第27回「ポジティブ・オフ」その2〜よく働き、よく休む


 先日、観光庁でポジティブ・オフ有識者会議を開催しました。その中で、自律的なキャリア形成を提唱されている慶応大学の高橋俊介教授(ピープルファクターコンサルティング代表)と産業保健の観点からの東京大学大学院の島津明人准教授の話はたいへん興味深いものでした。


 これらは、観光庁から発行された「ポジティブ・オフ」〜企業における取組ポイント&事例集に収録され、HPに掲載されています。@企業における取組のポイント、A8社の企業事例、B上で取り上げた島津先生、高橋先生の解説、Cアンケートによる実態調査といった構成になっています。


http://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000187.html


今こそ仕事専念主義から脱却すべき

 高橋先生は、「ワーク」と「ライフ」は、別々ではなく、統合・融合していくべきもので、ワーク・ライフ・バランスから一歩踏み込んで、「ワーク・ライフ・インテグレーション」に向けた職場改革を図ることを提唱しています。


 日本は、専念をよしとする文化ですが、道を究めるという発想ではキャリアは狭まり、生産性も上がりません。仕事専念主義からの脱却を図らなければ、企業の将来はないとして次のような理由をあげています。


 第一に、キャリア環境における「想定外変化」です。戦後、仕事は分業化・専門化が進んできました。その一方で、経済環境の激変に伴う想定外の変化により、これまでの能力や経験が突然必要とされなくなったり、仕事の内容が全く変わってしまうという事態が生じています。仕事ばかりに没入していると、想定外の変化に対応する能力が退化します。したがって、仕事以外の世界を持ち、人間の総合的な能力をバランス良く身につけないと非常に危険であるといいます。


 第二に、よく指摘されていることですが、日本のホワイトカラーは、長時間ばたばたと仕事をしていても、生産性が低く、ワーカホリズム(仕事依存症)の傾向が高いことです。このような働き方は、「漠然とした不安」から逃れたいがためにのめり込んでいますが、メンタル不調に結び付きやすいといいます。


 第三に、会社・職場の中だけにいると、自分の人生、キャリアとはこういうものしかないと限定してしまうので、キャリアの自律を考えると、多様な人達と接する機会や刺激が重要です。


 さらに、今後、老親の介護や女性管理職の育児休業など事情を抱える人の割合が確実に高まります。したがって、常時誰かが休暇や休業中で、フルメンバーでないことを前提で組織が回る仕組みにすることが益々重要になってきます。そのため、電話会議を活用した在宅勤務やイントラネットを活用するなどもっと仕事を見える化・共有化するためのインフラ整備が重要です。


 また、このような世界の中で「浮いている」日本の働き方と人事マネージメントは、日本企業のグローバル展開の大きな障害になっています。


 組織の働き方と休み方を変えていくためには、経営トップのリーダーシップが必要です。ダイビングで人生が変わったという大前研一さんやフランス人の奥様と結婚し、働き方が変わったというトリンプ・インターナショナル・ジャパンの吉越浩一郎元社長などイケてる経営者がどんどん出てくることが期待されます。


メンタルヘルスの観点からも「よく働き、よく休む」

 島津先生は、オランダに留学された際に、欧州では労働時間が短い方にもかかわらず、高い生産性を上げていることに着目し、「いかに休むか」がポイントと考えたそうです。これまで産業保健は、うつ病をはじめとしたメンタルヘルスの不調をいかに防ぐかが中心でしたが、職場のメンタルヘルス対策でも予防のための働き方だけではなく、いかに休むかという点にも視野を広げていくことが課題であるといいます。


 休むことを積極的に考える必要性から、1 年間追跡研究をしたデータがあります。その結果によると、一生懸命働くが気分転換を上手にする人は、働くことの満足も高く、1年後のストレスの訴えが最も低く、逆に、一生懸命働くけれども気分転換をできない人は、ストレスが解消されないので、1年後のストレスの訴えが一番高いそうです。つまり、一生懸命働く人ほど休みを積極的に考える必要があるということがデータで科学的に示されました。ワーカホリックでない、「コミットメント型」の積極的な働き方は、休みがあってこそ成り立っているのです。


ポジオフに向けた企業の取組ポイント

 単に休暇取得を増やそうとしても、要員不足や連絡不足のため業務が停滞し、それ以上先に進まないということになるわけで、職場改革から進めていく必要があります。休暇取得・活用が進まない背景、課題には、業種・業態や職種の特性、企業の規模などの違いがありますが、「企業、家庭、社会の三方よし」のポジティブ・オフ活用に向けて、多くの企業に共通する職場改革の鍵となるポイントについて、三つまとめてみました。


 

1.経営トップからのコミットメントと組織文化の形成
経営トップが休暇取得・活用の重要性を理解し、「働き方の改革により、会社と社員双方に利益をもたらす好循環に転化し、気兼ねなく休める職場作りを進める」との理念とコミットメントがなければ、職場改革と休暇取得の促進は進みません。そして、人事当局や管理職にもその理念とコミットメントが共有され、役割・責任が明確になっていることが重要です。そして、中長期的に企業の組織文化として定着していくことが望ましい。


2.部署管理者を中心とした休暇計画の見える化
今後、育児や老親介護が常態化していくことを考えると「常にメンバーが欠ける状態に対応できる職場づくり」を進めることが重要で、かつ前提条件ともなります。多くの部署管理者は、煩雑な管理業務と成果目標を達成するプレイヤーの役割の両立を求められ、多忙であるがゆえに職場改革の遂行を阻む要因にもなりかねません。休暇取得による「部分不在」をカバーするためには、部署管理者が中心となって休暇計画・業務計画やこれらの進捗状況、不在時のフォロー役など役割分担を職場全体で見える化、共有するための仕組みを作ることと、コミュニケーション力を高め、業務の調整が円滑に進むようにしていくことが重要です。


3.業務効率化アクションの実行
アンケートでも現状改善に有効な取組として、最も支持されたのが「日常の無駄を省くなど業務効率化・生産性向上の取組」となっています。担当業務を主体的に見える化し、他のメンバーが代役を務めることを想定しながら、無駄や非効率の有無を検証し、部署全体でアクションプランを策定し、取組のPDCAを回し、部分不在に対応できる職場作りを行うことです。


 事例として取り上げられているダイキン工業は、90年初に時短推進のためのアクションプランを策定して、徹底した労使の取組により、休暇の取りやすい職場風土が定着し、有給休暇取得率は10年連続90%以上を実現しています。「休みが取りやすい優しい会社」ではなく、「自分の成長を目指し思い切り働き、それを続けるために休むときは思い切って休むことができるメリハリのある会社」を目指しているとのことです。


 有給休暇取得を後押しした制度として、@夏期9連休に合わせた有休の計画取得、A個人別の有休5連休連続取得、B半日有休付与があり、これらが有効に効いているようです。


 また、部門毎の時短推進委員会が定期的な労使の話し合いを元に、実績の芳しくない部門には厳しく改善を迫ることにしてきたそうです。


 欧米各国では、長期連続休暇(バカンス)と有給休暇取得が企業に義務付けられています。管理職は、有給休暇を完全取得させることに管理責任を負う仕組みであり、未消化休暇は、企業が社員から買い取ることになっています。しかしながら、我が国においては、経済界はじめこのような労働規制やバカンス法を設けることには強い反対論があり、日本全体での合意形成には程遠い状態です。その中で、日本的に有給休暇取得を向上させようとすれば、規制的措置の代替として、日本的な仕組みを考え、事例を参考にしながら、中長期的観点から働き方改革を定着させていく、いわば漢方的アプローチが重要であると考えられます。


 

(本稿は、月刊事業構想6月号の原稿を加筆修正したもので、また、個人としての見解であって、属する組織のものではありません。)



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