◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2004/ 7/7 http://dndi.jp/

星に祈りを

DND事務局の出口です。どんな悩みを抱えているのか、その悩みの深さがどの程度なのか、傍から見ているだけでは容易に理解できないから、しっかり、向かいあって、その根っこの奥を覗いて見なくてはなりません。


就職。22歳。4度に及ぶ面接をくぐりぬけて、希望の一歩を踏み出したのに、見る見る痩せ細り、日々、表情が険しくなっていく。繊細で、悪いことに、人一倍、頑張り屋さんだから、深夜遅くまで続く、サービス残業にも愚痴はなかったはずなのに、無遠慮な上司からの、怒鳴り声に身をすくめ、無防備な切り返しが、また導火線に火を点けてしまって、精神的な動揺が、かなり限界にきていて、痛々しい。


そんな様子を目の当たりにして、30年前の自身の入社当時の日常が、悪夢のように、まざまざと蘇ってくるようでしたから、その体験から、「ここは踏ん張りどころ、ここを越えなければ、次のステップに行けない。働くということは、忍耐。会社を辞めて次に移っても、理不尽な上司は必ず付いて回るから、そういう経験を重ねて、その壁を越えていく中でしか、本物は育たないし、それに負けない自分づくり、そのチャンスかもしれない」−と激励しつつ、「もうギリギリ、これ以上は‥という段階になったら、さっぱり、次ぎのこと考えようよ!」と、話してみたものの、「こんなことで弱音を吐いていたら、人生負け犬になるぞ!」というのが本音、でも‥。そこまで言えません。


上司が愚かなことを言い出したら、どう対処すべきか‐「上司は思いつきでものを言う」(橋本治著、集英社新書)は、小生の部下が、そっとデスクの上に置いていった本です。他社の上司の資質については、あれこれ文句はいえても、上司である自分のことは、自分で気がついていない‐という、皮肉なブラックユーモアを意図していたとしたら、わが社の部下の将来は明るい。


しかし、言いえて妙、その題名がふるっています。新聞の書評を引用すると、上司の愚かなことを言い出したら、著者はあからさまに呆れなさいと勧め、その上司にわかるように「えーっ!?」と声を上げろという。先方がむきになって反論しても、聞き流すこと。「論拠」のない相手と論争しても無駄だからと言う。続けて、現実の会社企業は必ずしも「知性」が支配しているわけではない。偉い人の気遣いを第一に生きている人たち。「オレは聞いていない」だけで存在感をしめそうとする輩。体勢順応が身についている面々。こうした人種が少なくないのではないか‐(産経新聞、編集委員、森一夫氏)と解説しています。


まあ、サラリーマン生活20年近く、懸命でもぼんやりでも続けていると、起こりうる理不尽な事態への対処は、後で笑って済ませ、あるいはアフター5の同僚らとの酒の肴になるから、それなりの免疫力は自然と身につくものかもしれません。しかし‥。


何が原因なのか、一体何がどうなるのか、よくわからない。それが、本当の不安である。曖昧な不安とは、そういうものである。そんな不安が、働くということ、それ自体について、リスクとは違う、わけのわからない不確実性を生み出している‐と指摘して、「働く」ことの現代の若年問題をフォーカスした労作、「仕事のなかの曖昧な不安」(玄田有史著、中央公論新社)の、サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞は伊達じゃない。


専攻が労働経済学の学者らしく、題材とした論点は、明確。データも豊富。つまり、構成がしっかりしていて読みやすい。失業問題への課題は、世紀をまたいでもっぱら、大企業に働く中高年のホワイトカラーの問題に終始している‐として、45-54歳の大学卒の完全失業率は実のところ5万人で2000年8月時点の失業者(310万人)の1・6%にすぎない。ただ、時代背景から、終身雇用と信じられていたエリートの失業、エリートの崩壊が社会不安へとつながっている一方、若年の雇用の現状を危惧する声は極めて少ない‐という問題意識を披露し、数字でその裏づけ示しています。初版が2001年12月とありますから、今日的課題をいち早く捉えて、警鐘を鳴らしていたんですね。フリーターや、就職意欲がなく働かない「ニート(無業者)」(Not in Employment,Education or Trainingの略)問題、社会学者の山田昌弘氏の指摘する、学卒後も親と同居して生活条件を依存する未婚者「パラサイト・シングル」を生み出す背景の分析、新規学卒就職者のうち3年以内で会社を辞める割合が、中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割に達するという新卒転職の「7・5・3」の原因については、「就業のミスマッチ」と指摘して、その理由を失業率が高く就職機会が減少傾向に置かれるから、第一志望の会社に就職できないため、「不本意な会社ではちょっとした不満やトラブルでも転職を決意しやすい」といい、懸念材料として、「能力開発」の意欲の喪失を指摘しています。


そうなんですね。あらゆる経験が血肉となり、背骨や足腰を鍛え上げる20代の重要な時期に、職能開発の機会を失うことの問題は、社会の活力への影響やら、ともかく生涯の本人の「キャリア形成」を大きく左右し、若年の就職問題は、一生に関わる問題になる‐と断じています。


周辺に、特に、団塊の世代が、いっせいに定年を迎え、同時にそれらの世代の子弟の第2次ベビーブームの世代が、定職に就きにくい現状からでしょうか、「どこか就職口ない?」との相談をよく受けますが、自立した収入の確保というより、もっぱら「職能開発」のチャンスを見失う現状を憂いているようです。


玄田さんのその本の終章に「十七歳に話をする」は、切々として親が子にかんで含めるような、慈愛あふれるメッセージでした。


その一部〜だから私はみなさんに「つらいことがあっても、頑張って働いてください」とは言いたくない。中略。世の中が、頑張ったところでどうにもならない、頑張ったがどうにもならなかったという想いが大人のなかで次第に強くなっています。若者なら、頑張ってもどうしょうもないことくらい、もっと直感的にわかっているでしょう。なのにどうしてわざわざ「頑張るな」といううのかというと、日本語では「頑張る」以外に人を励ます言葉がないからなんです。中略。夢を持てとか、好きなことを見つけなさいといわれますが、実際には夢を持ったり、好きなことを見つけることが一番大変です。見つからないから苦労するのです。中略。自分だけの、自分のための「戦略」を持とうとして欲しいと思います。その戦略とは、夢や好きなことが見つからなかったとしても、何かのかたちでかならず自分で自分のボスになるんだ、という気持ちをもつことです。信頼できる友だちの輪を広く持っていれば、チャンスは訪 れます‐という。


自分のボスになる‐転職して成功するには、職場や家庭を超えて、相談できる幅広い人間関係が強い武器になる、とエピローグにありました。


七夕。職に迷う、悩む若年のひとりひとりの明日を祈りたい。不安があることをエネルギーにしてほしい。


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