このコーナーでは、大学の研究シーズを基盤とし
てビジネスで成功された企業を紹介いたします。


ノックアウトマウスの世界最大の供給元に

--- 第2回・株式会社トランスジェニック ---


 3000社以上のバイオベンチャー企業が競い合うという米国には及ばないものの、日本でも大学のもつ技術シーズの事業化に成功したバイオベンチャーが生まれつつある。その先駆者として、投資家からも注目されるのがトランスジェニック(社長・井出剛氏、熊本市)だ。「米国並みに株式公開ができるような大学発ベンチャーが次々と生まれなくては、日本はハイテク分野で生き残れない」とする井出社長にとって、トランスジェニックは産学連携の道筋をつけるための挑戦でもある。近々に株式公開し、遺伝子ビジネスで世界市場をねらう。

熊本大学と共同研究

 トランスジェニックは、熊本県の産学官連携事業をベースに、大学発ベンチャーとして98年設立された。井出社長は、大学で東南アジア現代政治史を専攻した文科系であったが、父親が経営する医薬品の検査請負会社に就職し、その縁で、生物学の研究で実績のある熊本大学と強いパイプをもつことになる。父親の会社を辞めたことを機に、バイオビジネスでの起業を決めた。「熊本大学は、遺伝子など医学分野の基礎研究では先端を走る」という井出社長には、同大学の技術資源を活用することで、新しい事業を展開できるという確信があった。

 そこで、まず着目したのが、大学の研究室の冷蔵庫内で放りっぱなしになっていた膨大なタンパク質だ。これから特異な機能をもつ抗体をつくる。熊本大学医学部の堀内正公教授と共同研究した生体の老化を診断する「抗体」のバイオ試薬は、予想外の売り上げを達成した。また、北海道大学などと開発した「環境ホルモン測定試薬」は、環境ホルモンが問題視される風潮の中で注目され、ヒット商品となった。

 さらに、各地域の大学を訪れては、冷蔵庫を覗いて、使えそうなタンパク質をもらい、有益な抗体を見つけ出していった。開発した抗体は研究者に提供すると同時に、バイオ試薬として販売し、売り上げも還元した。次第に、「おもしろいようにタンパク質が集まってきた」という。こうして50品目以上の抗体を試薬として、次々と商品化した。これらの抗体が、創業間もないトランスジェニックの経営を支えた

10分の1の費用・30倍の効率

ノックアウトマウス 抗体事業で経営の基礎を固めたトランスジェニックの次のターゲットがノックアウトマウス(遺伝子破壊マウス)だ。熊本大学発生医学研究センターの山村研一教授が考案した「可変型遺伝子トラップ法」を活用することで、従来の10分の1の費用・最大30倍の効率で、このマウスを作製できる技術を開発した。遺伝子機能解析には3万6000のヒト遺伝子に準じた種類のノックアウトマウスが必要とされる。安く大量に生産できれば、確実にビジネスにつながる。

 さらに、住友化学工業、山之内製薬と、ノックアウトマウス1000種類の遺伝子データを開示する契約を結んだ。ノックアウトマウスを用いて、特定の遺伝子が破壊されることによる変化を解析し、遺伝子の機能に関する情報を両社に提供する。これにより、資金調達とともにノックアウトマウスの世界最大の供給元となる戦略にメドがついた。井出社長は、「個々の遺伝子がどのような機能をもっているかという、この分野の情報や遺伝子に関する特許を、世界で一番保有する企業になる」と宣言する。

行政がバックアップ

 バイオベンチャーの成功には成長初期段階での資金調達がカギを握る。立ち上がりをうまく乗り切った同社について、「行政が全面バックアップしてくれた」と井出社長は熊本という地の利を強調する。投資、融資、施設・設備などのインフラ提供、研究補助といった支援策を受けられたのも、米国の壮大なゲノム研究プロジェクトに危機感をもっていた熊本大学の医学研究者、地元のベンチャー育成に情熱をかける熊本県庁の担当者らが、同社を強力に後押ししたためだ。

 もともと、日本最古の大学発ベンチャーは熊本で生まれたらしい。大正15年、熊本大学医学部の前身となる熊本県立医科大学の財務危機を救うために、当時の山崎学長がポケットマネーで財団をつくったのが始まりとされる。この財団で、血清、細菌ワクチン、痘苗などを製造、販売し、その収益のおかげで大学の閉鎖が免れた。「その『山崎イズム』を継承するような心意気が、熊本にはある」と井出社長はいう。

大学主体で街づくり

 「これからの日本には、『大学が主体となって街をつくる』ような環境整備が必要だ」と井出社長は、産学官連携について主張する。確かに日本の大学の組織には、社会や産業界に貢献する姿勢がみられない。「新しい産業の育成に、大学が自主的に関わり、大学発ベンチャーの"出産ラッシュ"という構造をつくらなければ、その存在価値がない」と訴える。

 今春、米国の地方大学であるノースカロライナ大学のバイオビジネスの成功例を視察して、「大学はベンチャーの母」であることを、井出社長は改めて感じたという。大学発ベンチャーの成功が、地域での雇用を生み、出資元にはキャピタルゲイン、行政には新たな税収をもたらす。地域のクラスターが、「胎児を育む母胎のように、ベンチャー企業をインキュベートすれば、産業の活性化が図れる」と語る。

 バイオベンチャーの経営には初期で10億円程度、事業を軌道に乗せるには、8年の期間と50億円程度が必要とされるが、井出社長は、「技術と事業計画がキチンとしていれば、資金調達は可能」と断言する。商工中金、東京海上火災保険、電源開発、新規事業投資などそうそうたる機関投資家からの出資を受け、さらに近々の上場で大きな資金を市場から調達する。また、井出社長はこのほど、「新事業挑戦者」として小泉総理大臣から表彰された。大学発ベンチャーの先例として、トランスジェニックが遺伝子ビジネスの世界的企業になる日も遠くなさそうだ。

株式会社トランスジェニック http://www.transgenic.co.jp/

◇所在地:〒860-0802 熊本県熊本市中央街2-11サンニッセイビル4階
◇設 立:1998年4月
◇社 長:井出 剛
◇資本金:13億2,500万円
◇売上高:1億 9,371万円(平成13年度実績)
◇従業員:61人(2002年 9月 1日 現在)
◇事 業:(1)特異抗体(バイオ試薬)の開発・製造・販売
      (2)遺伝子破壊マウスの開発
      (3)遺伝子機能解析データの特許化・販売