年間特集 大学発ベンチャーとIPO

連載開始にあたって

 2001年5月、当時の平沼赳夫・経済産業大臣が提唱した「大学発ベンチャー1000社構想(平沼プラン)」。これは、「新市場・雇用創出に向けた重点プラン」の一環で、大学が圧倒的な数を保有するイノベーション・シーズの活用に加え、大学の基礎研究力を産業界に展開していくことが、日本の国際競争力に直結するとの考え方からスタートしている。

 同構想は2002年度〜2004年度末までの3年間に大学発ベンチャー1000社を達成することを政策目標に掲げた。その後、2002年度末531社、2003年度末799社、2004年8月末916社と、大学発ベンチャー数は順調に増加、平沼プランはほぼ達成が見えている(2002年度末、2003年度末データは経済産業省調査、2004年8月末データは文部科学省調査による)。

 これを踏まえ、2005年度以降は大学発ベンチャーについて「量的側面」から「質的側面」へと課題が移っていくとみられている。実際、経済産業省では2010年までに大学発ベンチャーのIPO(株式公開)という質的目標を打ち出した。

 そこで、2005年を「大学発ベンチャーのIPO応援年間」として、1年間にわたり、IPOを果たした大学発ベンチャー、今後IPOを目指す大学発ベンチャー、各種支援者、政策担当者などの声をもとに、その実態、課題などを浮き彫りにし、大学発ベンチャーのIPOに役立つ情報提供をしていきたいと考えている。

 第1回は、学生ベンチャー企業とも長年深い係わりを持っている企業家ネットワーク・徳永卓三社長にご登場いただいた。

第1回 企業家ネットワーク 徳永卓三社長
〜ベンチャーは『ブーム』でなく『トレンド』になった〜


(1) ベンチャーの時代到来を確信
 株式会社企業家ネットワーク・徳永卓三社長は、25年間の日本経済新聞での記者生活を経て独立、94年5月に同社の全身となる日本企業家協会を設立した。
徳永社長は、創業時の思いをこう語る。

 「記者時代最後の8年間にベンチャー企業を担当し、その魅力に圧倒されました。当時はバブル崩壊後。日本経済と既存の大企業が方向性を見失っているのに、ベンチャー経営者は大きな夢を持ち、それに向かって行動していました。『ベンチャーの時代が来る』と確信しましたね」

 「ベンチャーを支援したいという気持ち、自分も創業してベンチャー経営者と同じことをしたいという気持ち、さらに50歳を迎え、もう一度人生で波瀾万丈を経験したいという気持ち。この3つから『企業家ネットワーク』を設立しました」
(2)3つのビジネス
 まず徳永社長が始めたのはベンチャー経営者のネットワーク作り。日本を代表する100人のベンチャー経営者が集まれば、そのユニークな才能が一種の化学反応を起こし、面白い何かが生まれるはず、と考えた。呼びかけに、セコム・飯田最高顧問、ソフトバンク・孫社長、カルチュアコンビニエンスクラブ・増田社長(いずれも役職は2004年11月現在)など、錚々たる経営者がネットワーク会員として集まった。

 96年には情報発信ツールとして雑誌「企業家」(現『企業家倶楽部』)を創刊。経営者への徹底取材による分析記事、経営者が他の経営者に行なうインタビュー、経営者の危機体験談など、「創業経営者」にこだわった徳永社長の発想が強くうかがわれる個性的な誌面による情報発信を続けている。

 97年には「企業家大学」がスタート、本格的なベンチャー支援事業が立上がる。会員である現役経営者が、ベンチャー経営者や予備軍に講義するもので、創業心得、ビジネスプラン作成方法、ビジネス推進の課題や取り組み方など、生々しい話を聴くことができる。参加者自らビジネスプランを作成、発表し、ベンチャーキャピタリストが評価を行なうなど実践面のメニューも充実している。しかし何といっても最大の魅力は、講師経営者との懇親会が頻繁に開催され、参加者が現役経営者と直接対話することができる点にある。

 「現役の創業経営者と同じテーブルで酒を飲み、話を聞き、息遣いを感じる。参加者はそれだけで深く感じるものがあります。謦咳に触れる、ということでしょう」(徳永社長)

 なかには、講師の創業経営者達が出資したいと思うような魅力的なベンチャー経営者も集まってくる。99年にはこうした経営者からの声に応じ、自然発生的にVC(ベンチャーキャピタル)事業を行なう企業家キャピタルマネジメントが立ち上がった。

 この結果、現在、情報発信事業(『企業家倶楽部』とブロードバンドを利用した放送事業『ワールド・ビジネス・チャンネル』)、企業家大学事業、VC事業の3つを柱とし、それぞれがシナジー効果を発揮する形でベンチャー経営者育成を支援する仕組みが動いている。
(3)創業経営者の『心』と『魂』を磨く
 徳永社長が期待するベンチャー企業家像は明快だ。
 「『心』と『魂』、これが全てです」
 「心とは、高い志と雄大で清い経営理念、魂とはチャレンジ精神です。どんなに儲かるビジネスであっても社会的意義が薄い事業、経営者の士気が低い企業は長期的に成長しません。まず世の中に役立つという志を基礎に、世界ブランド企業を作り上げる挑戦心を、経営者が持ちつづけることが一番重要です」
 「ベンチャーというものは、経営者が心と魂を磨いて人間的に成長していくと、企業も同じように成長していくものです」

 一方で、徳永社長は
 「最近では売上数億円でIPO(株式公開)し、大企業になったと錯覚してしまう経営者もいるようですが、私は売上1000億円を達成するまでは、ベンチャーだと思っています」
と、厳しい目も持つ。

 「ある規模までは、がむしゃらな営業で進むことができます。でも、本当の世界企業になるには、戦略や装備が必要です。エベレスト級の山に登るのと、高尾山に登るのとでは準備が違ってきますよね。それと同じです。攻めのためには進出市場の調査、価格や差別化戦略、販路戦略、守りのためには財務、法務、特許戦略などの充実、そして全ての基礎となる人材育成。ベンチャー経営者は常に攻守を考え、1000億円企業になるまでは慢心してはいけないと考えています」
(4)学生ベンチャー支援でも実績
 2003年11月、企業家ネットワークグループによるVC事業から初のIPO企業が登場した。スリープロ(コード2373)が東証マザース上場を果たしたのだ。

 「スリープロの高野社長と初めてお会いしたのは99年頃。当時、立命館大学の学生でした。いわゆるカリスマ経営者といったオーラを持つ人ではなかったのですが、元気さとバランス感覚に魅力がありました」(徳永社長)

 徳永社長にとってベンチャー企業の評価尺度は「経営者の心と魂」。VCとして投資する場合も、投資決定の80%は経営者の人格による。スリープロ・高野社長に投資したのも、挑戦心の源泉となる元気、企業の長期成長を支えるバランス感覚を評価してのことだった。高野社長が学生であったことは全く気にならなかったという。投資後も、高野社長を「企業家倶楽部」で取り上げたり、「ワールド・ビジネス・チャンネル」で高野社長とベンチャー経営論で有名な大学教授との対談を企画するなどの側面支援を行なった。

 今後、米国と同様に日本でも学生ベンチャーや大学発ベンチャーが一段と増加してくることが予想されるものの、徳永社長はこれまでのベンチャー経営者と同じように評価・支援をしていくことで、十分に対応できるものと考えている。

(5)ブームからトレンドへ
 2003年後半以降、株式市場では新興市場への上場ブームが起きている。こうした状況を徳永社長はどのように感じているのか。

 「日本のベンチャーは、すでにブームという時代は終わり、もはやトレンドとして経済活動に根付いたものになりつつあると考えています。ただし、その基本は経営者の心と魂。成功するのは、約束を守る、必ずやり遂げる執念を持つ、受けた恩を忘れない、ずるくない、という人間としての仁義を持つ経営者です」

 徳永社長の20年に及ぶベンチャー企業とのかかわりからは、従来からの創業型ベンチャー、最近増加しつつある大学発ベンチャー、大企業スピンアウトベンチャーなど、どのようなタイプのベンチャーも、「経営者」が最も重要だという共通点をうかがうことができる。逆にいえば経営者は、技術力の高い大学発ベンチャーだから、市場をよく知っている大企業スピンアウトベンチャーだから、といって甘えることは許されない。また、ベンチャーがトレンドとして定着するということは、ベンチャー企業が目新しさで評価される時代は終わり、その真価が問われる時代が始まっていることを意味する。

 2005年は大学発ベンチャーにとって本当の勝負の年となるのではないか。あらためて、この思いを強くし、インタビューを終えた。