遺伝子治療薬で世界に挑戦
--- 第1回・アンジェスエムジー株式会社 ---
大学発ベンチャー(VB)の株式上場第1号が9月25日、東証マザーズに誕生した。遺伝子を利用した治療薬を開発する大阪生まれの大学発VB、アンジェスエムジー(代表取締役CEO・山田英氏、大阪府豊中市)だ。バイオテクノロジーの中核とされるゲノム(全遺伝情報)創薬分野での上場は、既存の民間企業も含め国内初の快挙だ。上場を機に最先端医療分野で世界市場に挑戦する。
アンジェスMGは1999年12月、大阪大学の森下竜一助教授(現取締役)ら数人の研究者により大阪・豊中市のマンションの一室で産声を上げた。「大学での研究成果を社会で役立てるためには、製薬企業を通じてでないと難しい。ところが、(事業リスクの高い)先進医療分野ではそれをやってくれるところがなく自前でやろうと考えた」と、森下氏はバイオVBを立ち上げた理由を説明する。
90年代前半に米国のスタンフォード大学に留学していた森下氏は、大学教授がごく当たり前に起業するベンチャー精神あふれる自由闊達な環境に触発されていた。日本の大学の社会的な存在感の薄さにも気付いた。
帰国後、動脈硬化の研究をしていた時に「肝細胞増殖因子(HGF)」という遺伝子に血管を新たに作り出す性質があることを見つけると、すぐにHGFを使った治療法の特許を申請した。これが事業化への試金石となった。しかし、自らビジネスに乗り出すことにはこだわらない。研究成果が世の中の役に立つならば、事業化は他人の手に委ねてもかまわなかった。大学での研究を通じて重度の虚血性心疾患に苦しむ患者に接するうちに「早く何とかしたい」という思いにかられていたからだ。
HGFは、大阪大学の中村敏一教授ら日本の研究者が80年代後半に発見した、日本由来の遺伝子である。森下氏は、この遺伝子に血管を新たに作り出す性質があることを見つけた。動脈硬化によって詰まった血管にHGFを投与すると、新たに血管が作り出され血の流れを回復させることができる。
この画期的な治療方法の特許をまず米国で申請、取得した。多くの動脈硬化の患者を抱えている米国は市場性が高いと踏んだからだ。その後、森下助教授はHGF遺伝子自体の特許を持つ三菱東京製薬(現三菱ウェルファーマ)の冨沢龍一社長(当時)と直談判、富沢社長は森下氏の熱意に打たれてその特許の使用を承諾した。
HGF遺伝子とこれを用いた治療法の二つの特許を両方押さえたことで、第三者が入り込む余地がなくなり、全世界で独占的に事業展開できる礎を築いた。山田社長は「森下先生の高邁な精神と先見性のあるビジネスマインドがこのVBを生んだ」と語る
一方、事業化のパートナーについては国内の大手医薬品メーカーを中心に行脚し、その志に賛同した第一製薬の森田清社長と意気投合。第一製薬では、動脈硬化や心筋梗塞などに対する有効な治療法がバイオVBによって確立されれば、いずれ大きなメリットがあると踏み、2001年1月にアンジェスMGと業務提携し共同戦線を張った。これで数百億円以上かかるという膨大な治療薬開発費のめどがついた。
大学発VBの成功のポイントについて、「ベンチャーに向いた経営のプロといかに手を組めるかがカギ。いくら技術的に優れていても研究者が経営を切り盛りするのは難しい」と森下氏は語る。創業メンバーだが経営トップに就かず、取締役にとどまっているのはこのためだ。
9月3日には村山正憲前社長が代表取締役CFO(最高財務責任者)となり、山田新社長とともに「二人代表取締役制」を敷いた。株式上場段階で中心となった金融畑出身の村山氏は、上場後財務に専念。医薬品メーカー出身で事業内容を熟知する山田社長は、今後の事業展開の中心となる。森下氏は研究開発を受け持つ。財務、事業、研究とそれぞれの得意分野を生かす体制を作った。山田社長は「プロジェクトを成功させるためには勝つためのチーム作りが必要だ」と力説する。
また、こうしたチーム作りや提携先との人脈は森下氏を中心に築かれた点も見逃せない。森下氏は「万人を味方につけるキャラクター」(山田社長)を持つ。七福神のような風貌で口説かれると、誰も「NO」と言えなくなる。
アンジェスMGが現在重点的に進めているのは、HGFを活用し血管を再生させる薬の開発である。HGFには血管再生作用があり、足が壊死(えし)して切断を余儀なくされている重度の糖尿病患者を注射によって治療することができる画期的な治療薬だ。阪大での基礎研究をベースにしたもので、医学界、製薬企業が注目する最先端の遺伝子治療法である。
アンジェスMGでは早期の商品化に向け臨床試験を急ぐ。安全性が高いという特徴もあり、世界中に売り込むことができる。全世界で10兆円といわれる血管再生薬市場に日本企業として初めて乗り出す。山田社長は「この新薬は年商1,000億円規模の大型商品になる可能性が十分にある。2005年までに国内で、5〜6年後には欧米で上市(発売)したい」と抱負を語る。 HGFに続いて、慢性間接リューマチなどに効果がある人工DNA(デオキシリボ核酸)「NFkBデコオリゴ」を用いた治療薬など第ニ弾、第三弾のビジネスシーズの育成にも余念がない。アンジェスMGは、遺伝子治療薬分野で次々と独創的なシーズを開発し、全世界で新たなビジネス領域の開拓をめざす。
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