第3回 ガラパゴスのカメの憂鬱



 みなさん、お暑うございます。何とかこの夏を乗り切りましょう!さて今回は技術経営的テーマです。

「ガラパゴス」
 日本独自の、高度な発展を遂げたi-modeに代表される携帯電話をガラパゴス携帯、略してガラケーというのはもう古い話かも知れません。しかし、よくよく周りをみると、携帯だけでなく、日本社会全体が構造的的なガラパゴス島ではないかと思えることがあります。それは、技術や知財の世界、つまりイノベーションにも深く関わってきます。この島に取り残された孤独なカメはどう生きていけばいいのでしょうか。

 本稿の「ガラパゴス」製品を定義しておきます。
 市場がグローバルであるのにもかかわらず、様々な理由で国内市場が実質的に閉じていて、プレーヤーが限定されているため、イノベーションの成果が日本独自の発展を遂げ、結果的にグローバル市場では受け入れられないもの、としておきます。同様の概念として「ガラパゴスサービス」、「ガラパゴス制度」、「ガラパゴス政策」があります。国内で閉じている「-----政治」の問題は、世界共通かもしれませんね。


「ガラパゴスの理由」
 さて、何故ガラパゴス化するのでしょうか。いくつか原因が考えられます。
一つは、定義にもあるように、何らかの理由で製品市場が実質的に国内に閉じていること、つまり輸出がないことです。これは、いわゆる市場障壁がなくても起こりえます。例えば人口が多いこと。欧州のように人口の少ない国が多いところでは、国内市場だけ相手にしていては企業の成長がおぼつかない、そのため、欧州統合を行い大きな単一市場を得てきたわけです。(現状の欧州の苦境はともかくとして。)
 日本の場合は、中国などには及ばないものの、1億を超える人口を抱え、国内市場だけ相手にしていても、企業はある程度の成長が見込めました。このため、国際的な市場ニーズを企業戦略としなくても良い産業が多くあります。このあたり、国内市場が限られている韓国企業とは戦略が異なっていたのでしょうか。
 また、元々日本には、日本語、島国という、文化的、地政的な障壁がありました。製品の仕様は、一部を除き、全て日本語で表示されているものが多い。欧州のスーパーなどで製品を買ってみると日本との違いがよくわかります。欧州では、ほとんどの製品に英、独、仏語をはじめ、様々な言語で説明書がついていて、各国で使用できるようになっています。これは、製造段階から、域内のどの言語の国にも売れるようにデザインされているということです。日本の製品は、家電でも食料品でも雑貨でも、我々が目にするものはほとんどが日本仕様で、輸出用は別にデザインされていますね。つまり、デザインの開発段階で、グローバル市場を必ずしも意識しなくても良い分野がある、ということです。


「ガラパゴスの罠:リードユーザー」
さらに、日本には、リードユーザーというべき、世界でも有数な品質等に厳しいユーザーがいます。これらユーザーに鍛えられて、狭い島国の中で切磋琢磨しながら、世界に通用する高品質な製品を開発し、国際競争力を得る。Japan as No.1といわれた時代にはそうした神話が語られていました。ここで、リードユーザーというべき対象は、必ずしも、一般市民だけではないことにご注意ください。ここに、ガラパゴス化の罠と言うべき点があります。すなわち、巨大(独占)ユーザーの存在です。
 ずばり、電話・通信機におけるNTT、鉄道・車両における国鉄・JR、電力システム・重電機器における電力会社、付け加えれば放送機器メーカーにおけるNHKです。NTT、JRはそれぞれ、国有企業から分割、民営化されましたが、電力の地域独占と同様ある程度の寡占状況は残っています。これら巨大ユーザーは、まさにリードユーザーという名に相応しく、自らの持つ高い技術力を背景にメーカーに過酷な条件を課す一方、それに応えイノベーションをなしとげた企業からは安定的・大量に購買してくれるありがたいユーザーです。このおかげもあって、電話・通信機器企業、重電企業、鉄道車両企業は高い技術力を所有し、発展してきたと言えましょう。さらに、もっぱら公共事業を相手にしてきた産業、例えば地方自治体をユーザーとしてきた水処理システム企業なども同じ構図です。
 これがガラパゴスの罠だったのです。日本の高度成長が陰っていくなかで、これらリードユーザーは民営化、分割、自由化などの政治的圧力にさらされ、相対的に力を失ってきました。ユーザーの購買力が落ちていき、特に公共事業系は財政赤字のため民営化が進み、設備投資も限られてほとんど需要がなくなってしまったところもあったのです。その結果、リードユーザーに庇護されてきた企業も、厳しい競争にさらされはじめ。国際競争に真っ向から取り組むべき必要が出てきました。
 上記は、政府の推し進める「インフラ輸出」の背景でもあります。しかし、インフラ輸出は初手から障壁にぶつかりました。例えば新幹線輸出です。日本の新幹線は高い技術力を有し、欧米のメーカーにも負けない競争力を有していると信じています。ところが、永年国内で地域独占の鉄道会社を相手にしていた日本メーカーは、当然確保しているべき、特許や意匠の知財権を一部取り損なっていたのです。例えば、JR用に開発された美しい列車のデザインは、国内ではまねする企業がJRファミリーのなかにあろうはずはありません。そこで、メーカーは、世界はおろか、国内でも意匠権出願をしていない例があったのです。特許も同様です。これを中国に輸出するというのは、ある意味暴挙だったかもしれません。中国企業が日本とそっくりな新幹線を作ってアメリカに輸出しても、それを知財権で止める手だてはないのです。


「ガラパゴスの罠:国際標準」
 もうひとつのガラパゴスの罠は、知財とペアをなす標準化です。日本企業は、国内標準の獲得には熱心で、JISの活動は、かつては非常に活発でした。しかし、政府機関などが「国際標準」を使用しなければいけないとされるWTO/TBT協定が発効して以降、日本企業も国際標準化に取り組まざるを得なくなりました。そこで日本企業の交渉力が問われましたが、欧州の標準化機関、例えばCEN、CENELECは強力で、様々な標準化委員会で次々と日本提案が否決されていきました。さすがに日本企業も分の悪さに気がつき、国際標準化に資源を投入するようになりましたが、欧州、米国、さらには最近の中国に比べるとまだまだ不十分だという話をよく聞きます。その結果、携帯電話のように、日本の規格が国際標準化争いに負けて、結果的にガラパゴスになってしまうことがあるのです。


「ガラパゴスからの脱出」
 ガラパゴス化に開き直って、「GALAPAGOS」という製品シリーズを出したシャープの様な企業もありますが、ガラパゴスのままで良いということは言えません。なぜなら、少子高齢化が進んで、どうしても日本の国内市場の拡大は望めないからです。
 それでは、ガラパゴスがガラパゴスでなくなるにはどうしたらよいのでしょうか。一言で言えば、はじめから国際市場を意識した製品開発、マーケティングをするということです。国際標準獲得に目を配り、輸出品と国内品の差を少なくしてコストを下げ、海外市場を熟知した外国企業とも手を組む、というようなことです。もちろん、これらは簡単なことではありませんが、企業の社員一人一人が意識して行わないと実現は困難でしょう。
 政府の役割も重要です。日本の法制度は、明治時代の草創期は欧米からの輸入であったものが、国内で拡充整備されてきたことから、日本独自の深化をとげてきました。ガラパゴス法、ガラパゴス制度です。特に安全、保安等の規制は、高度成長期には必要不可欠なものでしたが、企業倫理が確立されつつある現代においては、むしろ新規参入や新産業創出において最大の障壁となっています。イノベーションの阻害要因となっているのです。


「カメの憂鬱」
先日ガラパゴス島で長寿を全うしたゾウガメは、人間が種を保存しようと躍起になっても全く相手にせず、悠々と過ごしていたそうです。彼はガラパゴスに生きたことをどう考えていたのでしょうか。
 我々日本人は、この日本列島をガラパゴスのままで放置しては行けません。このまま日本人という特殊に発達した種が絶滅していいわけがないのです。憂鬱をはらすため、もう一働きしませんか、皆さん。



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