第4回 機能・目的本位の人工知能(AI)-1




 最近、日本を含むアジア・欧米の技術者向けに行なわれたアンケート(注1)によると(図表「欧米・アジアにおけるテクノロジー・キーワード」)、今後の優先的技術キーワードとして、1位にクラウド・SaaS、2位にデータ分析という順位が、米国と中国が全く同じ、かつ各数字も同レベルでした。他方で日本での1位は人工知能(以下、AI)です。従来からの脳科学、IoTセンサーの絡みでの半導体デバイスそしてデータIT、応用領域としての自動運転や医療、そしてもちろんロボティックス等の各分野研究者から票が寄せられたとみられます。まさに、科学技術とハードウェア・エレクトロニクスそしてITが交差するホットスポットであり、今のトレンドを象徴する領域です。その結果、日本はAIの研究者は世界的に見て最も多いと言われます。



 他方、米国の技術者が挙げたキーワードでAIは2%と極端に少ないですが、そこでは厳密な意味での脳・コンピュータ科学、つまりテクノロジーというよりサイエンス領域という位置付けです。カナダを含む北米さらに一部欧州(特に英国)では、いま特にディープラーニング(深層学習)というAI領域のコア・先進技術開発が盛んですが、個々の開発担い手の新興企業群をみると、当然ながら、サイエンス的なニュアンスのAIというよりは、IoT、ビッグデータ解析領域とも重なって、通常のどんな意味合いかを示すタグ付きデータ(構造化データ)に加えて、画像やテキスト文書、言語・会話等、そのタグ付け作業が未了のデータ(非構造化データ)の収集処理の領域として取り組んでいます。つまり、図表の「データ処理&解析」です。実際、最近はPredictive data analyticsといった言葉を益々使いますが、それをもって即AIとは言いません。それがAIのコア技術領域であるにも関わらずです。そして、最近は、この「データ処理&解析」と「AI」の垣根が益々低くなっています。それだけ、データ処理技術が、本来サイエンスであるAIと言うに値するレベルになってきた、益々支え合っているということでしょう。本稿では、特にこの米欧でのAI領域開発のアプローチを、ビジネス視点で整理します。(注2)

 改めて言いますと、ディープラーニングというAIのコア先進技術は、よりデータサイエンス領域に含まれます。ここでの「データサイエンス」は二つの意味を含みます。一つは、AI自体は、先述のとおり、テクノロジー(技術)というよりはサイエンス(科学)領域として捉えているということ。知識ベースとしてしっかり定着しているWikipedia英文版では、以下のように定義しています。
Artificial intelligence (AI) is intelligence exhibited by machines. In computer science, an ideal "intelligent" machine is a flexible rational agent that perceives its environment and takes actions that maximize its chance of success at some goal.
 つまり、「AIとは、機械によって提示される知性です。コンピュータサイエンスにおいて、理想的な“インテリジェント”マシン(つまりは、「AI的な機械」)とは、その環境・状況を察知し、何らかの目的を最大限成功に導く行動を起こすための柔軟で合理的なエージェント(媒体)」であります。ここでのエージェントは、まあ「存在」ということでしょう。兎も角、コンピュータ「サイエンス」領域です。
 AIが「データサイエンス」であることのもう一つの含意は、もちろん「データ処理」領域であるということです。上記定義の後半の「何らかの目的を最大限成功に導く」という件と関わって、本稿でさらに立ち入りたいのはこの部分です。具体的に、AI分野での大手先進企業の開発内容を探るため、実際に彼らがAI・ビッグデータ処理領域でM&Aした新興企業のAI要素技術のカテゴリーと買収企業の例が下記です。なお、IBMのWatsonは買収先ではありませんが、AIに対する取り組み代表事例としてここに入れています。括弧内数字は、M&A年です。

Google: 自然言語処理(Dark Blue Labs: 2014)
   画像認識&テキスト理解(Vision Factory: 2014) 
   汎用深層学習、人工知能基盤(DeepMind: 2014)
IBM:ビジネス分析・文書管理(Star Analytics: 2013)
   文書・画像認識(Daeja Image: 2013)
   超高速データ処理・解析(Watson)
Apple:会話認識(Novauris: 2013)
   ソーシャルデータ検索・解析(Topsy: 2013)
   ソーシャル検索エンジン(Spotsetter:2014)

 つまり、北米や一部欧州のAI領域新興企業は、AIを構成するモジュール、つまり特定の一部技術(テクノロジー)を押さえて起業し事業化している。大手企業は、それらの中から選定して、従って結果的に、特定AI技術を一つずつ補強・取込みしながら事業化、その発展を模索しています。かつ、ここでのテクノロジー群個々をよくみると、日本で一般的に認識されているAI、つまり人工知能搭載ロボットイメージより、そこ向けのコア技術である画像や音声・会話認識部分も含めて、通常のデータ・文書処理、その延長戦のビッグデータIT領域のノリを感じます。
 この傾向は、他のAI開発先進企業のMicrosoftやFacebook、Baiduなどでも同様です。そのようなコンピュータが人間の手仕事に取って変わっていく領域が増えていくのは当然の流れであり、そこでは個々の機能・目的ありきですから、そもそも将来的にコンピュータが人間存在を根源的に超えるとかという議論とは基本的に方向が違います。あくまで、AIというキーワードも絡めながら、産業向けそしてコンシュマー向けの各種データ収集・解析インフラ、ツールの普及が優先します。そういう印象が強いです。それは、最終的に、汎用・全能コンピュータを目指すというよりは、より良い医療、安全確実な車両移動、安全安心な住空間・環境を支えるといった個々機能・目的、ミッション志向のデータ処理機械としてのAIを目指すという方向性につながりましょう。確かに、ビジネス目線でもあります。

注1:KPMGが、2014年7-9月に、アジア、北米、欧州の700-800名の技術者に対して実施。

注2:拙著 「イノベーション・ドライバーズ -IoT時代をリードする競争力構築の方法-」(2016.6)の序章と重なります。



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