい限りです。


 しかし、記事は、「売上高はゼロ、しかも、起業と経営が補助金で賄われてい るのだから、通常の経営とは異なる」、「NEDOフェローは大学の教官の特許情報 を豊富に得られる。職務として関わった大学発ベンチャーに経営者として参画す ることもできる」などと指摘し、見出しに「税金で起業した青年社長」、「上場 益を見越して、クルマと一戸建て選び」との文字を並べて、露骨な、ある種の意 図を匂わせていました。それに、問題の写真‥。こんな風に書かれたら、普通、 立ち上がれなくなります。


 本文を読むと、彼は夢を多く語っています。その軽率なほど得意になっている、 夢の部分が、取材の記者には、「野卑」に映ったと感じます。黒川さんを狙い撃 ちにした風ではなく、手続きを踏んで彼にアクセスし、取材を進めていくうちに、 「どうもこれは違う‥」という記者の本能が疼いてきたのかもしれません。高級 住宅街でのスナップは、取材する側の意図がはっきり見て取れます。オフィスの 社員らとの会議風景でもいいし、講演しているものでもいいわけですから‥。い やあ、なんでそんな誘いに応じてしまったのか、メディアの活用を意識すべきで した。そんな写真が載れば、どんな紳士でも成金趣味の嫌な感じに映ります。そ れは、百戦錬磨の記者からすれば、まるで赤子の手を捻るような、狙いすました ショットだったかもしれません。あの写真がなければ、記事全体のトーンは説得 力を欠いてしまいます。あの写真が決定的な意味を持っているのです。動かぬ証 拠となります。


 マスコミには気をつけろ!というのは持論ですが、何かあったら一報ください ‐って以前にも書きました。


 そこで、まあ、あえて、反論というわけではないのですが思いつくまま言えば、 黒川さんの会社は、設立当初の資本金は4000万円を越えており、まず「税金で起 業」という批判は当たりません。補助金とて、実はそんなに使い勝手がいいもの でもないし、システム構築、設備購入、試験・実験、それに制限の多い人件費、 交通費など、中味を詳細に見ないとわかりませんが、到底利益につながるもので もありません。せいぜい10l未満の一般管理費が利益に相当しますが、どこも それでは足がでてしまいます。だから、補助金のみに頼る経営は、本来有り得な いし、間違いなく潰れますから、日経ビジネスの裁定を待つまでもなく、市場と いう世間がもっと厳しい断罪を下すに違いありません。そういう躓きを繰り返す エセ起業家は、多くのネットワークから退場してもらわなくてはいけません。


 税金が無駄になる‐それは指摘の通りかもしれませんが、だったらそういう無 駄になった事例を取り上げるべきです。黒川さんの会社はこれからです。どうな るか、しっかりウオッチしなくてはなりません。


 あるいは、NEDOフェローの職務で、その立場を利用して、起業、あるいは社長 に納まるーという感じのニュアンスは、誤解を生みます。それは大学のバイオベ ンチャーの設立形態として経営者の外部からの招聘は一般的ですから、つまり教 官や研究者らが経営者になるのはむしろレアケースで、多くの識者も教官らによ る経営は否定的ですし、国立大学法人の規定で教官が就任できるのは、取締役に 限られており、社長は別に手当てしなければならない事情があるわけです。「フ ェローの職務」を特権という風に捉えるのは、ちょっと違う。実は、大学発ベン チャーの難題が、その経営者、人材の確保にあることは、よく知られたことです。


 また、全体に、「産学連携に7000億円」という見出しで書かれている、大 学発ベンチャー支援を含む産学連携の関連予算は7000億円に迫る‐という独 自試算の根拠がよくわからない。「政府が1000社誕生したとする大学発ベンチ ャーだが、(中略)現在でも事業をしている会社は4分の1ともいわれる」とい う指摘は、これが事実なら大学発ベンチャー1000社達成は、それこそ虚妄になっ てしまう。事実確認をしないまま、「といわれる」という風聞で、大学発ベンチ ャーの、逆を突けば、800社は事業をしていない‐という意味に取れる書き方は、 やはり、おかしいなあ〜。DND研究所に全部のデータがありますから、それで反 証してもいいのですが、明らかにそれは、間違った情報です。


   百歩譲って、ただ、日経ビジネスが問題にする「補助金頼みの大学発ベンチ ャー」の存在も否定できません。それは、謙虚に受け止めて、起業する側、支援 する側が互いにチェックしなくてはいけません。商品化、事業化を後回しにして、 せっせと一途に、補助金、助成金の申請書の書き方、プレゼンの方法ばかりを追 っかけるような、不遜な輩もいます。それを「補助金獲得の確率5割」なんて吹 聴するのは、せいぜい仲間内に留めておかなくてはなりませんし、外に向けて、 あるいはマスコミ相手に自慢する内容ではない。黒川さんが、そう言ったという なら、それは誤解の元となります。


 しかし、なんといってもベンチャーですから、失敗のリスクはついて回り、資 金繰り、労務管理、人がうまく働かない、商品が売れない、気力が続かないなど、 その大学発ベンチャーの周辺を歩くと、地を這うような汗みどろの死闘の渦中の、 起業家が圧倒的で、株主から社長業を外されたり、大学当局からうとましく思わ れたり、ずっと無給で踏ん張っていたり‥と、日々そんな厳しい現実のSOSが発 信されてきます。だからこそ、さまざまな立場からのサポートが必要になります。


 まだまだ、大学発ベンチャーというか、ベンチャービジネス周辺の理解が足り ないことを実感します。その責任の一端は、DNDを含めて支援する側にもあるか もしれません。それにしても、まあ、言ってしまいますけれど、右で握手し友好 を求めながら、左手の袖にピストルですか‥。


 もう10年前、いわゆるお台場、その東京港の臨海副都心開発が具体化してきた 時期に、産経新聞は推進派でしたが、多くのマスコミは一応に批判的でした。そ のなかで、東京新聞が臨海の開発に強く批判を繰り返していました。それは、社 の方針、記者の問題意識として立派なキャンペーンになるのですが、その半面、 同じ新聞社の事業局の営業担当らが、所管の都の港湾局に、臨海副都心を賑わせ るイベントの共催と協賛金集めに執拗に足を運んでいました。当時イベント担当 で現在、東京みなと館長の大野伊三男さんは、それで随分、頭を悩ませていまし た。


 日経ビジネスを発行する日経BP社は、これは意地悪かもしれませんが、先の 大学「知」のEXPO「イノベーション・ジャパン2005」を昨年に引き続いて共 催として運営母体に回り、今週の特集で取り上げたNEDOなどから合わせて1億円 を越える協賛を得ていたそうですが、協賛金集めと、それと「大学発ベンチャー ――補助金で生きる“産学連携”という税食い虫」という批判記事の折り合いを、 社内でどうつけているのでしょうか。


 それらを含めて単刀直入に、編集に直接電話して聞きました。編集のS記者は、 明快でした。すると、「事業担当の方へは、こういう趣旨で特集をします‐と伝 え、内部では了承を得ています。編集は編集の方針に基づいて、問題は問題とし て取り扱います」と、堂々としていました。編集経験のある僕としては、それが 正しいあり方と思います。それはマスコミの論理です。角度を変えると、世間は それでは納得がいかないかもしれません。


 記事がでた以上、その指摘を他山の石として自戒するか、背後からバッサリ切 りつけた格好の日経ビジネスと戦うか、これまたどっちのスタンスをとっても大 学発ベンチャーが1000社達成という局面を境に、大学発ベンチャーが注目されつ つあり、いよいよ世間からの批判をも覚悟しなくてはならない段階に突入した‐ という認識が必要なのかもしれません。


 さて、さらっと読んで気が重くなり、そのままその雑誌をバッグに詰めて急い だ先は、東京・芝公園の東京プリンスホテルでした。大学、政府、それに民間の トップ1000人規模を集めた第5回産学官連携サミットが、この14日に開催されま した。さらに連携を強めて、もう一歩、前へ前へという勢いのある会合となって いました。元気がでてくるようでした。


 科学技術創造立国への推進、実現に向けてスタートした「科学技術基本法」か ら10年、第2期(2001〜2005年度)から第3期への節目にあって、さらなる産学官 連携の推進が確認されていました。第1期の17兆円、第2期の24兆円、そして、 「党として第3期は26兆円を確保するよう努力したい」と衆議院議員で旗振り役 の尾身幸次さんからの紹介もありました。


 共通の認識は、産学官連携が第2フェーズに入ったということでした。新展開 の方向性について会場とパネリストとの意見交換も活発でした。日本学術会議議 長でこの日のモデレーター役の黒川清さんは、開催挨拶で「この1年、あまり変 わっていないようだが底流では随分変化が起きている。それはやがて一気に爆発 するのではないか〜」と各界が劇的に変化していくことに期待を込めていました。 歯切れもよく、テンポもいい。この人の存在で、全体が明るくなるから不思議で す。


 交流会は、熱気でした。会場をくまなく歩いて参加者らと名刺交換を続けてい たのは、東京大学総長の小宮山宏さん。先頭に立つ勇気というのでしょうか、多 くの人の輪の中にあって他者をいっぱい感じ取っていたようです。挨拶すると、 「あと数年すると、大学発ベンチャーが厳しい時期を迎えることになるかもしれ ない、その時は、各方面、しっかり連携しながら支えていこうじゃない」と本質 を突いた励ましを忘れません。懸命な人です。


 懸命といえば、科学技術政策担当大臣に就任したばかりの松田岩夫さん、テレ ビで見た通りの純で一徹、その声のど迫力といったら流石、政治家です。腹の底 から、絞り出すように日本の将来の確かな方向性を示していました。


 しばしウェブ運用談義に花を咲かせたのは、科学技術振興機構理事長の沖村憲 樹さんでした。きっとどこか外注に出しているのかと安易に、JSTのサイトへの 論評をしていると、「あれは〜僕が指示し、チェックして作りこんできた」とい うから腰を抜かしそうになりました。


 お叱りを受けるかもしれませんが、なんとも清楚でにこやかな表情を浮かべて いたのは、一橋大学大学院教授の石倉洋子さんでした。スレンダーな美人で、石 倉さんのまわりだけ華やいで「なんとかにツル」のようでした。その石倉さん、 この30日に東京ビッグサイトで開催の「全国知的・産業クラスターフォーラム」 (日本経済新聞社など主催、科学技術振興機構協賛)のメーンのパネルディスカ ッションで、モデレーターを務めます。行かなくっちゃ!


 東京大学教授の松島克守さん、アンジェスMG社長の山田英さんらが登壇し、総 括講演は、日本新事業支援機関協議会代表幹事という立場で、堀場雅夫さんが締 めくくります。


 時間が迫ってきました。この時間、いつも追われているようです。午後14時か ら、NPO産学連携推進機構の理事長で、秋葉原プロデュースの妹尾堅一郎さん主 催の、世界から秋葉原に人を呼ぶ「AKIBA Service  Front」(仮称)のプレス 発表です。NTTコミュニケーション、日立製作所、JTB、それに秋葉原電気街振興 会も加わり、地域インフォメーションサービスを導入し、料金決済や免税手続き をICカードで実施するという離れ業を、全国に先駆けて実施していく、という。 産学官連携の地域コミュニティ版、それも商店街の振興と言う新しい局面を開拓 していくようです。さすが、妹尾さんです。天晴れ!しかし、間に合わないなあ 〜。なんで水曜日!




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