第4回 九州のアジア力〜初めての重慶ミッション


九州アジア力の実力は?
 5月23日付日経ビジネスは、九州特集、副題に巨大アジア市場をつかむ潜在力とあります。震災前の企画予定を変えて、九州に着目。歴史的にも地理的にもアジアの玄関で、東芝、NEC、キャノン、リコー、京セラ、オムロン、ソフトバンクの創業者はいずれも九州出身。そんな日本の革新の源流が今、再び熱くなっている、というのが編集長の視点なのだそうです。


 一方で、九州の中には、アジアの玄関という割には、貿易量や海外投資件数など見てもビジネス実体が伴っていないのではないか、という焦りといらだちを伴った嘆きも聞かれます。


 九州局がまとめた「九州経済国際化データブック2010」によれば、九州のアジア度は、海外進出件数、輸出額、外国人入国者、国際航空路線数、姉妹提携自治体数でそれぞれのアジア比率が全国平均を大きく上回ります(輸入額のみ下回る。)。まあこれは、アジア志向の度合いが高いということでしかありません。問題はそれぞれの項目の分母の量です。


 輸出額は、九州の全国比率は、年々伸び、2000年5.8%から2009年で7.6%となっています。これは、輸出向け自動車生産の増大に伴うものですが、欧米向けのものは、博多港、門司港から大阪港、名古屋港、横浜港を経て輸出されるので、実際にはもっと多いとの話。


 海外進出企業累計(1986年〜2009年)では、1042件で、全国の4.8%のシェアということだそうで、全国の1割経済という九州からみるとぱっとした数字ではありませんね。でも実は、90年代の盛んに海外展開した企業もあったが、中国進出の不調とアジア通貨危機で海外展開に失敗した企業も多く、その後慎重になったという話もよく聞きます。


重慶ミッション
 先日、福岡商工会議所を中心に行政も入った重慶経済訪問団(6月1〜4日。福岡商工会議所河部会頭・九電工会長)に参加してきました。ほとんどの参加者が初めての訪問でしたが、57名と大きな規模になりました。


 九州経済界の中国への関心は、上海と周辺の江蘇省、そして、環黄海の大連、青島、さらには内陸に入って瀋陽といったところでしょうか。重慶は、遠くて、九州の中小企業の関心は、そう高くはないのではと思っていました。



 やはり行って見て、重慶のイメージが大きく変わりました。重化学工業の集積で大気汚染、水質汚濁に苦しむ街でもなく、後進的な内陸部でもありません。その西部の中心の第四の直轄市として国の威信を誇る風格のある大都市であり、現在最も激しい都市開発、経済産業開発が進行中の戦略的な経済産業の拠点でありました。


 林立するビジネスビルと高層住宅ビル。深センや広州、上海で見てきた光景です。



 中国の経済発展の構造が変わってきました。開発の重点が過熱気味・バブル気味の沿岸部から西部内陸部に移り、昨年から開始した両江開発新区が大車輪で動いています。両江というのは、長江とその支流の嘉陵江を指します。その開発モデルはまさに上海浦東で、黄奇帆重慶市長は、浦東開発の責任者(上海浦東新区管理委員会の副主任)でした。


 政府所有の不動産が経済発展で、高く売却(実際は長期間貸与)され、その利益を国と地方政府で折半。経済インフラの整備や企業誘致のインセンティブに予算化し、それがさらなる経済発展と高い政府収入につながるという中国不動産×経済発展モデルです。


 ヒューレード・パッカード社が進出し、年生産8000万台を目指しているなど欧米の国際企業の進出が活発だとか。


 河部団長は、「重慶市は、北海道の面積で、3000万人の人口を考えると、九州全体との交流を考えていくべき。これから人の流れ、物流を作り出していくために、観光交流、物流の拠点作りから始めていこう」との明確なメッセージを発出されました。また、先方からの提案で、福岡に観光事務所、福岡・重慶の直行便の開設などを検討していこうということになりました。


 昨年秋に訪問した福岡貿易会の甲斐専務は、内陸部の経済発展と市場拡大を考えると、むしろ出遅れのリスクを痛切に感じたそうです。ちなみに、今回のミッションは、朱大明福岡重慶事務所長(福岡で火鍋レストランも経営)と甲斐専務のご尽力で実現しました。


九州人脈に脱帽
 現在の重慶市党委員会の薄熙来書記(共産党は、行政に対し、指導的地位にあるので、重慶市のトップ)は、前商務部長で、大連市長、遼寧省書記時代から、特に北九州、福岡とのご縁が深い方です。



 薄書記との表敬訪問と昼宴席へのご招待を頂きました。瀬野総領事曰く、極めて異例の会見と昼宴会が実現した、年に一度あるかどうか、なのだそうです。


 末吉興一前北九州市長は、90年代から大連の環境モデル都市構想の中で、環境協力をとことんやってきたそうです。その協力は、1995年頃がピークで、薄書記とは、戦友というのが相応しいんですよ、と言われていました。北九州は、UNEPのグローバル500賞を1990年に受賞していますが、大連も2001年同賞を受賞、北九州と大連でダブル受賞しました。


 末吉さんがこれからたいへん懸念している事があると言われて、中国の急速な高齢化とそれに向けた国境を越える協力体制を構築すべきと、薄書記に訴えられたのはさすが目の付け所と切り込みが違うと唸ってしまいました。正に前回報告のアジア向SWC(スマート・ウェルネス・シティー)のような話になるのですが。


 また、「大連福岡未来委員会」も薄熙来書記が大連市長時代に提案したものだとか。正興電機製作所の土屋会長のことも老朋友と懐かしげに握手をしていました。


 今回、通訳をされた青木麗子さんは、ここ30年の福岡・九州の日中交流の現場を一番立ち会われた方でしょう。江沢民、朱鎔基、胡錦涛、習近平(一昨年、地方で唯一北九州、福岡を訪問)ら国家要人来福時の通訳をされました。現在は、ビジネスコンサル会社や「香港経由で検閲なしに日本の情報を発信する通信会社 JAPAN ONLINEを経営されています。今年3冊目になる「明日への扉。日中新時代へ」を上梓されました。勿論、薄熙来書記とも何度も会われているとか。福岡県の江蘇省との経済交流は、外務省からも高く評価されているとのこと。


 重慶から一泊で上海に立ち寄り、福岡県人会との懇談。福岡県人会は、上海で最初に組織され、500人が在籍、県人会では、最も活発だそうで、これも福岡県・市が合同事務局となっているおかげなんだそうです。


環黄海環境経済圏を目指して
 昨年8月赴任以来4回目の海外出張になりましたが、前3回は、環黄海関係で、北京、ソウル、青島、大連、瀋陽に行く機会を得ました。まさか地方局にこんなに海外出張があるとは思いませんでした。


 黄海の沿岸部は、人口、GDPともに世界の5%相当を占める東アジアの中でも特に発展著しい地域です。九州経済団体連合会と九州局がこれまで10年かけて育ててきたものが環黄海経済交流で、日中韓持ち回りで、10回にわたる会議を開催してきました。当方は、九州経産局・九経連が事務局で、北京の商務部、ソウルの知識経済部がカウンターパートというユニークな体制ですが、特に中国は、実践的な交流を評価しています。


 昨年の秋には4巡目のトップを北九州で開催しましたが、中韓からは250人が参加、800人弱の大会議になりました。詳しい内容は、また別途の報告にしたいと思います。


 九州の中で様々な官民の取り組みが動いているので、地域毎、分野毎に連携して、オール九州でのアジア展開力になるような官民で政策+ビジネスのプラットフォームを作っていくというのが九州成長戦略アクションプランの狙いとするところです。

 九州のアジア力は、産学官のアジア志向の人、組織、そして、様々な活動に現れていますが、長崎や鹿児島、熊本なども負けず劣らず盛んで、これはもう九州のDNAだからと言わざるをえません。




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