◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2005/10/12 http://dndi.jp/

挑む大学発バイオベンチャー

DND事務局の出口です。立ちはだかる険しい渓谷、奥深い山、それに幾つも の岩壁を越えなければ、頂は見えてこない。気負を捨てて用心深く、仲間を募っ て突き進むのは、フロントランナーの宿命なのかもしれません。よほどの頭脳と タフな神経をバランスよく併せ持たないと務まらないし、続けられることではな い。しかし、そこを突き抜けていかないと、日本のバイオテクノロジーは全体と して機能しないという危機感を漂わせているのだから、これは社会変革への道標 であり、無名峰を目指すクライマーのような過酷な挑戦でもあるようです。


 第3回を数える「大学発バイオベンチャー協会」の総会が先週の7日午後、東 京・丸の内の皇居前、いつものパレスホテルで開催されました。設立時より一段 と参加者も増えグレードもアップし、これまでの積み重ねでしっかりと組織とし ての協会が確立したようです。第1回の準備会の様子は、メルマガVOL.32で 紹介していました。


 創設に尽力した顔役の3人は、不動です。元参議院議員で、昨年11月に東証 マザーズへの株式上場を果たした(株)LTTバイオファーマ代表取締役会長、 東京慈恵会医科大学DDS研究所所長・教授を務める、大学発バイオベンチャー 協会会長の水島裕さん。再生医療分野のベンチャー草分けのJ−TECを創設し、 同社の技術顧問に入る一方、オステオジェネシス(株)取締役などいくつものバ イオベンチャーに参画、東京大学医科学研究所教授、ホームグラウンドの名古屋 大学大学院医学研究科教授で、同副会長の上田実さん。そして大学発ベンチャー のトップランナー、アンジェスMG(株)の創業者で取締役、大阪大学大学院医 学系研究科臨床遺伝子治療学教授で、やはり同副会長の森下竜一さん。


 年齢と立場、専門の領域をも超えて、ウマが合うというか、しっくりと納まり がいい。そこは、大御所の水島さんが、少し枯れた渋みを感じさせているからな のかもしれませんが、極力、控えめで短めの挨拶は傑出していました。それを問 うと、「歳だから、疲れるのが嫌なだけ〜」と周囲の笑いを誘いながら、ゆった りした懐の深い余裕を感じさせてくれていました。


 ご存知でしょうか、DNDの連載企画を現在は、森下さんに、その前には上田 さんに、いずれも「大学発ベンチャーの成功の‥」がテーマです。上田さんの1 0回の連載は、再生医療の事始の同時進行のドキュメントのようで、手に汗握る 迫真の場面が何度も登場してきます。


 ボストンに渡って、培養皮膚のフィーダー細胞の提供を初対面のハーバード大 学のグリーン教授に願って了承され、その足で時間との勝負でとんぼ返りするエ ピソードや、J−TEC創業のきっかけとなる、小沢秀雄氏との出会い、「理由 なく感動した。帰りの電車で涙がでそうになった」と率直な心の内を披露してい ました。読ませます。


 現在好評連載中の森下さんは、弁舌同様、論理的な構成に加えての文章術はプ ロの域に達していて、なんとも平明で分かりやすく、森下さんの声が響いてきそ うな文章です。大学発ベンチャーの成功のキーワードを毎回、明確に浮かび上が らせてくれています。「さ〜て、次回の原稿は?って、覚悟していました」と先 制されて、こういう席で野暮とは承知しながら、「年内には、ねっ!」と催促し ちゃいました。


 全国の国立、私立の大学発バイオベンチャーから参加している正会員企業は、 70社と倍増していました。大阪大学医学部の「生体信号デジタル化の研究」の 成果を事業化することで設立され、画期的なバイオマーカーを開発して臨床評価、 新薬、特定保健用食品の開発を手がける、梶本佳孝さんが代表の(株)総合医科 学研究所は、2003年に東証マザーズに上場しているのは、ご存知の通りです。


 人工酸素運搬体(人工赤血球)の研究開発の成果を医薬品への応用と新規ナノ DDS製剤の開発を進める(株)オキシジェニクス、社長はバイオベンチャー設 立に経験豊富な高木智史さん。バイオインフォマティクス領域分野でデータ解析 の受託業務を手がける名嶋真智さんが代表のN.A.Gene。大阪大学を中心に京 都大学、慶應義塾大学などの教員らが出資して設立し、細胞治療・ゲノム創薬・ ティッシュエンジニアリングなどの基礎研究と産業を結ぶ、トランスレーショナ ルリーサーチを通じて再生医療の確立を急ぐ(株)カルディオ、社長は大手メー カーやITベンチャーでの経験を生かす実力派の吉田耕治さん。


 その他、香川大学医学部教授の平島光臣さんらが代表の(株)ガルファーマ、 慶応義塾大学医学部の同級生の医師らが設立した医学部助教授で弁護士の異才、 古川俊治さんが代表の(株)GBS研究所、岐阜大学発で中塚進一さんが代表の 長良サイエンス(株)は、精密分離技術をベースに天然物由来の試薬製造の世界 トップ級のメーカーを目指している、という。


 これは、ほんの一部の紹介にすぎません。大学発バイオベンチャー各社のそれ ぞれに固有の特許や高度な技術があり、志高い起業家、研究者らがタッグを組ん で、未踏の峰を縦走し続けているようです。バイオといってもその顔ぶれは、バ ラエティーに富んでいて、医薬品、診断薬・技術、医療器具、遺伝子治療・診断、 再生医療、食品、研究・治験など多岐にわたっています。賛助会員など当日参加 の企業は、大手で有名なベンチャーキャピタルがこぞって参加するなどざっと4 0社を超えていました。大学発ベンチャーを取り巻く、評価、あるいは解説、経 営コンサルによる分析などが巷間かまびすしいものの、実際に大学に席を置いて、 研究者の立場で起業に参画し、それも高度なバイオ分野での確かなプレーヤーの 集まりは、この協会をおいて他には見当たらない。リアルな現場からの生の声を 心鎮めて聴けば、どれほど危険地帯に身を置いているかが、切実に感じられます。


 その、誉高い大学発バイオベンチャーの担い手は、国際的な先端医療の知的競 争の渦中に身を置きながら特許戦略の指揮をとり、気が遠くなりそうなほどの遅 れの目立つ各種制度に立ち向かって、根気強く改革の提言を行い、すれ違う大学 当局を相手にしては、心砕いて利害の調整に走り、昼間は研究と教育の時間差攻 撃に耐え、学外を出れば資金調達や労務管理に腐心し、あるいは、起業家として のビジネスの先頭に立って販路の拡大、利潤の追求の新たなビジネスモデルの構 築に思索を練る‥それらが日々繰り返えされているようです。


 人と会い、人に語って伝え、部屋にこもってはメールを打ち、原稿を書く。し かも、それらの合間を縫って、論文発表や講演などの学会活動、地域クラスター や公的機関の委員会の役割も少なくない。いやはや、八面六臂の奮闘です。


 いやあ、同協会から、厚生労働省、文部科学省、特許庁・知的財産戦略本部、 財務省・経済産業省その他省庁、また民間の製薬会社や支援機関などへ31項目 に及ぶ提言、要望を提出していました。遺伝子治療や再生医療における治験・審 査のガイドラインがなければ、患者への高度で先端的な治療のメドは立たないし、 不思議な話でもあり、それとこれは上田さんがしきりに懸念を表明しているので すが、全般的に審査する人材が乏しく、あるいは知財の総括する部署にそれらに ふさわしい審査官が不在、再生医療に関わるビジネスモデルのビジネス特許なん かは、それでなくても難しいのに判断できない、という状況が続いているらしい。


 それもここ数年で、前進、改善の成果が目立ってきているようです。しかし、 「知的財産推進計画2004」では、大学当局が特許の代償として株の取得が可 能という動きに対して、森下さんが口癖のように大学発ベンチャーの成功は大学 の成功‐というWINWINの関係は、ひとまず適えられたかのように映ります が、森下さん、この日のパネル討論の席で、知的財産の代わり、特許料の代わり に株の取得が可能でも、上場したら直ぐ売り抜ける‐という考えは、株価を下げ る圧力になりうる‐と指摘し、国有財産をリスクの大きい相場にゆだねてはなら ない、という主張の根拠を例に、「どれをとってもつぎはぎだらけの状態」とい う。


 また、特許審査迅速法が国会を通り、バイオ関係を含めて審査官の増員が約束 されましたが、上田さんの懸念は、その質の問題。大学の知財本部も同様ですが、 技術的な進歩の状況を見定める、特許の目利きは、そうざらにいない‐という。 特に再生医療のフィールドでは、薬剤の使い方、方法特許、あるいは細胞移植の 移植方法などをめぐる医療関連特許の権利拡大は、なかなか理解がされにくい面 が依然としてあるようです。


 パネル討論では、こんな具合の本音トークが展開され、会場との意見交換も活 発でした。知的財産戦略本部事務局長の荒井寿光さん、前日の産学連携学会に引 き続いての登壇でした。バイオがご専門のジャーナリストで日経BP社バイオビ ジネス編集長の橋本宗明さん、アンジェスMG社の知的財産部長の中本浩司さん は、投資家やアナリスト向けの知的財産戦略を示すアンジェスMG社の「知的財 産報告書」を用意しての参加でした。もうひとりは、副会長の上田さん。総合司 会は、森下さんと、同協会幹事で北海道ベンチャーキャピタルの代表取締役社長 の松田一敬さん、森下さんとは高校の同窓という間柄でしょうか、落ちついて無 駄のないお二人の差配は、息が合って見事な進行でした。


 良くあるまずいパターンは、司会者ばかりがマイクを持って、時間が押してい るのに、登壇者があんぐりしている場面に遭遇しますが、そんな神経が苛立つ場 面は、まったくありませんでした。本物のプレーヤーは、初めから締めまで気を 緩めませんでした。


 地元の市長選の渦中を縫って駆けつけた菅直人元民主党代表は、開会の冒頭、 10年ほど前の厚生大臣当時を振り返りながら、「幸い、勢いが増す大学発ベンチ ャー起業の、実質的なエネルギーによって、古い壁が塗り変わってきていること を実感しますし、特に皆様の大学発バイオベンチャーによる、再生医療や遺伝子 治療といった分野の挑戦は、日本の社会にとって、極めて大きな課題と思いま す」とエールを送っていました。短い時間ながら、やはり歴戦の闘士の心に響く スピーチも、一流でした。


 産学官連携の推進、科学技術創造立国といえば、ライフサイエンス議連会長で 前沖縄科学担当大臣の尾身幸次さんが、菅さんと入れ替わるように会場に姿を見 せて、メーンのゲストスピーチ。バイオ花盛りと言って話題になっている割には、 それほどの儲けにはなっていない‐と会場を沸かせ、「技術分野では3−5年前 の新しい技術が当たり前になってきていて、何が飛び出すかわからない、こうい うバイオ分野で活躍するということは楽しいに違いない。が、既存のビジネスの システムを劇変するような、そういうご活躍を皆様に期待したい」と激励してい ました。尾身さんも挨拶の後、急ぎ次の公務へ走られていました。


 呉越同舟というより、党派を超えて産学官連携、大学発ベンチャー創出の重要 性を知悉していらっしゃるのは、なんとも頼もしい限りです。尾身さん、菅さん は同協会の顧問です。


 懇親会では、ジャフコの縣久二常務、堂々としてしっかりしたスピーチを披露 していました。日本アジア投資の佐々木美樹専務からは、大学発ベンチャー企業 の出口戦略の一端を教えられました。エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズは、 10月に合併で社名が長くなってしまい、やや恐縮しながら名刺交換したのは、 児玉俊太郎さん、投資第一グループの若き俊英です。テーブルを囲んで穏やかな 笑みを浮かべていたのが、ナノキャリア(株)の代表取締役社長で薬学博士の中 冨一郎さん、懇親会の挨拶にたった(株)総合医科学研究所の梶本さんと一緒で 同協会の理事職にあります。そばにいたのが丁寧にメールを後日いただいたN. A.Gene取締役の村上卓也さんでした。


 驚きは、この協会の陰の旗振り役で幹事の東京CRO(株)の代表取締役社長 で、上場のLTTバイオファーマの取締役の西山利巳さんの存在感とその人柄。 起業したのが10年前、当時10人からスタートして、現在500人余りの会社 に成長させて、都心の文京区後楽のJR飯田橋駅前に自社ビルを構えるという。 どこか懐かしさを感じさせる風貌、あれっとマジマジのぞき込んでいると、その 昔、サラリーマン新党旗揚げの4人衆のひとりだったそうです。そういえば、う っすら見覚えが‥。


 大学発バイオベンチャー協会は、来年度はNPO法人への移行や会員間のメー リングリストなどによる情報交換なども準備しています。大学発バイオベンチ ャー協会の正会員と賛助会員の問い合わせは、同事務局の東京CRO電話03-386 8-7200(事務担当:江口さん)まで。


 さて、今週末は、日本ベンチャー学会第8回の全国大会が東京・新宿区の早稲 田大学国際会議場で、15、16の両日開催されます。「大学発ベンチャーの光 と影」がテーマです。15日は、総合医科学研究所の梶本さんが基調講演、午後に は、同理事で早稲田大学大学院教授の大江建さんのコーディネートでの起業家教 育セミナーに、米国ボストンから、起業家教育全米NO.1と定評のバブソン大 学の松野研一教授が参加する予定です。是非、再会したい‐と願うのは、僕も含 めて同大学へ訪問し、松野さんにお世話になった多くの人の感想のようです。翌 16日は、同理事の柳孝一さんの総合司会で開幕し、同学会特別顧問の清成忠男さ んがオープニングスピーチ、パネラーには、大学連携推進課長の中西宏典さん、 東京大学教授の松島克守さん、オキシジェニックの高木さん、慶応大学知的資産 センター所長の清水啓助さんら、DNDの常連さんが目白押しなので、新参です から目立たぬようにしているつもりです。大学発バイオベンチャー協会の抱える 課題を仕込んだばかりですから、「光と影」のどんな議論が展開されるか、注目 しています。


 来週は、19日が大阪で第4回日本バイオベンチャー大賞の表彰、20日は北九 州・小倉で、19日から開催の福岡水素エネルギー社会近未来展などへ行きます。 あ〜残念なのは、同じ20日午後、東京の工学院大学新宿キャンパスで開催の日本 開発工学会のシンポジウム。久々に同会長で、東京大学名誉教授の柳田博明さん に挨拶したかった〜。プログラムには、民主党の参議院議員で元東京大学助教授 の藤末健三さんが「米国のイノベーション政策とその日本への応用」と題して講 演されます。政治活動の隙を縫っての講演には、頭がさがります。名簿をのぞく と、新任の理事に、前の会社の上司が、DND連載の安田耕平さんらが名前を連 ねていました。


 東北の仙台ホテルでは19日、東北大学教授でDND連載の原山優子さんから依 頼があって、本日のお知らせに掲載した「フラウンホーファー・シンポジウム」 〜世界をつかむMEMSビジネス〜が開催されます。これも興味深い。


 涼風が吹き抜ける収穫の秋、今年の産学官連携の実りは、豊作の様相です。



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