年間特集 大学発ベンチャーとIPO
大学発ベンチャーのための資本政策(2)
 〜実践編〜

  
 経済産業省は4月25日に2004年度末の大学発ベンチャー数は1,099社となったと発表した(平成16年度大学発ベンチャーに関する基礎調査)。同省の「大学発ベンチャー1,000社計画」が達成されたことになる。このうち、IPO(株式公開)を果たした企業は12社にすぎないものの、予定・希望している企業は180社以上にものぼるという。
 前回の年間特集「大学発ベンチャーとIPO」では、資本政策(*1)の意義と基本的な考え方をご説明した。今回はその続編として、実際にIPO(株式公開)を果たした12の大学発ベンチャーから3社を選んで資本政策を分析し、その特徴や株式市場からの評価について考えてみた。

(1) 3社の資本政策例
 今回分析した大学発ベンチャーは総合医科学研究所(東証マザーズ、証券コード2385)、DNAチップ研究所(東証マザーズ、2397)、エフェクター細胞研究所(名証セントレックス・4567)の3社。それぞれの事業は、バイオマーカー、DNAチップ開発、細胞動態の制御による医薬品開発であり、3社ともバイオ産業に属する。

 こうした共通点を持ちながらも、3社は全く異なった資本政策を持って、IPOした。3社の創業初期、中期、IPO直前(潜在株(*2)を含む場合)について、株主の属性別に持株比率の推移をグラフで表すと下記のようになる(一部当社推定が含まれる)。

 総合医科学研究所は、設立時より創業経営者である経営陣の持株比率が高く、途中、他の株主が加わってきても、株式公開直前まで経営陣の持株比率は90%以上を維持した。
 DNAチップ研究所は、創業経営者とその志に賛同する個人の社外協力者を中心に設立されたが、その後事業取引先(提携先)企業が積極的に資金を提供したため、事業会社の持株比率が過半を占め、その子会社としてIPOを果たした。
 エフェクター細胞研究所は、設立から3期の間にベンチャーキャピタル(VC)から大量の資金調達を行ない、VCの持株比率が過半を占めていた時期があったとみられるが、その後個人投資家を中心とした株主へ株式の移動が行なわれ、IPO直前には個人投資家が4割近くを保有し、次いでVCや社外協力者を含む取引先の比率も高い株主構成形となっていた。
  (2) オーナー経営陣の持株比率にこだわった「総合医科学研究所」
 まず、総合医科学研究所について、さらに詳細に検討してみよう。
 同社は、94年に設立された有限会社の組織変更を行ない、2001年に株式会社化した。この時点では、経営陣(創業経営者と創業者一族を含む)が発行済株式の100%を保有している。第1期中に行なわれた増資、株式移動も大半が経営陣によるもので、経営陣の持株比率はほとんど低下していない。

 第2期には、VCや外部協力者など創業経営者以外が株主として登場する。ただし、経営陣は引き続き増資時に株式を取得、持株比率の低下を極力抑制し、90%台を維持している。また、外部協力者に比べVCの持株比率は小さく、VCを、資金調達先というより、IPO後に市場で株式を売却する投資家、いわば「市場での流動性を提供する株主の確保」という位置づけでとらえていた可能性が高い。また、2回の株式分割も目を引く。事業が軌道にのったために上昇した株価を引き下げて新株主の株式購入を容易にするほか、発行済株式数を増加させてIPO後の株式の流動性を確保する、経営陣など分割前からの株主の持株比率を低下させにくくする、などの効果もみられる。また、新株予約権(*3)を付与し、経営陣の経営権をさらに確保しているほか、従業員のインセンティブにも気を配っている。

 第3期はIPO期となる。ここでは、各株主に思い切った新株予約権を付与し、それぞれのインセンティブとしている。また、株式分割をさらに行い、IPOを睨んで株式の流動性確保を進めたとみられる。IPO時には4,000株の公募(*4)により26億円の資金調達を行なったほか、経営陣が中心となった売出し(*5)9,900株も行なわれ、経営陣はこれまでのリスクテイクについて創業者利潤を十分に獲得する形となった。

(3) 事業会社との連携強化をすすめた「DNAチップ研究所」
 DNAチップ研究所の資本政策は、第3期目に大きく変化を遂げていることが特徴ということができる。

 設立時には、経営陣と設立の趣旨に賛同した研究者個人などが株主となっている。経営陣の持株比率は10%以下と低水準であったとみられ、「志を同じくする個人の集団」というようなイメージといえよう。

 大きく資本政策が変化するのは、第1期に始まった取引先(提携先)からの出資が、第3期にかけて大きく増加した頃とみることができる。なかでも、日立ソフトウエアエンジニアリングは積極的に増資に応じたり他の株主からの株式移動を受けるなどして、保有株式を第1期の200株から第3期末には3,460株へと増加させ、発行済株式の55%を占め、親会社となった。DNAチップ研究所は、第3期に計約4.5億円の資金調達を行なっていることから、こうした巨額の資金提供が可能で、さらに事業面でもアライアンスを組むことができる相手として、日立ソフトのような大企業は大変に魅力的であったことがうかがわれる。実際、日立ソフトとの関係が密になる第3期から第4期には、DNAチップ研究所の売上高は10億円超、営業利益は1億円へと急成長し、資金と事業両面からのアライアンス効果があらわれている。日立ソフトにとっても、同社への投資は、バイオという成長市場の開拓に加え、IPO時のキャピタルゲインなど、魅力ある事業であったと考えられる。  

 IPO時には、1,000株の公募増資により約6.8億円の資金調達を行い、3,000株の売出し人は日立ソフトのみとなっている。(2005年3月現在、日立ソフトによる持株比率は20%に低下、同社は子会社ではなく関連会社となっている)
(4) VC比率が大きく変化した「エフェクター細胞研究所」
 エフェクター細胞研究所については、IPO時に開示される資料(目論見書*6)だけでは、資本政策の全貌をつかむことが難しい。目論見書では、増資、株式移動の情報について、IPO直前2期間が開示されるが、同社は設立から6期目にIPOしており、創業初期の情報が開示されていないためだ。そこで、開示されたデータのみをもとに、おおまかな株主の持株数の増減を推定すると、下記のようになる。

 この数値をみると、第1期から第3期までに、VCによる大量の資金調達があったことがうかがわれる。株数ベースでみると、増資のほぼ7割をVCが引受けている。研究開発投資が先行し、大量の資金が必要であったためと考えられる。これに対し、経営陣の持株比率は株数ベースで10%以下と非常に低かったとみられ、これを補って経営権を確保するため、経営陣に新株引受権(潜在株)の付与が行なわれた。ただ、その規模は、発行済株式数に比べ小さく、引受権を全て行使しても、最大で発行済株式数+潜在株合計の20%強程度にとどまる数値であったと推定される。

 第4期には、取引先が株主として登場するが、DNAチップ研究所のケースのような特定の強力なアライアンス先ではなく、複数企業が分散した形で株式保有する形となっている。また、経営陣の持株比率は低下を続けたため、あらたに経営陣に引受権等が付与され、理屈上は40%程度までの持株比率の上昇が可能となっていたようだが、この新株引受の権利行使には数億円単位の資金が必要であり、実現は困難な状況であったとみられる。

 このほか、VC保有の株式が大量に取引先や個人株主に譲渡されていることも目を引く。VC比率が高すぎる場合、IPO後の株式売却により株式需給が崩れやすいことから、IPO準備の一環として、その比率低下を進めたものとみられる。

 第5期には、経営陣も参加した増資が行なわれたが、経営陣の持株比率は10%以下と低く、個人株主4割、VC3割、残りを取引先が保有する資本構成で、IPOを迎える。10,000株の公募により約38億円を調達した一方、売出し9,500株の内訳は経営陣3,000株、VC6,500株で、経営陣の持株比率は一段と低下する状況となった。
(5) 株式市場の視点
 3社について、株式市場が資本政策をどのように判断したかを、経営陣の意欲、株主構成、過去の資金調達、IPO時の資金調達、株式需給、の5つの観点からまとめると、下記の表のようになる。

 まず、経営陣の事業推進意欲は、その持株比率から判断される。スピーディな意思決定が重要なベンチャー企業の場合、経営陣の持株比率はIPO以前はできれば高水準であることが望ましい。また、経営陣の持株比率が高い(潜在株→顕在株への転換も含む)は、経営者が事業のリスクテイクを行なっていることも示す。また、IPO時の経営陣による保有株式の売出しは、過去のリスクテイクに見合った創業者利潤であるかどうかにも関心が集まろう。

 次に、株主構成では、事業推進を強化する株主、取引先やアライアンス先との関係と、IPO後に株式を売却するVCについて注目されることが多い。ベンチャー企業、特に大学発ベンチャーの場合、高度な技術を保有する一方で、マーケティングや営業の資源が不足していることも多い。この点を相互補完できる取引先、アライアンス先と、資本関係を持っていれば、さらに協力関係は密接となり、企業成長も加速する可能性が高く、評価される。VC比率については、適当な比率であれば、IPO後に市場に放出される株式が増加して株式の流動性が高まる一方、特に高い場合は株式の「売り圧力」として、マイナスの評価となる場合がある。

 また、過去の資金調達実績からは資本効率が評価され、IPO時の資金調達金額の評価に反映されるほか、時価総額に対して適正規模の資金調達であるかどうかの評価につながっていく。

 最後に、株式需給として、VC比率、浮動株比率(公募・売出し株式数が発行済株式数に占める比率)、潜在株比率など、株式市場での売り圧力となる要因がどのような状況であるかが判断されることが多い。

こうした株式市場の判断を総合的に示すものは、やはり株価と時価総額ということができる。3社について、IPO時の時価総額とその後の推移をみると、上記の表のようになる。

 資本政策は、企業、業態、歴史等により、各社様々であり、1つの企業であっても、経営方針によって何通りもの考え方が存在する。ただし、経営者がどのような意識を持って事業推進を行い、資金調達を行っているかを、非常に明快に映し出す。いわば、経営者からの投資家、株式市場に対する重要なメッセージということができる。その影響の大きさと、修正の難しさを考えると、経営の重要課題のひとつとして、未公開企業の段階から常に意識を向けておく必要があると考えられる。
 
用語解説
(*1)資本政策:中期的な事業計画に基づく資金調達のうち、株式の発行など資本面に関連する計画。@事業拡大に伴う設備資金等の調達A安定株主対策を含めた株主構成BIPO後の事業承継対策などが重要なポイント。
(*2)潜在株:普通株式を取得することができる権利や転換請求権等が付された証券または契約で、新株予約権、転換社債型新株予約権付社債、転換予約権付株式などが該当する。潜在株の比率が高い場合、1株当りの価値が希薄化したり、株式需給が悪化するリスクが想定され、株価のマイナス要因となることもあるため、IPO時には適正な水準まで低下させることが望ましいとされる。
(*3)新株予約権:あらかじめ決められた条件である株式を取得できる権利を付与する制度。社内外関係者へのインセンティブ、ストックオプション、資金調達、経営権確保、株主構成整備、資金調達など、各種の目的で活用される。
(*4)公募:広く一般に株主を募集する新株式の発行形態。IPOの際には売出しと同時に行なわれることが多く、企業の資金調達に役立つ。
(*5)売出し:多数の者に対し、均一の条件で、既存株主の保有株を売却すること。IPOの際には公募と同時に行なわれることが多く、創業者利潤の実現などが可能となる。
(*6)目論見書:有価証券の公募や売出しの際、投資家に投資判断の基となる情報を提供するために、証券取引法第13条に基づいて記載・交付する書類。主な記載内容は発行会社の事業の内容や経理の状況、調達資金の使途や募集または売出しの対象となる有価証券に関する情報。IPOの際にも必要。
(参考サイト)
IPO関連用語集
http://dndi.jp/cooperation/trif.co.jp/approach/yougo.html