第2回 武石・青島・軽部「イノベーションの理由」(@)
   ―イノベーション学の参考書―


 センスある標題だと思いませんか?先日、標記の単行本を入手しました。まだ読み込んでいませんが取り急ぎご紹介します。


 武石彰京都大学経済学研究科教授、青島矢一一橋大学イノベーション研究センター教授(青島先生、教授ご就任おめでとうございます。)、軽部大一橋大学イノベーション研究センター准教授の近著を送っていただいたものです。本の名前も有斐閣の装填も立派です。青島先生の著作は以前にもご紹介したことがありますが、お三方とも、イノベーション学では気鋭の学者です。(「新進」ではない、とのことでしたが。)


 副題に「資源動員の創造的正当化」とあります。曰く、「イノベーションを実現するには、新たな技術やアイデアを生み出す創造性が必要だが、その技術やアイデアの商品化、事業家に向けて資源を動員することを正当化するための創造性も重要となる。本書は後者に着目し、資源動員を創造的に正当化するためのいくつかの道筋を示すことで、イノベーションの実現を目指す人びとへの新たな手がかりを提供する」。まさに求めていた本ではありませんか。イノベーションへの環境整備、国家資源の効率的集中を命題とするイノベーション政策にも欠かせない視点ではないか。


「第一章、を読もう」
 論文・著作には「序章」はきわめて重要と博士論文の指導時に教わりましたが、この本もしかり。第一章はとても整理されており、著者たちを含む一橋大学イノベーション研究センターの名教科書「イノベーションマネージメント入門」(日本経済新聞社)に続くともいってよい最近の世界の研究成果を整理した教科書になりうる内容にもなっています。


 全体構成は、前半が分析理論編、後半は事例編と分かれていて、前半の第一章「イノベーションはいかに実現されるか」でイノベーションの理由となるべき仮説をのべ、それを第2章以下で大河内賞受賞の事例分析によって詳細に明らかにしていき、さらに第6章「さらなる理解に向け」でイノベーション・プロセスの統合的理解に向けた論点整理をしています。そして後半は事例編として、上記受賞事例のうち8例を詳細にスタディしています。事例編は、たぶん大学のcase studyに使われているのでしょうね。それも思えば3800円は高くない。


「本書の価値」
 大河内賞受賞の事例という、イノベーションの優れたケースを集めたものの分析結果から導いた考察ですから、これがイノベーション学の優れた文献にならないわけがありませんが、特に価値が高いのは、「イノベーションの理由」を述べながら、結果的にイノベーションが起こらない理由をよく説明していることです。筆者はかねてから大企業からイノベーションが起こりにくい理由をさまざま感じていて、そこから大学発ベンチャーなどの重要性を認識していましたが、ここではむしろイノベーションを起こすことに成功した日本の大企業を事例としながら、イノベーションへの時間経過(平均9.2年!)、事業化に至るまでの抵抗・反対といった資源動員への壁、資源動員の正当化プロセスを詳細にいながら、社内の経営トップ、組織において何が起こったかを追求することで、放っておけば起きなかったイノベーションがなぜ起きたかを明らかにしているのです。そこには、創造的正当化の三つのルートがあったのです。このあたりは、経済学者の著作らしく若干読みにくいところもなきにしはあらずですが、結論は「言われてみれば」という納得感もありつつ、そこは普通のビジネス本と異なり、学術的に詳細に分析し統合的に整理していただいたとの満足感もあり、それこそ、次に実践できるものに昇華していくのです。


「イノベーションをいかに実現するか」
 そして、第5章の冒頭には、筆者のとても気に入った一文があります。「(ここまで見てきたように、)イノベーションの実現過程とは、不確実性に満ちた企てに対する資源動員を創造的に正当化していくプロセスである」 (筆者注、「企て」とは、古い言い回しのようですが、雰囲気ありますね。)なお、この章には「正当化プロセスに付随する罠」なんて言う文学的表現も散見され、とても楽しく読めます。(潜む罠、にしてほしかったですが)


 さらに第6章は、「さらなる理解に向けて」として、本書の効用と限界に言及しているのは研究者の良心がほとばしっています。


「イノベーション政策への貢献」
 先生方に本のお礼を兼ねて、「イノベーション政策の実現には、まだまだ多くの山や海溝や砂漠が横たわっていてうまくいかないことが多い。引き続きご指導を。」と愚痴ともつかないコメントを書いたところ、武石先生より、「基本的に企業のイノベーションの話ですが(注、そりゃそうだ。)、政策にも通じる意味は多少あるかもしれません。「あとがき」で、風呂敷を少し広げて、そのあたりのことを論じています」と返信くださいました。


 そこで、(途中を飛ばして)あとがきを開くと、企業活動のグローバリゼーションがイノベーションの重大な阻害要因であるとの指摘がある。そのとおりかもしれない。


 そして、広げた風呂敷は、「今後模索される(かもしれない)国の新たなイノベーション・システムが、どこに多様性を求め、どこに資源の偏在性を求めようとも、企業の内外を問わず、こうした橋渡し活動が重要になることを忘れてはならないだろう。」とありました。(「かもしれない」はちょっと悔しい書きぶりですが、)よくわかりました。忘れずに考えていきましょう。


 武石先生、青島先生、軽部先生、大変ありがとうございました。


「余談」
 この書のキーワードである資源動員の「創造的正当化」(「Creating legitimacy」 for resource mobilization)は、日本語として今後広まっていくのでしょうか。もう少し文学的でアイ・キャッチングな言葉を探しませんか?先生方。



(i)武石彰、青島矢一、軽部大、2012.3.「イノベーションの理由」有斐閣



記事一覧へ