このコーナーでは、大学の研究シーズを基盤とし
てビジネスで成功された企業を紹介いたします。


細胞走化性測定装置で抗がん剤開発めざす

--- 第6回・株式会社 エフェクター細胞研究所 ---

 株式会社エフェクター細胞研究所は、東京大学医学部名誉教授の金ヶ崎史朗氏が自身の研究成果をもとに立ち上げた大学発ベンチャーだ。「走化性」と呼ばれる、細胞がある特定の物質やタンパク質などによって引き寄せられる現象を応用した抗がん剤や抗アレルギー剤の開発をめざしている。証券会社出身の鈴木幹雄副社長の陣頭指揮で事業計画を見直し、日立製作所グループとの提携による検査受託ビジネスもスタートしたことで、上場に向け加速度がつき始めた。


『マイクロKKチャンバー』は世界のグローバルスタンダードになりうる技術」と鈴木副社長

■10近くのプロジェクト

 白血球の一種である好酸球や好中球などの免疫細胞は、炎症を起こした部位に集まって、体内に侵入してきた異物を攻撃するという特性をもつ。この免疫細胞を炎症部位に集める仕組みを成立させているのが細胞の走化性だ。金ヶ崎氏は、免疫細胞を炎症部位に誘導する働きをもつ走化性因子「エカレクチン」を発見し、この機能がさまざまな疾患の治療に応用できると思い立った。例えば、この走化性因子を修飾して、がん細胞の周囲に集めることができれば、がん細胞だけを攻撃する新薬がつくれるはずだ。  エフェクター細胞研究所は、この新しい治療法を確立するため、1999年に設立された。しかし、薬剤の開発までには数十億円規模の投資と長い期間を必要とする。ベンチャーキャピタルなどから5億円弱を調達したが、経営は間もなく先が見えなくなった。こうしたなか、経営コンサルタントを営んでいた鈴木幹雄氏が請われて役員となり、昨年から事業モデルの再構築に乗り出した。  まず手をつけたのが資本構成。ベンチャーキャピタルからの出資があわせると9割にも達しており、これを3割まで引き下げる考えだ。電機メーカーや製薬会社などの事業系株主を増やすことで、経営の安定化を急ぐ。副社長として経営に辣腕を奮う鈴木氏は、「大学発ベンチャーに重要なのは、安定株主と経営権の確保」と言い切る。  幸い研究開発は順調に進んでいる。走化性に焦点を当てた技術やノウハウ、特許を蓄積していくことで、「がんやアレルギーの新薬開発をはじめとして、進行中または開始予定のプロジェクトは10近くある」と鈴木副社長はいう。「事業として成り立ちそうな案件は、なるべく手がけていく。絞り込んでいたのでは、せっかくの可能性の芽を摘むことになりかねない」と大きく構えて早期の上場をねらう方針だ。

■ 日立と探索受託サービス


▲「マイクロKKチャンバー」を組み込んだ自動化システムもほぼ完成
 まず売り上げの柱となるのは、細胞の走化性をリアルタイムで解析できる装置「マイクロKKチャンバー」。幅が数マイクロ(1マイクロは100万分の1)メートルの溝を多数もつ専用のマイクロチップに、検査対象の細胞と走化性因子を載せて、内蔵のCCDカメラでモニターする仕組みだ。細胞が形を変えながら微細な溝を通過して移動すれば、走化性があるということになる。金ヶ崎社長と、独立行政法人である食品総合研究所の菊池佑二氏が共同で開発した。血液細胞が細い格子状の隙間をくぐり抜けていく様子を観察して、血液の流動性、いわゆるサラサラ度を調べる血液レオロジー計測装置からヒントを得たという。

 すでに、ターゲットとなる細胞や走化性因子をロボットで注入して、細胞の動きをCCDカメラで撮影する自動化システムも、ほぼ完成している。コンピューターによる画像処理を行い、移動した細胞を自動計数できる。一滴に満たない血液など超微量のサンプルにも対応し、1台で年間5万件の分析、探索が行える。鈴木副社長も「この装置が大きな収益を生み出す」と期待を膨らませる。

 昨年9月には日立製作所、日立ハイテクノロジーと提携して、「マイクロKKチャンバー」を使って、細胞の走化性の解析と、走化性を阻害する物質の探索を受託するサービスを開始した。日立が科学機器で培った販路を活用して、国内外でのサービスの窓口となって受注活動を行う。タンパク質や化合物の走化性が簡単に試験できるようになったことで、アトピー性皮膚炎、アレルギー、リウマチ向けの薬や、抗がん剤、がん転移阻害剤の候補となる物質の発見が期待でき、製薬会社や各研究機関からも注目されている。

 さらに、「将来的には、がん転移の検診にも使えるのでは」と鈴木副社長はいう。最近になって、がんの転移には走化性因子が関与していることが次第に明らかになってきている。手術でがん細胞に侵された部位を切除しても、何年かは定期的に転移していないかを検査をする必要がある。「マイクロKKチャンバー」で術後に細胞の走化性検査を行うことで、がん転移の有無をチェックできる可能性もでてきた。

■ がん転移抑制剤の開発も

 がん転移に関しては、昨年4月から東京大学先端技術研究センターと「癌細胞転移診断確立インキュベーションプロジェクト」を進めている。エフェクター細胞研究所が「マイクロKKチャンバー」と検査ノウハウを提供し、先端技術研究センターの特任教授である江里口正純氏が中心となり、がん転移抑制剤の開発をめざした研究を行っている。細胞の走化性を制御できれば、がん転移を抑えることもできる。新薬開発のメドが立ち次第、新たなベンチャー企業を創立し、がん転移診断、がん転移抑制剤の開発で事業化を図る予定だ。
 「『マイクロKKチャンバー』は世界のグローバルスタンダードになりうる技術」と鈴木副社長は自信を深める。今夏には簡易型の装置の販売を計画しているほか、この装置を活用した創薬事業で大手製薬会社との提携も検討している。これらで弾みをつけて、「2003年内には株式公開の道筋をつける」と意気込んでいる。

株式会社エフェクター細胞研究所 http://www.effectorcell.co.jp

◇本社:〒153-0041 東京都目黒区駒場1-33-8 3F
◇設 立:1999年6月1日
◇代表取締役社長:金ヶ崎 史朗
◇資本金:3億1095万円
◇従業員:15人
◇事 業:(1)バイオテクノロジーの研究開発(抗癌剤、抗アレルギー剤)
     (2)バイオテクノロジーに関する特許権、実用新案件等無体財産権の取得、保有、運用、賃貸借並びに管理
     (3)医薬品、医薬部外品及び医療用機器の販売