第6回 MOTとスイス



 早稲田大学からお送りしています。


 先日、懇意にしていただいているフリージャーナリストの磯山友幸さん(元日本経済新聞チューリッヒ支局長)からスイス大使館外国企業誘致局のニュースレターの取材を受けました。なんでも、『スイス在住を経て ‐スイス滞在経験を持つ日本人にインタビュー』というコラムを担当されているそうで、これまで大使級のインタビューをされておられたのですが、飲み仲間の縁で、筆者のような軽輩を取り上げてくださったのでした。

 「スイスでの良い経験を。」とのお話だったので、思い出したのがMOT(技術経営)との出会いです。ジュネーブに赴任してしばらくした2000年のことだったと思いますが、通産省の大先輩で、当時大学におられたS先生が、「スイスのMOTを調査したいので同行してほしい。」と連絡してきたのです。S先生の大学がMOTのコースを作りたいという話で、できたての大学連携推進課の持つ調査予算が確保できたとのことでした。

 筆者でもMOTというのは当時初めて聞いた言葉でしたが、当時から有名だったビジネススクールのIMDやスイスに二つしかない国立大学であるローザンヌ連邦工科大学(EPFL)にそのコースがあると聞いて、興味を惹かれました。スイスの強い競争力の基礎となっている人材育成や企業戦略の仕組みがそこにあったのです。その後日本でMOT一万人計画を担作るなどとは夢にも思いませんでしたが。なおS先生の大学は結局MOTコースを作っていません。。。 詳しくは以下をどうぞ。


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スイス在住を経て−スイス滞在経験を持つ日本人にインタビュー


スイスと日本の間に類似点は多いが、製造業などの技術力の高さもその1つ。そんなスイスの技術力との接触を求めてスイスに駐在する日本人も多い。工学博士の肩書きを持つ経済産業官僚の橋本正洋氏もそのひとり。スイスの技術の動向を探る使命を帯びて、1998年から3年間、ジュネーブに駐在した。そこで出会った技術経営(MOT)のノウハウは、その後の日本の技術政策にも大きな影響を与えた。


通商産業省(現・経済産業省)からJETRO(現・日本貿易振興機構)のジュネーブ事務所に出向されたのですね。当時のジュネーブ事務所はどんな仕事をしていたのですか。
橋本:
もともと、ISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気委員会)の標準化交渉に対応するために作られた事務所で、その後、GATT(関税および貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)の交渉で、日本政府をサポートする役目を担いました。私が駐在した当時は日本からの駐在員4人全員が通産省からの出向でした。現在はチューリヒ事務所が閉鎖されたため、ジュネーブ事務所がスイス全体をカバーしています。


当時の橋本さんは、どんな役割を担っていたのですか。
橋本:
事務所のナンバー2として、スイスの技術のトレンドなどを調査していました。「JETRO技術情報」という定期刊行物があるのですが、そこにレポートを書くのも重要な仕事でした。「スイスにおける研究開発体制の再構築」といったレポートを書いたのを覚えています。


スイスの技術動向として、何に注目していたのですか。
橋本:
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)で行われていた精密機械の研究が日本と交流を行っていました。その研究はJETROもサポートしていました。スイスでは時計産業が独自の発展を遂げましたが、一時、クォーツ時計の攻勢で、壊滅的な打撃を受けます。この時、時計産業が持っていた精密機械の技術を独立した産業として育てる政策を取ったことが、スイスの精密産業が大きく飛躍したひとつの引き金だったと聞きました。当時、スイス人の不屈の精神に感嘆したものです。
 ちょうど私の駐在中に、ジュネーブ大学経済学部に原山優子さんという助教授がおられました。その後、東北大学教授やOECD(経済協力開発機構)の科学技術産業局次長を務められています。彼女がスイスの産学連携や大学運営などにも非常に詳しく、いろいろ教えていただきました。そんな事もあり、スイスの産学連携などについても調べました。


他にはどんな分野に関心を持たれたのでしょうか。
橋本:
技術経営(MOT=Management Of Technology )に関心を持ちました。製造業などの企業が、どうやって研究開発から技術開発、そして製品化を成し遂げていくか、という経営戦略です。2000年頃に日本でも導入しようという動きが広がっており、欧州の実情を調べたのです。欧州ではローザンヌにあるビジネススクールのIMDがこの分野で進んでいました。IMDでは技術系の社長が学校に赴いて技術戦略を語るなど、実践的な教育が行われていました。
 MOTはもともと米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)で生まれたと言われますが、経営学のMBAの中の一分野として発達しました。日本ではよく、「日本企業の技術力は高い」と自画自賛しますが、それを製品化して市場に出していく経営戦略が非常に弱い。欧米企業に日本企業が勝てない理由の1つがここにあるのではないか、と思っています。


当時はMOTという考え方が日本にはまだなかったのでしょうか。
橋本:
まだまだでした。私は帰国した後、経産省の大学連携推進課長になりましたが、そこでMOTを推進する役割を担いました。「MOT1万人計画」というのを掲げ、MOTを学んだ卒業生を1万人作るという方針を打ち出したのです。当初はなかなか良い先生がおらず、うまく行きませんでした。企業の中から技術の専門家を大学に呼んでくればそれで済む、という話ではありません。IMDなどビジネススクールの先生は、企業と一緒になって経営戦略を研究しているので、具体的なケーススタディに詳しい。日本にはなかなか複数の企業の経営戦略を俯瞰的に見ている学者はいません 。 MOT1万人計画では予算を全国の大学に付け、ケーススタディの蓄積などを後押ししました。スイスでMOTと出合ったことが、その後の私の役人人生に大きく役立ちました。


スイスは産学連携も進んでいますね。
橋本:
ものすごく進んでいます。スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETH)の傘下には産学連携のための独立組織があり、研究棟など立派な施設を持っています。そうした研究棟では企業と教授、学生が一体になって、共同で研究開発、技術開発が行われています。ベンチャー企業の設立なども盛んです。企業は大学をフルに活用し、大学も企業を抵抗なく受け入れている。日本とはだいぶムードが違います。


スイスは技術開発の拠点としての地位を高めています。
橋本:
IBMが典型例ですが、世界の企業の研究所がスイスに集まっています。世界の有力企業の技術開発拠点を誘致しようという国やカントン(州)政府の政策が明確です。スイスはあれだけ物価が高いのに、世界から一流の研究者、技術者が集まっています。高給取りの技術者が住みたい町として定着しているのは、生活の質、クオリティ・オブ・ライフの高さゆえでしょう。


橋本さんは帰国後、ヘルスケアの担当もされたそうですね。
橋本:
サービス産業課長としてヘルスケア産業の後押しをしました。スイスに滞在していた時、次男が生まれました。ジュネーブ大学医学部の病院で出産したのですが、医療の充実ぶりに目を見張りました。医師と看護士と医学療法士が対等な関係でチームを作り、相談しながら患者のケアに当たるのです。
 役所でヘルスケアを担当した際には、米国の病院にも調査に行きましたが、同じように医療チームを作っていた。日本でも最近ようやく一部の病院で同じような体制が取られるようになりました。


日本とスイスの技術協力の関係はどんな状況なのでしょうか。
橋本:
文部科学省が中心となって科学技術協定を結んでいますが、残念ながら国レベルで関係がどんどん深まっているという状況ではありません。大学の先生などの個人の尽力で協力関係が生まれているといった感じです。ETHなども日本企業と交流しています。まだまだ技術開発などで協力関係を発展させる余地が大いにあると思っています。
 国や地方自治体の産学連携の支援方法など、日本がスイスから学ぶべきことはたくさんあります。日本も本来は、産学協同は自治体が中心になって行うべきです。ところが日本の自治体には自由になる予算が少ない。もっと分権を進めて、自治体の裁量で大学の誘致や支援などを行えるようにすべきでしょう。


ジュネーブでは日本人会の仕事もされていたとか。
橋本:
JETROの事務所は、ジュネーブ日本人会の事務局も務めていました。当時のメンバーは200 - 300人ほど。現地で結婚されて生活基盤をもたれている方が3分の1、企業の駐在員が3分の1、国際機関などに勤める政府関係者が3分の1といった感じでした。日本人会の会報もわれわれが作っていました。


ジュネーブ日本人会には東京支部があるそうですね。
橋本:
はい。われわれがいた当時の日本人会の会長を中心に、東京で支部を作りました。メンバーは30人ぐらいです。ジュネーブ駐在の人たちが帰国すると声をかけるので、どんどんメンバーが増えています。


9月から休職出向で早稲田大学の教授になられました。どんなことを教えたり、研究したりされるのでしょうか。
橋本:
まさにスイスで重要さを知ったMOTや、イノベーション学を教え、研究します。また、産学連携の推進役も引き受けます。これまで経産省で培ってきた産学連携の人的なネットワークなどが生きると思っています。
 役所にいると中々自由に発言できない事も多いのですが、大学教授という立場を生かして大いにモノを言っていこうと考えています。日本のエレクトロニクス産業は今、業績悪化に苦しんでいます。なぜ、こんな状況になったのか。これまでのMOTの欠如を反省して、技術戦略を立て直すことが重要でしょう。 そうした課程で、まだまだスイスに学ぶことはたくさんあると思います。



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