第22回 酒蔵ツーリズムの創造に向けて


私と酒蔵
 古い大きな白壁の蔵を見ると、心がときめきます(萌えるというやつでしょうか)。簡潔な機能美もさることながら、もうこんな蔵は、木造では建てられないと思うと哀しく愛おしく思います。特に、酒蔵は、100年以上のものも珍しくなく、古くからの蔵で早春に絞り立ての新酒を味わうのは格別です。この楽しみも実は福岡県南の筑後地域の蔵開きに訪れてからなのですが。昨年末に、茨城友部の世界一古い酒蔵の須藤本家(平安末の1142年創業!)で、御当主から奥深い話を聴いたのも楽しい思い出です。日本酒だけではなく、熊本の球磨焼酎の人吉、大分など焼酎の酒蔵も素晴らしい。


 観光庁に来てからは、酒蔵ツーリズムも担当することになり、出張の行く先々で酒蔵を訪問しています。伏見を皮切りに、会津若松、山形の天童・庄内、青森の津軽、秋田の由利本庄・湯沢、岩手といった東北各県、富山、能登、佐渡。最近では、松山、飛騨高山、灘、姫路、ワインの勝沼。



飛騨高山の玉の井酒造


 自分と仕事の上でのお酒の関わりは、いくつかあります(失敗は数え切れないほど?)。10年前に茨城県庁では、茨城産の酒米、麹、水にこだわった「ピュア茨城」プロジェクトに取り組みました。これは、茨城にこだわることにより、地元への認知度向上と販売強化を狙ったものです。


 また、経産省地域グループにいた2年前にクールジャパンの観点から「食と日本酒文化の輸出検討会」を企画していましたが、九州局に異動になってから検討会が立ち上げられました。平出淑恵さんと日本酒業界と知り合ったのはその時からです。このレポートがよくできているので、ご紹介します。
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2011fy/E001463.pdf>


「新酒祭り・蔵開き」から「酒蔵ツーリズムの創造」へ
 今年9月に内閣官房国家戦略室により「國酒等輸出促進プログラム」が発表されました。この中で、輸出促進に加え、「酒蔵ツーリズムの創造」も謳われています。これらが国家戦略として扱われるようになったわけです。「酒蔵ツーリズムの創造」におけるプログラムの内容は、官民で全国協議会を作るとともに、地域毎にも協議会や県単位での地酒応援団のような団体を組織すること、外国観光客や在日外国人向けに酒蔵観光のプログラムを作っていこうというものです。


 

 今年度末の全国の協議会の設立に向けて、キーパーソンから話を聞いたり、各県や蔵元さんから地域の取組や事例聴取、意見交換をしています。


 今後、酒蔵ツーリズムの「創造」に込めた思いを具体化していきたいと思っています。それは、異分野連携による融合とツーリズムという観点からの総合化ということではないかと思います。
具体的には、以下のようなものです。


 

 官民、国と地方、酒造業界と観光産業等関連産業の連携
 各方面のキーパーソンが連携し、知恵と実践が融合していくプラットフォーム・ネットワークを強化することです。例えば、日本酒青年経営者協議会の「酒サムライ」の活動の中で、海外展開や和洋のシェフとの協働により、酒文化の創造・発信を進めていますが、観光業界が加わっていくと、地域の若手リーダーの下、観光面でのイノベイティブな動きが出てくるでしょう。

◯地域毎の協議会等の組織化と相互連携
 古くから、各地で酒祭り・新酒試飲会などが行われ、また、酒蔵にレストランなども併設にして大型バスが入ってくるところも多くあります。また、最近では、蔵開きなども一般化してきているようです。


 今後、期待したいのは、地域ぐるみの連携活動を本格化することです。蔵元のみならず、観光団体や商工団体も主体になり、行政が応援する体勢を作ることが重要です。そして、例えば、郷土料理店との連携や酒蔵巡回コースや酒蔵目当てのファン向けの深いコンテンツ作りなど。さらに、通年型の酒蔵観光のための仕組み作りなども。灘、伏見は、古くから観光にも力を入れてきたところです。新潟の「酒の陣」は二日間で参加者10万人、広島の東広島(旧西条)では、一週間で30万人だそうです。


 やはり地域が主役ですので、期待するところ大です。地域の広い分野での連携が大事ですので、協議会という名称には全くこだわりはないのですが、新たな地域と分野の組織化・巻き込みということが大事です。


 最近では、佐賀県の鹿島酒蔵ツーリズム協議会(平成23年11月〜)、兵庫県の播磨酒文化ツーリズム協議会が設けられました。酒蔵が集積立地している地方と分散立地しているところでは、当然ながら誘客の手法に違いが出てくるでしょう。


 また、県単位で(埼玉県が埼玉地酒応援団を4年前から立ち上げている他、これまで来た範囲では、秋田県、新潟県、千葉県、長野県、京都府、広島県、佐賀県などが意欲的との印象)応援している例もあります。



富山岩瀬の満寿泉酒造


 

◯まちづくり・まちづかい
 軒を連ねる古い蔵並みは、街の格を高めています。もっと残せなかったものかと残念です。面白いのは、北前船で栄えた富山市岩瀬。蔵元の満寿泉さんが中心となり、この岩瀬の街を再建・整備中で、若手の工芸家を呼んで、アーティストビレッジになりつつあります。作品は、日本酒とともにニューヨークに直接、売り出しているそうです。


◯郷土料理等食文化、伝統工芸との連携協力〜和の連携
 酒はその地域の郷土料理に合ったものとして、育ってきたもので、地域の食文化と一体であり、地域の伝統工芸の酒器・食器とともに連携を強化したいものです。多くの酒蔵がレストランや居酒屋を併設し、それ自体大きな魅力ですが、さらに地域の外食店との連携も深めていくことが重要でしょう。
 外国人観光客誘致に関しても世界的な日本食ブームを活かす方策を強化していくことが重要です。
 和装も和の芸能も料亭も苦戦していますが、和の連携が地域を活性化します。


◯旅行商品の開発・仕組み作り、特に外国人観光客向けのプログラム
 観光業界の協力を得ながら、具体的事例を拡大していくことが重要です。北海道で行われているパ酒ポートのような事例の拡大。酒蔵ガイド等の人材育成も必要でしょう。
 まずは、在日外国人向けの日帰り・一泊ツアーのモデルツアーを企画することにより、受け入れ態勢を整え、裾野を広げていくことが重要です。
 また、通訳ガイドの中村悦子さんが日本酒伝道師のジョン・ゴントナーさんをガイドに京都と秋田における4泊5日の欧米向け酒蔵ツアーを進めてこられ、この度、日本旅行から商品化されたそうです。「酒サムライ」と訪れる全国酒蔵の旅というのも検討に値する企画かと思います。モデル的な地域の取組に対しては、観光庁のビジットジャパンにおける支援策の適用も検討していきたいと考えています。


◯協賛企業等からの連携プロジェクト提案
 企業、団体、大学等との「連携パートナー」の仕組みも作り、様々なプロジェクトの提案を受け、登録プロジェクトを実施していきたいと思います。実は、これには相当期待をしておりまして、あちこちで仕込んでおります。


最近の事例:鹿島酒蔵ツーリズム協議会と播州酒文化ツーリズム協議会
 昨年9月、富久千代酒造の「鍋島大吟醸」がIWCの日本酒部門でチャンピオンを取ったことを機に鹿島で6蔵が鹿島酒蔵ツーリズム協議会が発足することになりました。私も参加しました、11月の鍋島のお祝いの会で協議会のお披露目がありました。古川知事のバックアップの下、中村雄一郎鹿島観光協会会長のリーダーシップと鹿嶋市と佐賀県のご尽力の賜物です。


 平出淑恵さんからワインツーリズムにならって、地域で酒蔵観光を盛り上げていってはどうかとの提案がきっかけになっているとのことですが、「鹿島市から世界のチャンピオン酒が出たことを鍋島だけの名誉にするのですか、地域で分かち合うのですか?」という一言が効いたのだとか。


 今年3月の鍋島酒蔵ツーリズムには、例年数千人から3万人の訪問客があり、6割は、福岡県等県外からの訪問客で、嬉野、武雄といった周辺地域のホテル旅館が満室になったそうです。蔵元の蔵開きの日程を合わせ、地域一体で盛り上げ、受け入れ態勢を整備されたのだとか。今後、警備の態勢、酒蔵ガイドの育成、地元飲食店との連携、通年観光への仕組作りが課題だそうです。


 鹿島のような必ずしも全国的に名が通っている訳ではない地域でこのような地域連携と観光の視点から協議会ができたことは、新しいモデルになると思います。
http://kashima-kankou.com/sake_tourism.html


 そして、播州酒文化ツーリズム協議会も今年8月に発足しました。Facebookページの情報量が半端ではありません。行政側から強力に応援している飯島義男姫路市副市長によれば、播磨は、日本酒のふるさと。播州国の風土記には、日本酒の製造方法が記され、日本で最も古い酒どころの一つで、山田錦もこの播州で品種改良されたものだそうです。
http://www.facebook.com/harimasake2


 市職員の吉岡幸彦さんは、うまい居酒屋の独自認定する「吉酔連」の会長。全国52の居酒屋に拡がっています。


 これまで訪れた地域では、秋田の湯沢は、東北の灘といわれた酒蔵の多いところだそうで、木村酒造の大吟醸が今年のIWCのチャンピオン酒になっていますので、これを機に酒蔵ツーリズムの地域連携での取組を期待しています。大手と中小の酒蔵の調整が課題のようですが、秋田県がとても熱心ですので、楽しみです。



秋田湯沢の木村酒造


 また、佐渡や能登輪島も5,6の蔵がちょうどいい具合にまとまっています。


 飛騨高山は、7つの酒蔵が伝統的建造物の街並みに見事に息づいて残っています。高山の方は、郷土料理に愛着が強く、日本酒好きな方が多いようです。外国客に非常に人気ですし、酒蔵ツーリズムは、高山のためにあるのではないかと思うほどです。


 球磨焼酎の人吉をはじめ球磨川に沿って28の酒蔵が集中立地していて、球磨焼酎振興協議会の下、原料米の振興などを行っているそうです。観光交流まで視野を広げていただきたいなと思う次第です。


 酒蔵巡礼はこれからも続きます。


 (以上は、個人としての見解であり、属する組織とは関係ありません。)



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