年間特集 大学発ベンチャーとIPO
大学発ベンチャーのための資本政策(1)
 〜入門編〜

  
 2005年の株式市場をめぐる大きな話題のひとつに「会社の経営権」をあげることができる。2月に始まったライブドアとフジテレビによるニッポン放送のM&A(買収・合併)はいうに及ばず、買収対象となった場合に備えた既存株主への新株予約権発行決議(2005年3月、ニレコ)、親子会社の時価総額逆転を解消するという目的を併せ持つ持株会社設立発表(2005年4月、イトーヨーカ堂グループ)などは、企業が経営権について真剣に考え始めていることをうかがわせる。年間特集「大学発ベンチャーとIPO」の第5回目では、こうした経営権と深いかかわりを持つ「資本政策」を取り上げていく。

 大学発ベンチャーは、技術力や開発力を重視する一方で、経営権や株主構成などに関する資本政策を後回しとしているケースも見受けられる。ただ、戦略的な資本政策の策定・運用はIPOの成功につながり、ひいては企業の成長にも大きく影響するだけに、見逃すことはできない。

(1) 資本政策の基本は「経営権と資金調達のバランス」
 資本政策は、経営権と企業成長に必要な資本規模(資金調達額)をどのように考えていくかというプランをさす。

 経営権とは、株数ベースの持株比率に応じて決まる株主の権利(議決権)で、下記の図のように比率によって異なる。最も強固な経営権は、株主総会の特別決議を可決できる66.7%以上の持株比率で得ることができ、逆に、特別決議を拒否できる33.4%以上の持株比率は、経営権確保の最低ラインとも考えられる。また、株主がそれぞれどのくらいの持株比率となっているかも、経営権を左右する。こうした株数ベースの資本、つまり発行済株式数と株主構成が資本政策の第1のポイントとなる。

 企業の資金調達には、直接金融(増資等)のほか、間接金融(借入れ等)や補助金等の手段があるものの、資本政策では議決権に関連の深いに直接金融による調達をどのように行なうかが第2のポイントとなる。直接金融には、企業の現在の資産や信用の裏付けではなく、将来の企業価値をもとに資金調達ができるという大きなメリットがあり、ベンチャー企業には非常に有効な制度となっている。一方、資金提供者は出資に応じて持株比率を高め、企業の経営権を保有することにもなる。このため、直接金融による資金調達で、創業経営者(日本の場合、創業者=経営者のケースが多いので、以下はこうした資本と経営の分離が行なわれていないことを前提としている)の持株比率が低下し、経営権が外部に流出してしまうというリスクが増加する。こうした直接金融のメリットとデメリットをどのようにバランスさせるか、という点が資本政策の基本ということができる。
 具体的に考えてみよう。調達資金額は、株価×発行株式数なので、株価と発行株式数の設定で、各株主の持ち株比率や資金調達額は変化する。下記の表のように、同じ金額(500万円)を外部の株主から調達する場合、A案のように株価50,000円であれば発行株数は100株で済むのに対し、B案のように株価を10,000円とすると500株の発行が必要となる。創業経営者が当初1,000株、100%の株式を保有していた場合、資金調達後の持株比率はA案では90%へ低下するが、B案では67%まで大きく低下してしまう。
 この例から、経営権につながる持株比率を確保するには、相対的に高い株価で少ない株数を発行すればよいということになる。ただし、企業の実態や将来性に比べ株価が割高すぎれば、新株の引き受け先がみつからず、資金調達金額が計画を下回り、事業推進に支障をきたすこともある。また、株主の種類によって、その後の事業展開や次の資金調達に違いがでてくることも多い。

 さらに資本政策は、IPO(株式公開)の成否を左右する場合もある。例えば、潜在株式(*1)が多い企業は、1株当り利益の希薄化が想定されるため、株価の上昇が抑制されやすい。また、IPO後、短期間で株式売却をすることが予想される株主の持株比率が高い場合には、需給悪化による株価下落がおこりやすい。一般に、IPOの重要な目的として@株式市場からの資金調達A適正な創業者利潤の獲得、があげられるが、資本政策の内容は、こうした資金調達や創業者利潤をも変化させ、その結果、後の事業計画にまで大きく影響を及ぼす。

(2)成長ステージと資本政策
資本政策は企業の成長ステージごとに変化していく。そこで、企業の成長ステージと資本政策の関係を整理すると下表のようになる(ただし、これはあくまでひとつの例であり、企業の特性や事業展開の方法、経済環境等によって様々なパターンがあることにご注意願いたい)。
 ベンチャー企業のステージを、スタートアップ期、事業確立期、急成長期を経てIPOへ向かうと分類し、また、主な株主として1.創業経営者など事業推進者2.事業拡大の協力者3.大型資金を提供する投資家4.従業員、社外協力者5.一般投資家、の5種類を考える。

 創業当時のスタートアップ期では、資金需要は相対的に小さく、創業経営者の持株比率は高いため、強固な経営権のもとで迅速な事業推進が行われる。続く事業確立期では、事業に協力する関係者、アライアンス先と各種の提携を進めるなどして、事業拡大の基盤が築かれる。ここで、資本提携としてアライアンス先への株式割当等を行なうことにより、事業拡大の協力関係を一段と密接名のものとすることができる一方方、創業経営者の持株比率低下が起こるため、これを補う意味で、新株予約権(*2)付与などが必要となることも多い。さらに急成長期では、大型の資金が必要となるケースも多く、VC(ベンチャー・キャピタル)など、多額の資金提供を行なう株主が登場する。すでに事業の成長性がみえてきているため、株価は上昇しており、調達金額に比べVC等の持株比率は相対的に低く抑制されることが望ましいが、それでも創業経営者の持株比率が低下するようであれば、さらに新株予約権の付与などが行なわれる。また、従業員や社外協力者(大学発ベンチャーでは、社外の研究者や管理部門のアウトソース先などが想定される)へのインセンティブとしてストックオプション(*3)、新株予約権付与などは、創業初期から継続して視野に入れることができる。

 ここまでのポイントをまとめると、
1. スピード感のある経営のために、事業推進者を明確にし、その経営権を確保して迅速な意思決定を行なうことのできる体制を保つ

2. このためには、一般的に、創業者や安定株主の持株比率が株主総会の特別決議を否決できる33.4%以上となることを意識する

3. 重要なアライアンス先は業務面だけでなく安定株主としても位置付ける

4. 大型の資金調達は時期、株価、株数に注意し、経営権の低下を抑制するが、それでも経営権が確保しきれない場合には新株予約権などを活用する

とまとめることができよう。

(3)IPOと資本政策
 次に、IPOの視点からみた資本政策のポイントを考えたい。
IPOの際に、先の表でもあらわされるように、公募(*4)による新株を機関投資家や個人投資家など一般投資家が買い取り、株式市場を通じた大規模な資金調達が行なわれる。また、創業者利潤の獲得を目指した株式の売出し(*5)や、キャピタルゲインを目的としたVCなどの投資家による株式売却も一般投資家が吸収する。これらを総合すると、創業経営者の持株比率が低下する一方、株式市場、一般投資家が大きな役割を果たすようになる、ということができる。

 このためIPOでは、一般投資家に評価される企業であるかどうかがが重要なポイントとなり、IPO後の株価形成にも大きく影響する。一般投資家の株式への評価は、1.投下資本(株価)に対し要求する利潤(配当または株価上昇)を生むか2.経営者の事業推進意欲が高いか3.株主還元など株主への配慮があるか、の3点に集約できると考えられよう。この3点を資本政策と関係づけると、下表のようになる。

 まず、投資家の期待する利潤については、企業成長の原動力と株式の需給の観点から評価される。成長を推進するような株主の存在や、株式需給の悪化を招かない株主構成、また過去の株価や公募価格の設定が適正であることがポイントとなろう。経営者の事業推進意欲については、経営者がIPO以前に適切なリスクをとり、IPO後もその意欲を保っていることを、持株比率や売出し株数比率などが指標となり、評価されるとみられる。株主への配慮については、今後の株式分割が可能な発行済株式数や、個人投資家も購入可能な株価設定などから評価されると考えることができる。

(3) IPO時を想定して資本政策策定を
 資本政策はいったん動き出し、株価の実績ができたり、一定の株主構成が確立するなどした場合、その後の変更は非常に難しい。このため、IPOを目指す資本政策を立案するには、IPO時に望む株主構成、株数、株価、資金調達額、創業者利潤などを想定し、逆算しながら策定することが有効だ。また、事業の必要資金とリンクするため、資本政策は事業計画と密接に関係する。このため、毎年の事業計画見直し時には、あわせて資本政策の見直しを行なうことが重要と考えられる。

 以上の入門編を踏まえ、次号では実際の大学発ベンチャーの資本政策を紹介・分析していく。


用語解説
(*1)潜在株式:普通株式を取得することができる権利や転換請求権等が付された証券または契約で、新株予約権、転換社債型新株予約権付社債、転換予約権付株式などが該当する。潜在株の比率が高い場合、1株当りの価値が希薄化したり、株式需給が悪化するリスクが想定され、株価のマイナス要因となることもあるため、IPO時には適正な水準まで低下させることが望ましいとされる

(*2)新株予約権:あらかじめ決められた条件である株式を取得できる権利を付与する制度。社内外関係者へのインセンティブ、ストックオプション、資金調達、経営権確保、株主構成整備、資金調達など、各種の目的で活用される

(*3)ストックオプション:あらかじめ決められた条件で自社株を取得できる権利を役職員、子会社役職員に付与する制度。通常、会社の業績が向上することは、会社の価値が上がることであり、会社の株式の価値=株価の上昇につながる。これにより株価が取得価格よりも高くなり、その差額がストックオプションを付与された者の利益=キャピタルゲインとなる。このためストックオプションの付与は、役職員の業績への関心を高め、業績向上を目指す動機付けになることが期待される。また、一定の条件を満たすと税制適格とされ、税制面の優遇措置を受けることもできる

(*4)公募:広く一般に株主を募集する新株式の発行形態。IPOの際には売出しと同時に行なわれることが多く、企業の資金調達に役立つ

(*5)売出し:多数の者に対し、均一の条件で、既存株主の保有株を売却すること。IPOの際には公募と同時に行なわれることが多く、創業者利潤の実現などが可能となる

(参考サイト)
IPO関連用語集
http://dndi.jp/cooperation/trif.co.jp/approach/yougo.html