年間特集 大学発ベンチャーとIPO

 2005年の年間特集「大学発ベンチャーとIPO」の第2回目は、学生ベンチャーからスタートした株式会社ゆめみ・片岡俊行社長のインタビュー。スタンフォード大学との姉妹校である京都大学、同大学院で学ぶうち、米国学生のベンチャースピリットに刺激され、20歳ですでに起業を意識したという片岡社長のお話からは、技術力とマーケティング力のバランス感覚が見事に結集した企業像が浮き彫りとなった。

第2回 株式会社ゆめみ 片岡俊行社長
〜技術力とマーケティング力を兼ね備えた大学発ベンチャー〜
(1)起業前に周到な準備
 株式会社ゆめみは、2000年設立のベンチャー企業ながら、モバイルコンテンツの企画・開発・運営・コンサルティングで高い知名度を誇る。

 中でも、携帯電話の利用頻度が高く、流行に敏感で消費意欲の旺盛な20代〜30代前半の女性をターゲットに、同社企画・開発を手掛ける携帯メルマガ配信サービス「ガールズマガジン」、携帯コマースサイト「ガールズショッピング」はいずれも日本最大級の著名サイトとなっている。「マガジン」は8万種類のメルマガを1300万人の読者に配信、1日当たりの配信数は400万通にのぼり、「ショッピング」では月に5億円規模を売り上げる(2004年実績)。こうしたコンテンツ事業のほか、ソリューション事業、プロダクト事業でもユニークなシステム、ソフトウエア製品での評価も高い。

 社名は、ネットビジネス企業としては珍しい平仮名。これには経営理念でもある「従業員が夢を実現できる職場」という意味と、「日本で事業を起こすなら日本語で」という片岡社長の気持ちが込められている。

 ゆめみの前身は、片岡社長が京都大学大学院在学中の1998年、個人でスタートしたPCでのチャット用ポータルサイト「ゆめみ亭」にさかのぼる。
―なぜチャットだったのでしょうか?

 「当時普及期にあったインターネットの成長性に着目したことが始まりです。ネットの世界ではアクセス数の多いサイト、つまり集客力のあるサイトを作ることが、ユーザや消費者を囲い込む力の源泉と考えたのです。そこで、どのようなサイトに人気があるのかを調べたところ、『無料ダウンロード、懸賞、アダルト、チャット』が浮かび上がりました。ただ、最初の3つはすでに有力サイトがあったり、自分では手掛けたくないもので、結果としてチャットを選んだことになります」(片岡社長談、以下同じ)

 こうしてスタートしたゆめみ亭は、翌1999年には利用者が100万人を突破した。片岡社長はさらにこう語る。

 「チャットは、リアルタイムで動くシステムが必要なのでサーバの負荷が大きく、またコミュニティ管理のオペレーションコストも高いため、継続してサイト運営することが難しく、長続きしないのが一般的でした。そこで、簡単にサイト管理できるシステムを構築し、チャットサイトを運営したいユーザに提供するインフラビジネスも開始しました」

―会社設立を決意したのはなぜですか?また、設立にあたっての資金や人材は?

 「実は20才頃から起業を考えていました。成長分野である情報工学に関する経営をしたいという気持ちをずっと持っていました。また、在籍していた京都大学の姉妹校に米スタンフォード大学があり、ヤフー創始者のジェフリー・ヤン氏等に刺激を受けたことも影響しています。米国では学生でも能力があればベンチャー企業を起こすことは当然という事実に強く触発されたわけです」

 「ゆめみ亭を運営するうち、インターネットビジネスの相談などを受けることが増え、業界の人脈も広がり、手ごたえを感じ始めました。そこで、ゆめみ亭を基礎に起業を決意し、2000年1月に株式会社ゆめみを設立しました」

 「設立資金はゆめみ亭で得た収益です。人材は、ゆめみ亭に参加していた研究室の同級生である深田浩嗣氏(現ゆめみ取締役兼COO)をはじめ、京都大学大学院情報工学科出身者10名が創業メンバーとなりました。当初は手弁当に近かったにもかかわらず、仕事が面白いということで情報技術分野でのプロが集まりました。これは大きな財産です。また、ネットビジネスは大規模設備や大型投資は必要ないので、大学院の研究室の設備をお借りし、小さくスタートした形でした」

 このエピソードからは、ベンチャー設立への強い意志、ターゲット市場の綿密な分析、ヒト・モノ・カネの調達など、起業前の準備がまさに周到に行なわれたことがうかがわれる。こうした準備は、設立初年度から黒字を続けているという同社の業績とも無縁ではないように思われる。
(2)PCの歴史から立てた仮説
 とはいえ、全てが順調に進んだわけではない。ほどなくして片岡社長は、インターネット上ではユーザを集めることはできても、提供サービスへの少額課金・決済が難しく、ビジネス展開に向いていないという事実に直面する。BtoCビジネスを目指していた片岡社長は、「課金が容易、パーソナルメディアとして普及率が高い」というメリットのある携帯電話ビジネスにシフト、PC向けビジネスは撤退となった。もちろん、日本が携帯電話に関する技術で世界的に最先端を走っていたことも魅力だったという。

―著名サイト「ガールズウォーカー」を運営する株式会社ゼイヴェルとの出会いが飛躍のきっかけとなったようですね?

 「そうですね。ゆめみ亭時代の人脈がきっかけでした。ゼイヴェルは女性層、特にF1層といわれる20代〜30代前半の流行に敏感で消費意欲の旺盛な層を対象に『ガールズウォーカー』を運営していました。当社もこのターゲット向けコンテンツ提案、コンテンツ実現のためのシステム構築を支援しました。実際には、2001年5月に『ガールズマガジン』を共同で始めたことが大きな転機でした」

 「ただ、『ガールズマガジン』は、サイト定着率は高くても無料サイトです。これがビジネスとして収益化するまでには2年かかりました」

―いつ収益化するのかという不安はありませんでしたか?

 「最初から時間がかかると思っていました。事業領域を携帯電話にシフトしたとき、PC上のネットビジネスの歴史が頭にあり、その時間軸をイメージしていましたから」

 「米国でも日本でもPCのネットビジネスは、@一方向の情報発信である『コンテンツ』A双方向で情報発信できる掲示板等の『コミュニティ』B生活密着用品販売の『Eコマース』C売り手と買い手が直接接触する『マーケットプレイス』、という風に進化しました。ビジネスが成立するのはEコマース以降ですが、それを成功させるにはコンテンツとコミュニティの魅力、人気、集客を上げる必要があります」

 「携帯電話でも同じ流れが起こるという仮説を立てていたので、コミュニティの段階である『ガールズマガジン』で集客し、定着率を高めようと思っていました。その後、ビジネスになるまで2年程度と想定していたので、当面はじっと我慢の期間の覚悟でした」

 片岡社長の最初の戦略は2つ。第1は、コンテンツについては、携帯電話会社の非公式サイトを選ぶ場合、無料コンテンツとすること。「無料」を差別化のポイントとできるためで、当時としては画期的な手法であった。第2は、コミュニティでは、「携帯電話のキラーアプリケーションはメール」と考え、その魅力を存分に活用できるメルマガを打ち出したこと。個人が簡単にメルマガ発行できるプラットホームを用意し、発行側も読者側も会員として囲いこんでいった。

―「無料コンテンツ」ということだけでは集客につながらないのではありませんか?

 「コンテンツといっても、インフラ提供という立場から考えました。『ガールズマガジン』の場合、コンテンツであるメルマガは発行者が作成します。現在では数万人の発行者がいますが、作った人は、必ず読者を集めようと集客に努力しますから、それが自然と宣伝になります」

 この結果、2001年5月にスタートした「ガールズマガジン」の総読者数はわずか半年後の11月に500万人、翌年2月に800万人、1年後の2002年5月には1000万人を突破した。
 サイト会員数が増加し、会員の属性データベースが整備されるにつれ、これまで部分的に手掛けていたEコマースが、データベースマーケティングによる本格的Eコマースへと発展していく可能性が見えてきた。

 2001年、ひとつのテストマーケティングが行なわれた。人気女性歌手に関するメルマガ購読者3000人に、その歌手の愛用の香水販売情報をメール配信。このとき、メール配信から2時間で香水1800本を売り上げる結果となった。Eコマース成功の確率が非常に高いことが示されたといえよう。

 当初、Eコマースに関しても、インフラ提供の観点から「モール構想(複数の専門店が集まったサイト)」が考えられた。

―「ガールズショッピング」は実際にはモールではなくセレクトショップとなりましたね?

 「直感的に携帯電話ではモールでは上手くいかない、と思いました。携帯サイトはニッチタイムに利用されるもの。これに対しPCでの買い物は目的買いが多く、検索、比較、一覧という手順が踏まれ、サイトの滞在時間が長く、品揃えの豊富さが重視されます。でも携帯電話は、検索性、比較製、一覧性ともにPCには劣り、サイト滞在時間も短い。であれば、セレクトした商品を欲しがっている消費者にタイミングよく提案することが効率的です。プッシュ型マーケティングが有効と考えたわけです」
 
 片岡社長の発想は当り、ガールズショッピングはポイントを付いた商品構成とマーケティングが人気を博し、2004年4月には月商5億円規模にまで成長している。

(3)短期的にはマーケットプレイス、中長期的には世界展開とテクノロジー強化
―今後の事業展開、目標はなんですか?

 「Eコマースの次には、マーケットプレイスを狙います。具体的にはオークションサイトで、2005年中に携帯オークションNO.1を目指します」

 「中期的には、携帯電話だけにこだわらず、世界的なコンシューマ向けサービスを展開予定です。また、ゆめみは情報工学のプロ集団でもあるので、高いテクノロジーをさらに生かしていきたいと考えています。現在も、特許申請中の携帯電話向け大量メール配信システム『ymail』をはじめ、大規模サイト運営向け各種製品や、ソリューションビジネスを行なっていますが、一段と磨きをかけたいと思っています」

IPO(株式公開)についても意欲的で、2、3年先の実現のため準備が始まっている様子だ。

(4)「自然体」の大学発ベンチャー
―大学発ベンチャーとして特に感じることはあるでしょうか?

 「京都大学発というブランドと京大ネットワークは大きなメリットです。特に、先輩達からの支援や、後輩が人材として当社に来てくれることなど、人の面では本当に恵まれていると思います」

 「私が創業した2000年当時に比べ、大学も教授陣も研究成果をビジネス化することに一段と熱心になっています。今、大学からベンチャーを起業するにはチャンスではないでしょうか」

 「デメリットは・・・あえて挙げるなら、学生ベンチャーであったため、見積書や契約書の作成といったビジネスの基本を知らなかったことでしょうか。もし、こうした基本を簡単に理解、作成できるテンプレートのようなものがあれば、もっと効率的に事業が進められたかもしれません」
 
 片岡社長の言葉からは、ゆめみが「大学発ベンチャー」と呼ばれることに対し、特段の気負いが感じられない。また、大学発ベンチャーということによる強いメリットもデメリットもほとんどないのではないかと思われる「自然体」ぶりだ。一般的な起業家と全く同様に、技術力、市場分析力、マーケティング力を磨き、いかに消費者に受け入れられるかを焦点にビジネスを進めてきた証左といえるだろう。大学発ベンチャーというと特殊な企業と考えられがちではあるが、ゆめみはそうした枠組みを超えて、魅力的なベンチャーの1社として羽ばたいているように思われた。