知的クラスター10年の総括


俯瞰工学研究所の松島克守のメルマガです。第15号を送らせていただきます。


◆このメールマガジンは、松島克守が、東京大学教授、そして(社)俯瞰工学研究所の代表としてこれまでに名刺交換やメール交換をさせて頂いた方々に送らせていただいております。またこのようなMLはメールボックスのご迷惑と感じられる方もあるかと思います。ご遠慮なく不要のお申し出をくださるようお願いします。また、内容等についてもご遠慮なくご意見をいただければ幸いです。


皆様

◆季節のご挨拶◆
さすが3月ですね。寒気も緩みました。鉢植えのブーゲンビリヤは冬の間、小さな芽だけ出してずっと様子を覗っていましたが、動きだします。植物のどこに温度センサーが組み込まれているのでしょうか。ずっと昔、カポックの葉にセンサーをつけ、ライターで炙ると悲鳴が聞こえるという実験をしている先生がいましたが。年度末、そして新年度とこれは正月を迎えるような気分です。


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・知的クラスター10年の総括
・イノベーションのプラットフォーム
・エネルギー輸入が急増、貿易収支赤字!
・エルピーダの倒産
・日本製造業のパラダイムシフト
・棲み分けと領空侵犯
・今年は世界中政権交代ですが日本は?
・プーチン当選と北方領土
・クリエイティブ・クラスが集まる二子玉川に
・ビジネスモデル学会春季大会開催迫る!
・頭のよくなるクッキング
・デジタル書斎の構築7
・書評 : 「サイゴンから来た妻と娘」「サイゴンの一番長い日」
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◆知的クラスター10年の総括◆

 浜松の知的テククラスター事業、長野県の知的クラスター事業の二つに関わってきましたが、何れも5年2期10年が終わり、その総括の会議に出席しました。直接関わったのは約5年ですが、一つの区切りを感じさせました。


 楽器・電子そしてオートバイ、自動車で高度成長を成し遂げた浜松地域も次の中核産業としてオプトロニクスすなわち光学とエレクトロニクスの融合で新産業の創出を図っています。月1回の研究会を10年続けるとか、傍目で見ても関係者がものすごい努力をされて来たと思います。結果、まだまだ課題と伸び代は残っていますがイメージング機器クラスターに成長して行くでしょう。


 長野県は信州大学の遠藤守信教授のカーボンナノチューブ研究から始まり第2期では連携を広げてナノテクノロジーを核とした製品の開発に注力しています。これも様々な製品が開発され、商品化の道を拓きつつあります。カーボンナノチューブについては安全性についても高水準の研究がされて来ました。ここでも関係者の方々のものすごい熱意と決心を感じます。


 途中、「仕分け」というある意味ノイズも入りましたが両地域ともそれをいい意味の刺激と受け止めて前進したと思います。


 大学の研究成果を10年掛けて産業化するという知的クラスタープログラムでしたが、率直に言ってまだ対岸の産業には届いていません。いくつかの仮橋が掛ったといっても、その間に川があり対岸に届かない技術があります。そして、この川、一般には「死の谷」とか言われています、このプログラムでは谷より川くらいの感じですが、会議の報告を聞きながら、これはいったい何だろうと考え始めました。先端的な知識を磨いて行くだけでは産業になって行かないのです。これは他の多くの地域の産官学連携のプロジェクトに関わっての認識です。個別の技術を磨く以上に、イノベーションのプラットフォームの構築が重要だと結論しています。
http://www.optronics-cluster.jp/

http://www.tech.or.jp/cluster/


◆イノベーションのプラットフォーム◆

 個別の先端技術は魅力的でわくわくさせます。研究者、技術者はこの磨きに夢中になります。これは問題ありません。イノベーションや新産業創出のプロデューサーの仕事はこれとは別の仕事です。イノベーションのプラットフォームを構築することが本質的な仕事です。産官学連携のプロジェクトは、それまで連携出来ていなかった、研究者と新規事業のシーズを求めていた企業そして、地域経済再生の政策担当者の出会いの場を作り、ルツボ化して合金を作る機能を実現してきたと思います。紹介した知的クラスターはまさにこれでした。地域の連携組織、地域を超えた連携のネットワークもできました。製品のプロトタイプも出来ました。それでも産業やビジネスになかなかなりません。


 ビジネスイノベーションを起こすには、イノベーションのプラットフォームが必要です。個別の技術開発プロジェクトはこのプラットフォームの上でビジネスになるのです。そのプラットフォームの一つの機能が技術移転のためのルツボ化の機能です。これに加え、起業のスペース、資金供給、税制支援、知財管理、マーケッティング、人材育成、安全試験、生産技術、サービス開発、そして、必要な才能を短時間に集めることが出来る集積、快適で楽しい街、多様性を受け入れる地域文化、安全安心の生活インフラ、小中高の優れた教育システム・・・これらが構造化されている地域の代表例がシリコンバレーでしょう。プラットフォームのデザインがいま私が最も興味を持っている研究テーマで、同志を集め研究プロジェクトを起こしたいと思っています。


 既に最初の行動として、浜松の新技術や知識を世界のニーズとマッチングするサイトを開設しました。次に、日本の「才能」を集めてビジネスイノベーションとマッチングするサイトを開設しようと計画しています。また経緯をご報告します。

http://www.technonet-japan.info/


◆エネルギー輸入が急増、貿易収支赤字!◆

 財務省から1月25日に発表された貿易収支の速報では、昨年はエネルギー、原材料で対前年比約8兆円の輸入増で、震災とタイの洪水の影響か、自動車と半導体を中心に約2兆円の輸出減です。貿易収支は約2兆円の赤字になり、市場は円安に振れました。市場は深刻な状況だとみていると云う事です。円安で輸出企業は採算でホットでしょうが、原材料・エネルギー輸入は円安の分だけ割高になります。さらに製造業は海外生産を推進します。原発再開の是非ではなく、エネルギー問題について本質的な議論を国民レベルで議論しなくてはいけません。


 政府内部でもエネルギーの「ベストミックックス」の議論をしているようです。原発の可否だけを議論する「市民活動」的ではなく、国民も感情的ではなく俯瞰的な認識に立って議論に参加し、そして来るべき選挙に備えるべきです。政府内の議論のキーパーソンは、枝野通産相、細野原発相、古川戦略相です。口を出す政治家は他にもあるでしょう。


 現実解、それを国民が受け入れないと、どうしようもない政局専門家と技術専門家、感情的な市民活動家の迷走を許します。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=2


◆エルピーダの倒産◆

 日本の半導体産業の最終的な集約の企業であるエルピーダが倒産しました。時代に同期できない企業の末路でしょうか。10年ほど前、半導体業界は、国家プロジェクトの「アスカ」と「ミライ」をやって再生を図りました。企業側がどうのように受け止めたかは疑念が残りますが、確か微細加工を進め集積度を上げるのが基本だったと思います。おせっかいにも、日比谷の富国生命ビルにあった、プロジェクトオフィスを訪ねました。説明を聞いた後、失礼にも「これでは日本の半導体産業に明日も未来もありませんね」と申し上げますと「そうですね」と清清しい答えでした。ここに日本の文化の弱さがあります。革新的な方向転換を指導するリーダーシップがありません。漠然とは言いませんが過去の成功線上に目標を設定して何とか頑張るというのが悪しき日本文化ではないでしょうか。そして建前の本音の乖離。


 アメリカでは1社が生き延びていいますから、日本では生き残れないというなら何が差違でしょうか。産業人の意識のイノベーションが必要だったのでしょう。


◆日本製造業のパラダイムシフト◆

 「アップルとIBM 米IT、2つの復活劇 日本に欠ける産業蘇生力2012/3/9付日本経済新聞 朝刊」の記事がありました。


 「創業100年を迎えたハイテク界の古豪、IBMだ。同社の株価は今月初め、創業以来初めて200ドル(株式分割調整ベース)の大台を突破し、米株式相場全体のリード役に躍り出た。同じく一昨年に創業100周年を迎えた日立製作所とIBMの売上高はほぼ同水準だが、収益力の圧倒的な格差を反映し、株式時価総額は日立の2.1兆円に対し、IBMは18兆円強と10倍近い開きがある。」


 先日は東洋経済に「アップルになれなかったSONY」の特集がありました。両社は必至で再生の努力をされていますが少なくともこれまでは経営戦略とその実装に間違いがあったということでしょうか。過去10年の経営革新の日米の差違です。


 パナソニック、シャープも記録的な赤字で再生を期していますが、自動車の運転に例えると、日本の製造業は急カーブが続いたこの10年間、ハンドル操作が間に合わずガードレールにぶつかり、あるいは脱輪状態、そして谷底転落の様相です。明らかにビジネスモデルのパラダイムシフトができていません。


 ソニー、パナソニック、シャープ、そして他の電機企業たとえばエプソン、リコーも、これまでのビジネスモデルは、
 先端技術→高機能製品→高付加価値→ブランド・収益
でしたが、「アップルの時代」は、
 時代感覚→商品企画→顧客価値→ブランド・収益
というビジネスモデルにパラダイムシフトしています。IBMの復活もこのモデルで理解できます。このビジネスイノベーションをリードしたのは、ジョブスとパルミサーノのリーダーシップです。経営者の育成プロセスと選考プロセスに、日本も得意の改善をする必要がありますね。

アップルとIBM 米IT、2つの復活劇
http://business.nikkeibp.co.jp/article/nb100/20110921/222740/


◆棲み分けと領空侵犯◆

 日本文化についてもう一つ。日本人は「棲み分け」に腐心します。狭い土地で限られた水利の稲作では重要な文化であって、これが日本人に染み込んでいるのは解ります。今日的には九電力体制が好例です。この「棲み分け」は強力な現状維持勢力になります。経団連がこの好例で、会長の東電応援の言動がその象徴でしょう。上記の日本製造業の凋落も社内の棲み分け文化の影響があると思います。ソニーでも内部で棲み分け出来ず、はみ出たSCEがゲームという新規分野を拓きました。


 既に、産業の境界はずっと以前から消滅しています。いわゆるIT業界とネット業界、広告業界とネット業界そして、小売業と製造業、グローバリゼーションで経済の国境も消えています、いま電気自動車で自動車業界と電機業界の境界消えていますがまだ従来の系列でモノ作りに拘泥していると、新興国に抜かれるでしょう。境界は消滅しているのに、自分で勝手に境界を意識して棲み分けるのが日本人です。さらに奥ゆかしく少し引いて。結果はガラパゴス化で産業の凋落です。スマフォやタッチパネルは典型です。各々が少しずつ引くと隙間が広がります。その隙間に重要なモノが、コトが落ちていませんか。たとえば、今もっと盛り上がっていいはずの地熱発電の議論、これ経済産業省と環境省の隙間に落ちているように思います。


 日本を、日本企業を変革していくためには消滅した境界を大事にするのではなく、もっと領空侵犯を恐れないことではないでしょう。領空侵犯で互いに遭遇した時にイノベーションが生まれ、市場で強いものが残るのでしょう。そうしないと何も変わりません。ベンチャー企業が好いのは初めから境界がないことですが、ベンチャー企業の力には限界があります。やはり日本株式会社のメジャープレイヤーが、IBMやGEのように新生していかない日本は「経済強国」になれません。「経済大国」は最終的には人口ですから中国、インドが有利ですから日本が目指すものは「経済強国」です。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2748.html
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/4270/imanishi/segregation.htm


◆今年は世界中政権交代ですが日本は?◆

 永田町の混迷はさらに混沌の度を増していますが、もとはと言えば国民が選択した結果です。前が酷かったので、希望を託したのでしょうがあまりにも期待外れです。この仕分けは、国民がするしかありません。現在の政党をスクラッチにして、正論革新党と保守現状党に分かれてもらい再度選挙で決めるしかありませんが、そのリーダーも思いつかないのでやりきれない思いです。それにしても急がないといけません。財政改革もTPPも先延ばししても自然に解決する問題ではなく、むしろ悪化するだけですから。TPPで農業が崩壊するという議論がありますが、すでに崩壊する部分は崩壊しているのが現状だと思います。そして現状維持が、やる気のある人の足を引っ張っているように見えます。TPPは開国という大人の気持にならないといけません。国民がもっと政治の議論をして大人にならないといけないです。今、大人の議論が急がれるのは北方領土問題です。


◆プーチン当選と北方領土◆

 プーチンが大統領に就任しました。なんといきなり北方領土問題を切り出してきました。日本と経済協力で製造業、取分け自動車産業を興したいと思っていると思います。郷里のサンクトの自動車産業も始まったばかりです。ウラジオストックの自動車生産も動き出しました。日本海沿岸の自動車部品企業には大きなチャンスです。韓国の慶州は現代自動車の拠点です。競争ですね。


 ここで問題は、プーチンは、昔ソ連が約束した歯舞、色丹2島の返還であって、4島返還ではないと思いますが、日本は勝手に4島返還の交渉ができると勘違いしていると混乱します。2島返還のロシアと4島返還の日本で並行していては決着できません。3島、あるいは3.5島返還を受け入れる大人の議論ができるかが課題です。または潜在主権を認めさせたうえで一定期間の部分的な利用権など、というと怒られるでしょうが、ドイツはオーデル・ナイセの新国境を苦渋の選択で承認した歴史もあります。しかし、ベルリンの壁の崩壊と時を同じくして素早い対応でコール首相は東ドイツの回復をゴルバチョフと決着し、歴史を作りました。そして今や大統領も首相も東ドイツの出身者ですね。


 この時が北方4島回復の絶好の機会でしたが、時の橋本首相は何も出来ませんでした。それにつけても歴代のドイツの首相やはり凄いです、羨ましいほどです。こうしてみると核の密約で沖縄返還した佐藤首相、アメリカの承諾なしに日中国交回復をした田中首相も再評価されるべきでしょうか。田中首相は後である意味で仕返しをされた気もしますが、そして小沢さんも?


 昨年サンクトペレルスブルグに行った時、かなり親日的で、インテリの人が「日本人は第2次世界大戦の結果を受け入れるべきだ」と言っていました。これがロシア人のふつうの感覚でしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/オーデル・ナイセ線


◆クリエイティブ・クラスが集まる二子玉川に◆

 このメルマガの13号の書評で紹介した「クリエイティブ都市論」のリチャード・フロリダのキーワードは「クリエイティブ・クラス」です。リチャード・フロリダは、クリエイティブ・クラスと定義づけた職業の人々が経済成長の原動力であり、彼らは住み心地のよい都市に集積し、その都市は成長するとしています。そのクリエイティブ・クラスの職業は、スーパークリエイティブ・コアと呼ばれる、芸術家、デザイナー、メディア人、科学者、工学者、教育者、コンピュータ・プログラマー、研究者。と、クリエイティブ・プロフェッショナルと定義される専門家職業層からなります。米国では前者が職業人の約12%で、クリエイティブ・クラス全体で約3000万人としています。ちなみにクリエイティブ・クラス以外は、ワーキング・クラスと定義されています。ラスベガスのホテルなどで働く、単純なサービス従事者はサービス・クラスです。


 この定義に沿って、日本のクリエイティブ・クラスの数を国勢調査のデータで拾ってみました。


 まず全就業者数 61,530,202です。その内クリエイティブ・クラスとおぼしき職業の人口は、芸術家・クリエーター 584,275、専門的・技術的職業 8,541,93です。この850万人中でクリエイティブ・クラスと思しき職業人人口を拾うと、科学者148,460、技術者2,140,612、保健医療 医師251,108 歯科医師90,885、法曹 21,808、弁理士・司法書士21,252、会計士・税理士71,540、大学教員171,662、管理的公務員75,437、会社・団体役員1,098,255以上合計4,091,019 です。


 したがって芸術家・クリエーターの58万人と専門的技術者の中のクリエイティブ・クラスとされる400万人を足すと日本のクリエイティブ・クラスは約460万人で全就業者数6100万人の7.5%となり、米国の12%より落ちますね。絶対数も少ないですね。この数が国家間競争になるでしょう。


 ただ、この芸術家・クリエイターは、ほとんど東京、神奈川、埼玉、千葉に集中しています。つぎは京都です。


 二子玉川の再開発地区の新築マンション約1000戸の住人はほとんどクリエイティブ・クラスだと思います。周辺の世田谷区は東京で最もクリエイティブ・クラスが集積していると思われます。これからは日本の成長を担うクリエイティブ・クラス、特に芸術家・クリエーターは各地域の奪い合いになります。ですから、二子玉川の街をクリエイティブ・コアにとって棲みたい街にするのがクリエイティブ・シティ・コンソーシアムの活動目標です。これから完成するオフィスビルにクリエイティブ産業の企業がどれだけ集積するかが勝負です。


http://ja.wikipedia.org/wiki/クリエイティブ・クラス


◆ビジネスモデル学会春季大会開催迫る!◆

 ビジネスモデル学会春季大会が東大本郷キャンパス工学部2号館で3月31日開催されます。大会テーマは「生活産業のアジア展開」です。製造業のアジア展開は広く認識され、また今回タイの洪水で厳しい損害を出したこともまだ記憶に新しいのですが、生活産業のアジア展開も凄い勢いで進んでいます。自動車産業や電子機器のアジア展開はそこに雇用を生み、その人たちが膨大な生活者としての需要を生んでいます。今その生活産業の需要を刈り取りに行くフェーズになりました。海外生産の受け皿としてアジアを考えている人は時代と同期できていません。コンビニ各社のアジア出店計画は凄いですね!これは歴史的なひとコマです。


 基調講演者は経済産業省経済産業政策局長 石黒氏に、特別講演者はアサヒグループホールディ ングス 古田土取締役、資生堂中国事業部マーケティング開発部 大亀部長です。わが国の生活産業のアジア展開に関するマクロ的な動向やリーダー企業の知られざる物語、及びビジネスモデルを考える上でのヒントは、きっと参加者のご期待に応えます。スケジュールに書き込みましょう。この1日で半年分の知識が得られます!もしかしたら新しいキャリアも。そして脳のコンテンツのバージョンアップが出来ます。いつも最新のソフトでコンピュータ(脳)使っていますか。


 5月末に予定されている、ミャンマー視察団の企画もお見逃しなく!貴重な機会です。
http://www.biz-model.org/


◆頭のよくなるクッキング◆

 30年ほどまえ、「頭が良くなるクッキング」という話をしていました。PDCサイクルを数多く回す事で頭の回転能力が強化されます。料理は個人で出来て、かつ2-4時間でPDCが回せるし、健康に良い食材はさらにそれを補強するという理屈でした。以後30年料理は趣味になり、料理に没頭する時間がリフレッシュとストレスリリーフの時間になりました。という話で下記のURLのブログ書いています。


 今回はLekueのスチームロースターという道具の話です。シリコンで出来た不思議なクッキングツールです。詳細は下記のURLで見てください。スペインの企業ですがシリコンの面白いキッチンツールを発売しています。スチームケースは独創的です。中に材料と調味料を入れて電子レンジで数分、おいしい焼きと蒸しの中間的な料理が出来上がり。時間も手間も後片付けも簡単です。炒め物といった方がいいでしょうか。形もユニークです。お勧めは「野菜炒め」です。野菜を切って、ボウルの様なその容器に入れ、サラダオイル、塩コショウ、顆粒のスープの素、水100CCほど入れて混ぜ合わし、口を閉じて、もやしなどの場合は2分くらい、芽キャベツなどは8分くらい電子レンジで加熱、これで野菜炒め完成です。このツールの使い方を考える時が、「頭がよくなる」時間でしょうか。料理が好きな方はぜひブログにフィードバックください。


http://www.proffukan.com/
http://www.lekue.jp/
http://www.lekue.jp/57/newstopics


◆デジタル書斎の構築7◆

 情報収集の次の段階は、情報の分析ですが、これは訓練が必要なプロセスです。統計分析、キーワード分析、ネットワーク分析・・・いずれもツールとそれを使いこなすスキルが必要です。それ以前に重要なことは、問題意識の視点です。収集の段階でも重要と言いましたが。此の視点があれば分析は人に頼めますから。といっても何も出来ないのも可笑しいですね。数値データはExcelが使えればかなり高度な分析が出来ます。ブレインワーカーを自認する、または目指す人はExcelのスキルを磨くべきです。殆どの分析は出来ますから。


 とりあえず経済データの収集と分析が1か所で出来るサイトを今回は紹介しておきます。ここではデータのグラフ化がすぐできますので、分析の視点があれば極めて有用です。例えば中国とインドの一人当たりのGDPの推移の比較などすぐできます。Excelを知っていればあまり使えなくて使いえます。


http://ecodb.net/


◆書評◆

 今月のご紹介は、
「サイゴンから来た妻と娘」(文春文庫1981)、
「サイゴンの一番長い日」(1985)近藤紘一 (文春文庫1985)
です。


 本書はベトナム戦争末期にサンケイ新聞サイゴン特派員だった近藤紘一氏のエッセイというか日記というかそんな本で、これまでの書評で取り上げた本と少し毛色が変わっています。なぜ読むことになったか定かでないのですが、アマゾンのカートの中になぜか入っていました。どこかの雑誌か書評にあったのでしょう。前書は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。面白く読みました。


 記述によれば大家とのトラブルで、殆ど偶然というか行き掛りで、サイゴンの下町の年齢不詳で元女番長の「妻」のところに転げ込んで結果として結婚することになり、その「妻」には娘がいたという話です。結婚の動機としては最初会った時『ダリアのような笑顔』が印象的だったそうです。クーラーのある部屋は「妻」部屋だけですから。


 文体が洒落ているわけではありませんが、柔らかで優しく、力みがなくかつビビッドで、映画フィルムを見ているような錯覚に陥ります。多分、私が若い時に見たベトナム戦争の映像が頭に残っているのでしょう。文体は著者の彼の人柄を感じさせます。これは私の知っている幾人かの産経新聞の記者に共通した感じで、多分この新聞社の空気を反映しているのでしょうか。ほかの新聞社が特に硬いとは言いませんが。


 この本で興味深いのは、1975年4月30日のサイゴン陥落直前の、サイゴンの混沌と混乱の街の情景の描写です。戦争中でありながら庶民はすっかり戦争と共生状態にあります。またサイゴンの生活はある意味豊か、特に食生活は、自然とも共生していることです。


 私はサイゴンに1995年に初めて行きましたが本当に、人も道路も家も屋台のような店も、ぐちゃぐちゃで「アジア的」でした。建ったばかりの外資系ホテルに泊まりましたがその周辺は「アジア」そのものでしたから、1975年当時はもっとアジア的だったのでしょう。しかも外国人が絶対住まない、下町の貧民街に住んだのですから凄かったのでしょう。寝ていると顔の上をゴキブリが沢山歩いて行く、とも書いてありますから。殺虫剤を使たったらバケツに一杯くらいとれて、毎日とれるのであきらめたともありました。食用の鶏、ペットのサル、犬、猫、ニシキヘビが大勢の子供と一緒に暮らしていたともありました。家の裏はごろつきや娼婦のたまり場であったようです。


 この世界から転勤で「妻」と「娘」が東京に来たわけですが、その時の東京の印象が凄く興味深いですね。「妻」いわく、「ここではどうして皆メランコリックな顔をしているの?」です。1975年当時の東京はオリンピック、万博の後の高度成長真っ盛りの時期で、相当元気な時代だったと思いますが、難しい顔を日本人はしていたのでしょう。成長に急き立てられて疲れていたのかもしれません。ともかく日本人は暗い!もっと明るくやりましょう。


 戦時中であってもサイゴン市民の方はおおらかに暮らしていたのでしょう。「妻」はお釈迦さまとご先祖様以外の一切の権威を認めていませんし、国家を頼っていません。完全な自主独立です。また大変な食道楽で東京の刺身と霜降り肉に夢中になり家計破綻の淵まで行きました。


 「娘」は生まれて初めて革靴を履き東京を歩き回り車の洪水や、高層ビル、豪華なショーウインドウにはあまり驚きを現さなかったが、清涼飲料の自動販売機にはひどく感銘を受けたようで日に何回も小銭をねだって、缶が出てくるのを喜び、「サイゴンにあれば便利だけど一晩でお金もジュースも盗まれてしまうね」といったそうです。パンはフランスパンで育っているので四角な食パンは高級品と思ったようです。冗談にサイゴンに帰ろうかというと「いや東京がいい、ギンザもチカテツもあるし、キレイだから」とすっかり東京が気に入ってしまったようです。小柄できゃしゃだった身体は東京で凄く大きく成長しましたと。「妻」の「娘」に対する教育が体罰中心のスパルタ教育です。強く生きよ!このすさまじい教育哲学?は凄いです。とんでもない「娘」の性教育という所もありますが紹介は割愛します。


 終始、観察者の目線で「妻と娘」の描写が進みますが、その背景にごく薄色に、パリに一緒に留学もした、死別した最愛の前妻の残照が感じられる文様です。「サイゴンの一番長い日」は1975年4月15日に、危機迫るサイゴンから「妻」を東京に送り出してから、4月30日の南ベトナム消滅の日、そしてその後の日記風のドキュメンタリーです。


 危険だからすぐ帰国せよ、という会社の指示、命令をあれこれかわしながら、サイゴン陥落、国家消滅の現場を取材しようとする新聞記者の根性が凄いですね。最後にアメリカ海兵隊の脱出が手間取って、北側に最後の時間的猶予を乞うくだりもあります。その最後のヘリが飛び立った大統領官邸の屋上には2度行きました。今でもヘリが飾ってあるのでしょうか。この辺を歩いた実体験の通りや教会などの映像と、この本の語りが融合して、キュメンタリー番組を見ているような感じで読んでいきました。


 最後のサイゴン政府は混乱そのものです。元々三国志の時代の状況で近代兵器を使った戦争をしているわけですから。グエン・カオキ将軍とかチュー大統領とか懐かしい名前が出てきます。南ベトナム政府の末期の数年は政権中枢が混乱して権力者は政争に明け暮れし、政権交代劇が続き、国の行く末を誰も考えていないようでした。彼らはほとんど米軍と一緒に国外逃亡しました。滅びるべくして国家は滅んだのです。これに、安倍、福田、麻生、鳩山、管、そして野田総理へ続く日本の権力中枢の混乱と迷走がだぶってきていやな感じになりました。


 サイゴン陥落の4月30日の午前8時くらいから喧噪の街の異変が始まります。サイゴン川の河岸に市民が荷物を持って集まりました。30分後には屋台もすべて消えサイゴン市民が河岸まで追い詰められた風景になります。空には行先を失った航空機やヘリが乱舞しています。そこに革命政府の旗を立てた宣伝のジープが走り抜け、人々に冷静な対応をよびかけていく。そのあと街のあちこちでベンチや車の屋根に革命政府の旗を掲げた工作員と思われる若者が立ち上がり、それを人々は唖然として見上げていた。この瞬間数万人の群衆はわずか20名足らずの若者に支配され、騒動も混乱も起こらなかった。そのあと整然と北ベトナム軍は街に入り進駐しました。北ベトナム軍は4方向からサイゴンに突入し、一部に銃撃戦があったようですが、基本的には極めてあっけなくサイゴンは陥落しました。


 さすが新聞記者です、大使館に避難していたのに、もう街に出て進駐してきた北ベトナム軍の兵士に「どこから来たの」と話し掛けています。電話もなんとか通じているようです。知人宅にも出かけています。


 1台のジープが大統領官邸に入り執務室で待っていたミン大統領と直立で対面しました。ミン大統領が「現在をもってすべての権限を委譲します」というと北の指揮官は「将軍、あなたにはもはや移譲すべき権限は何一つありません」と。別の日本人記者は同席していたようです。


 翌日はなぜか5月1日、メーデーです。もう北ベトナム軍はパレードを行い、市民は屋台を開業し縁日の様です。中華街は一面革命政府の旗と中国国旗であふれて熱烈歓迎ムード、この現実対応力はすごいですが、いつから革命政府の旗を用意したのでしょうか。旧国旗は踏みにじられています。彼はカメラを持って歩道から北ベトナム軍が車でホーチミンの写真を掲げてパレードするのを写真に収めていると、むこうから車を止め、もっと近くの正面で取れて合図されたとあります。命知らずの記者魂です。


 一国の崩壊、首都陥落がかくもあっけないものでしょうか。日本でも似た風景が、明治維新の江戸無血開城、そして米軍の厚木から東京へ進駐とあったはずです。もうあってはならない風景ですが、経済的には今のアテネ市民の気持ちはこれに近いでしょうか。日本は出来るだけ早く安定的な政権を作り、国政改革、財政再建をまじめにやらないと、再び「国敗れて山河あり」になりかねません。



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◆俯瞰 MAIL 0015号(2012年3月11日)
発行元: 一般社団法人 俯瞰工学研究所
発行責任者:松島克守
URL: http://fukan.jp
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※本記事は松島克守氏の許諾を得て、再録したものです。


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