■国家プロジェクトは8件
「正確にいうと大学発ベンチャーではないですがね」と森社長は苦笑いする。同氏がメビオールを設立したのが1995年。それまでは、東レの基礎研究所で人工血管などの医療デバイスの開発に携わった後、テルモを経て、米国W.R.グレースの日本中央研究所設立に奔走した経緯をもつ。その後、「これからの時代、大企業もベンチャーもリスクは同じ」と起業に踏み切った。同時に、早稲田大学の客員教授に就任する。「当時はまだベンチャーに対する信用も低かった。技術をアピールするには大学というバックボーンがあった方が有利」と考えたからだ。
メビオール設立から手がけた国家プロジェクトは8件に上る。大学教授という看板があればこそ、これらの受託研究開発を行うことができた。「この官学プロジェクトの運営が、当社にとっては非常に重要であった。研究費の負担軽減と技術の蓄積が行えた。エンゼル(個人投資家団体)が少ない日本では、その代わりになる仕組みになる」と森社長はいう。実際、メビオールはこれにより、国内特許28件、外国特許20件という技術成果を得ている。
そのメビオールの技術基盤となるのがハイドロゲルだ。ハイドロゲルは、水を多量に吸い取る親水性ポリマーで、赤ちゃん用の紙おむつなどに利用されている。ただ、同社の技術は、従来のハイドロゲルとは逆で、低温のときには液状(ゾル)であり、温度を上げるとすぐにゲル化する特性をもつ。しかも、ゾルからゲルに変わるときの温度を、分子設計により自在に設定することが可能だ。
バイオメディカル向けには、すでに「メビオールジェル」の商品名で、まず細胞や組織の培養用試薬として販売を開始した。例えば、10度Cのゾル上の「メビオールジェル」の中に細胞を入れ、温度を37度Cに上げてゲル状に変えて立体培養する。温度を下げれば、再びゾル化するので回収が手早くできる。培養後の細胞や組織を酵素処理せずに回収できるので、無用のストレスをかけずに、試料へのダメージを最小限に抑えられる。科学機器大手の池田理化に委託販売し、「150ヵ所以上の研究機関で使用されており、売り上げも伸びている」と森社長も手応えを感じている。
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■ 再生医療用デバイスとして期待
▲「メビオールジェル」は低温のときには液状であり、温度を上げるとゲル化する
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さらに、細胞アッセイシステムとしての用途開発も進められている。細胞がある特定の物質によって引き寄せられるという走化性を利用して、がんやアレルギー疾患の臨床検査装置を開発しているほか、ゲノム解析用のDNA回収用電気泳動システムの研究も進行中だ。ともに、大手企業や大学医学部との共同研究体制を築き、実用化まであと一歩。2007年には、研究試薬と細胞アッセイ分野だけで5億円規模まで売り上げが伸びる予想だ。
再生医療用デバイスとしては、さらに大きな市場が見込める。外科手術の止血材への利用が期待され始めたからだ。PTCA(冠動脈形成手術)を行う場合、カテーテルの挿入部位からの出血を止めるために、「メビオールジェル」を突刺部位に注入して、ゲル化する。止血後、温度を下げれば除去も容易にできる。「これには、国内大手のカテーテルメーカーが複数社強い関心を示している」と森社長は胸をはる。
また、コラーゲン、ヒアルロン酸などをシート状に成型した従来の癒着防止材の代用としても注目されてきた。低温で傷口の表面に「メビオールジェル」を塗布すると、すぐにゲル化するため取扱いが簡単。そして、損傷組織が再生するときの線維芽細胞の増殖を抑制する働きもあり、癒着防止効果を高めているという。止血材と癒着防止材は、ともに2004〜2005年に臨床試験を行う予定。このほか、がん治療向けの血管塞栓剤、血管や骨、肝臓の再生用マトリックスとしての研究も進んでおり、「再生医療用デバイスとしての潜在市場は非常に大きい。この分野で2009年には23億円の売り上げをねらう」(森社長)としている。 |
■無農薬栽培の新たな手法
▲販売を始めた「メビオールジェル」
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医療だけではない。研究の対象は環境、農業分野にもおよぶ。従来の水耕栽培の場合には、植物の根は常時、養液に浸かっているのに対して、ハイドロゲルから成る特殊なフィルムを介して、根が養液と接する新しい栽培法を開発中である。菌の感染防止、水分制御などができるため、安全で高品質の野菜や果実の収穫が可能となる。同社では、無農薬栽培の新たな手法として事業化する計画だ。
長年、民間企業の第一線で活躍し、大学内に入った森社長にとって、「大学は、同じ専門講座の中の人間関係が強すぎて、外部との交流が疎かになりがち」と映る。「産学の異分野の複合的な効果を発揮すれば、ビジネスチャンスにつながるはず」と、幅広い人脈ネットワークを生かし、大学で生み出された技術を、自ら設立したベンチャーを通して市場に結びつけるために意欲をみせる。
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