◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2005/02/09 http://dndi.jp/

電気通信大学の「ベンチャービジネス概論」

DND事務局の出口です。教育は、大変尊い行為と思います。教えるという事 は学ぶ事というのを、なんとなくわかっていたつもりでしたが、あらためて実感 しました。教壇は、教える側の生き方やその人格がものの見事にさらけ出されて しまうから、大変神聖でそれでいて、ちょっと怖い舞台なのかも知れません。


そこは、偉そうにしていて実は何も見えていない保身と嫉妬の冷ややかな大人 の世界とは打って変わり、少し不安気な印象は否めませんけれど、何かとっても 無垢で頼もしい瞳の輝きがありました。そうですよ、いま不安がいっぱいあるか ら将来の可能性があるんです、それでいいんです‐と、学生らの前途を祈らずに はいられません。


冬枯れの静かな佇まいの電気通信大学。正門を抜けて、学生の出入りが忙しい 大学会館を左に見ながら、ゆったりとした気分浸りながら目指す教室は東4号館 241教室。初めての訪問は、これから何が始まるかなって、わくわくしてきま す。


その日は、電子工学科教授の森崎弘さん、そしてビジネス図書館構想のけん引 役でもある共同研究センター客員教授の竹内利明さんらが指導教官として進めて いる「ベンチャービジネス概論」の授業が予定されていました。


その授業のコーディネーター役は、同大学のTLO、(株)キャンパスクリエイ トの代表取締役社長で、いつも野心的ながら柔和で闊達な安田耕平さんでした。 まあ、安田さんの段取りは、結構念入りで、緻密ですから、事前に丁寧な連絡を 受けていましたし、直々のご訪問もいただいて、その授業のコメンテーターを引 き受けることになっていました。教室はほほ満杯で熱心に耳を傾けていて、質問 には積極的に手を挙げてもいました。10分ばかりのコメントに、その学生らか ら拍手が沸いたのには、う〜ん、かなり感動しましたね。躾が行き届いています ね、みんないい子です(笑)。


90分に及ぶ、その授業は、特筆すべき内容でした。電気通信大学の底力を見 た思いでした。「本講義を通じてアントレプレナーシップの育成に力を入れた い」という森崎さんらの狙い通り、電気通信大学卒のベンチャー起業家3組4人 が、国際色豊かにパネルディスカッションに駆けつけていました。


コーシン・チャムノンタイさん。44歳。タイ国の出身で、昭和60年に同大 学を卒業し、日本工業大学で修士、慶応大学で博士取得、現在、タイ国モンクッ ト王工科大学助教授、2年前、安田さんとの出会いから、タイにキャンパスクリ エイトの現地法人、キャンパスタイランドの取締役、そしてベンチャー関連企業 のコンサルなどを手がけています。


「タイ国におけるIT研究及びITベンチャーへのチャンス」と題して紹介し た研究・開発の主なテーマは、ロボットビジョン、音声認識、医学画像処理と幅 広く、開発の例としてフルーツの王様ドリアンやマンゴなどの輸出用の熟度を見 る非破壊検査技術を上げて、農業に携わる人たちが、木に登ってひとつひとつ確 認しなくても懐中電灯のように使いやすくて、安い商品の開発のために、もうひ と踏ん張りですといい、ひとつの国のテクノロジーの問題解決のノウハウがいま 必要でなんです−と語り、学生に対して、海外はみなさんを待っています、仕事 のチャンスがあります、みなさんの力を必要としています‐と訴えていました。


こんな話も紹介していました。アジアの中でGDPはタイより大きいシンガ ポール、コーシンさんは、シンガポールという島には、ゴムの木が一本もないの にそこが、英語圏であり、金融ビジネスの拠点という環境を生かして、何をして いるかというと、ゴムの価格を決定していたんですが、タイ、インドネシア、シ ンガポール3国の会議で1キロの価格が60円から30円に下げられようとした 時、それを回避して120円にした‐という。それにしても彼の望郷の念はほと ばしるようでした。「志」の人です。


続いて、中林寿文さん、30歳。99年電子情報学科卒、携帯電話でのコミュ ニティーサイトのサービスなどを手がけるITベンチャー・サイバーズ(株)の代 表取締役社長です。9歳からマイコンをいじって、慣れ親しんで学生時代からビ ジネスを始め、起業の準備に入っていたようです。それから丸20年、幼い時か ら興味を持続していて、まだまだ夢の途中‥。が、着実にしっかりと、ITバブ ルをくぐり抜けたキャリアが自信となっているようで、紹介した座右の銘は、 「微に入り細を穿(うが)つ」。ビジネスの基本を忠実に踏んでいるようでした。 「夢」を感じました。


そして、ベトナム出身のグェン・ミン・ドゥックさん31歳、ホー・フィ・ クーンさん32歳、やはり電気通信大学の卒です。昨年暮れにホーさんが古河電 工を辞して、(株)VTECMATEを設立し、先月末にグェンさんが東芝をスピ ンオフして参画したばかりでした。事業は、携帯電話、PDA、セットボックス、 ゲーム機、カーナビゲーターなどデジタル電子機器に搭載されるソフトウエアの 開発といい、昨年秋、そのビジネスプランが高く評価されて、第28回「かわさ き起業家オーディションビジネス・アイディア」で優秀賞と日本起業家協会賞を 受賞するほどでした。そして神奈川県川崎市が進めるアジア起業家村に入居し、 昨年暮れから活動を始めていました。


若くして努力し、それぞれ日本を代表する企業のエンジニアのポジションを捨 てて、起業するその動機は‥。グェンさんは、ベルリンの壁崩壊後のベトナムで の、優秀な学生の留学先がロシアから欧米に変わり、その2期生として1992 年、大分県の大分高専に留学してきました。3年後、電気通信大学に編入して卒 業した後は、東京大学大学院に進んでいました。大変な向学心ですね。ホーさん は、グェンさんから遅れて2年後の94年に来日し、電気通信大学の入学は同じ 時期でした。


「1期生は、何人かいました。帰化するような人もいました。しかし、私と ホーさんは、学生時代から日本とベトナムの架け橋になりたいと強く思っていま した。本国に優秀な技術者の仲間が大勢いて、私たちを待っています。なんとし ても成功させたい。成功します」とグェンさん。まあ、流暢な日本語です。


4月までにベトナムに開発拠点の会社を設立し15人体制で動かし、3ケ月ご とに増員し、来年4月は60人を目標としています。2年後の10月には、なん と115人の事業モデルを描いていました。


満を持しての決断でした。しばらくぶりで故郷に帰ったら、知人が始めたベン チャー企業がスタート当初6人だった社員が300人に急成長していました。中 国からインド、そして次は、必ず、ベトナムにチャンスが来ます。もうそこまで 来ています。技術レベルは引けを取りません‐と目を輝かせていました。グェン さん、ホーさんの起業は、「仲間」がキーワードのように感じました。社名のV は、ヴィクトリー、TECHは文字通り、そしてMATEなんですね。素敵な ネーミングです。そんな意味の解説を学生にしたら、授業が終わってすぐグェン さんが、駆けつけてきてくれて、「素晴らしいコメントありがとうございました。 元気がでてきました」と礼をとっていらっしゃいました。姿勢、志向、いやいや 生き方が一流です。


余談ですけれど、大学時代同じESSの英語倶楽部の仲間で、下宿がいっしょ だった菊地文夫さんがJICAのベトナムの所長で赴任し、休暇で帰国していて この1月下旬、私の事務所を訪ねてきていました。その時、安田さんが先に来て いて、ちょうどいいから安田さんを紹介しました。このメルマガも読んでいてく れているようですから、何か、グェンさんらの力になってあげて欲しいと思いま す。


次はベトナム‐という見通しは、グェンさんの読み通りかもしれません。マブ チモーターは2箇所目の生産拠点としてダナン市を選び、3月に工場建設に着手 するようです。ダナンはベトナム中部最大の港湾都市、そのダナンからラオス、タイを横断し、ミャンマーの港までを結ぶ約1500キロの「東西経済回廊」の建設が進み、これが完成すれば、タイの大きな市場への陸路でのアクセスが可能となるようです。それに、シンガポールでデジタル家電向けのソフトウエア開発を手がけるゼンテック・テクノロジー・シンガポールはベトナムの現地法人と組み、ベトナム初の携帯電話生産工場を月内に本格稼動する予定という。さらに、米不動産デベロッパーのマグナムは来年中の開業を目指して大型リゾートホテルの建設に2400万ドルを投資するという‥これらのニュースは、みんなその授業の翌日の2月3日の日経産業新聞でした。


タイのコーシンさんの「志」、ITベンチャーの中林さんの「夢」、そしてグェ ンさんらの起業の動機に見る「仲間」。この3つをコメントの総括として何か珍 しいものでも見つけたような思いで得意気に語っていたかもしれません。


しかし、いまよ〜く、考えてみると、コーディネーターの安田さんの仕掛けで あり、その掌に乗っていただけかもしれないーとハッと気がつく始末でした。 安田さんが、それぞれの発表者に対して、みなさんが一緒に連携して事業を始め ると‐というのは、どうでしょうかと、ニヤリとしながら話を振っていました。 そういうことなんです。


「ベンチャービジネス概論」。昨年10月から毎週水曜日、竹内さんの「今、な ぜ、日本で創業ベンチャーが必要なのか」を皮切りに、経済産業省情報調査課長 の松永明さん、慶応大学教授の榊原清則さん、グローバルベンチャーキャピタル 社長の長谷川博和さんら、全部は書ききれませんが、その業界のトップで人気の ゲストをお招きしていたようです。この求心力は、財産ですね。そういえば、燃 料電池推進室長の安藤晴彦さんもここの客員教授として迎えられていました。ひ と味ちがう重厚で器用な布陣です。キャンパスがクリエイトされてきているよう です。


そして今回は、その締めの講義でした。いい勉強になったのは、この私だった ようです。何もかも新鮮でした。教室をでると、日がとっぷり暮れていましたが、 帰り道、キャンパスのあちこちからは、学生の明るい声が響いてきていました。


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