第1回 チャンス到来:日本経済、大学発ベンチャー
この度、本コラムの連載をさせてい頂きますSBF, Inc.(SBFコンサルティング)の氏家豊です。この連載の歴代執筆者の何人かはよく存じ上げてまして心強く感じます。また以前から、6-7年に亘って日本経済新聞ネット版に米国技術・ビジネストレンドについて毎月執筆したり、ベンチャー、イノベーション等のキーワードで他にも書いたり話したりする機会も結構あります。ただこの度は、読者の方々に鑑み、書き出しで少し考えをめぐらしていましたら、事務局の出口さんから、「あまり最初から飛ばさなくていいから。カリフォルニアの雰囲気なども出して・・」との言葉を頂きました。
タイトルは「大学発ベンチャーの底力」としました。ニつの含みがあります。大学発ベンチャー当事者の皆さんへのエールという意味と、彼らにある意味で対峙する日本の大手・中堅企業でイノベーションを担っている方々へのメッセージです。この内、後者については特に思いがあります。日本では、大手企業とベンチャー企業(ここでは中小企業を含めます)との間には、一般的には、まだまだバリアがありましょう。それは米国とて元々同じで、例えばシリコンバレーのベンチャー企業、そしてこの産業クラスター全体が今のような発展モードに入ったのは、80年代に入ってやっと、特に当時の東海岸老舗系の大手企業、そして日本の大手企業がこの地にイノベーションの手がかりを求めてドッと押し寄せ、この地の新興ベンチャー企業とのコラボレーションが始まったときから、という面があります。
つまり、日本のベンチャー企業、中でも大学発ベンチャーの発展も、当然のことですが、如何に内外の大手・中堅企業(Established)を振り向かせるかにかかっています。それは、よく大手企業側の姿勢を問う場合が多く、実際その面は大きいと考えますが、私は最近、ベンチャー側が如何にしてそのような存在になるかこそが要である、と痛感しています。それがベンチャー企業個々で可能な部分と、産業政策的な戦略的バックアップを要する部分とがありそうです。その意味で、連載における私からの話は、まずは大学発ベンチャー企業、そして大手・中堅企業、さらには政策当局の皆さん向けとなりましょう。
前職時代、業務の関係上、シリコンバレー事情に自然に接し、実際そこの代表企業数社の日本法人を担当したり、そして何より、日本企業による米国の特に新興ベンチャー企業系情報へのニーズを大きく感じました。90年代です。そこで、日本企業への技術製品・事業開発面での米国側からの弾出し役を自身で企画し、99年春、会社を辞し家族で渡米してSBF(SiliconValley Business Forum, Inc.)を立ち上げました。Forumという言葉には、我々自身、相手顧客企業、そして第三のパートナー企業などが、立場を超えて一つの技術・事業テーマに向き合い入り乱れて議論しあうシーンをイメージしたものです。因みに、今は、この主旨は持ちつつ、より"Focus"という意味を込めています。
場所は、パロアルトという、スタンフォード大学のあるシリコンバレーの発祥の地かつ中核都市です。ここは全米でも地価が一、二位という地で、普段の生活で出会う人が只者でない。その辺のちょっとしたビジネス会合で隣り合わせた人でも、立ち入って話し込むと結構な「バックグラウンド(経歴)」で、かつ、ちゃんとした友達も持っている。そんな多国籍ルーツ(米国系、日系、インド系、中国系、イスラエル系など)の地元米国人を結集してスタートしたのが今のSBFです。私にとって有難かったのは、そもそも日本企業・経済、日本人への信頼感・期待感でした。因みに、他の全米地価ベストテンのかなりがこのシリコンバレー地域内です。
昨年(2009年)8月、「産業革新の源泉」(副題:ベンチャー企業が駆動するイノベーション・エコシステム)という本を出しました。以前本連載もされ、この秋からOECDのお仕事も本格化される原山優子氏、そして企業イノベーション領域でやはりご活躍の出川通氏との共著です。その内容は、今後の連載でも一部ご案内しますが、私の部分では、米国でも特にシリコンバレーの「イノベーション・エコシステム」(自律的メカニズム)について、現場感覚での解析を試みました。SBFの日常の仕事は、米国に、マーケットとイノベーションソースの両面を求める日本企業の現地、さらに日本側本社の人たちとのやり取りです。丸6年ほど経ったころ、パーと霧が晴れるように、シリコンバレー、米国の西と東、日本企業、日本経済・・・の関係がよく見えてきました。この現地での体験や思考過程をなるべく再現するために、上記の本では、予見を持たずに帰納法的に事例から出発して書きました。そして、そのエコシステムは、「コア技術・事業ポジションを押さえ、かつアジアと有機的構造的に組んでいるところにその本質がある」、というのが一つのエッセンスです。この点は、いろいろ考えても、そのまま今の日本にも当てはまりましょう。
ここで少し、私自身の幼いころのたわいも無い、でも忘れられない夢想、そして「仮説」についてお付き合い下さい。
私は宮城県の北部に育ちました。まず幼いころ、汽笛が、裏山のずっと遠くからいつも聞こえていました。でも見たことがありません。母は、「汽車はとても長いもんだよ」と教えてくれました。そして同じく、「東京ってすごく遠いところ」とも言ってました。私は長らく、真剣に、「汽車の長さと東京までの遠さって、どっちが大きいんだろう」と思ってました。
当時のヒット曲「上を向いて歩こう」では、キューちゃんが、「幸せは雲の上に、幸せは空の上に・・・」と歌ってました。そこで氏家少年はまた考えました。「そうか、世界は、地面、雲、空、そして天国になっているんだなー」と。今日、飛行機(雲の上)から下を見下ろすと、最後の「天国」を除くとあの「仮説」は正しかった、と実感します。
もう一つ。先生が一人しか居なくて一日おきの幼稚園のバス旅行で、松島付近の海岸に行き、初めて海を見たときです。水平線をじっと見てまた考えました。「あの先はきっと滝になっているに違いない」と。ギリシャの哲人と同じことを考えたわけですねー。
どうも小さいころから、対象物を観察していろいろカラクリを考え、仮説をつくる気(け)があったかも知れません。皆さんは如何でしたか。
同じシリコンバレー、そして米国を見るのにも、「こういう条件、背景があるからこんな展開になってるんだ」というカラクリ探求型です。つまり、その帰結は「違う条件、背景になれば全く違う結論になる」わけで、日本における実践編を考える上で大切なのは、前提条件(経済環境・構造)でどこまでが同じで、どこからが違うかをまず押さえて、如何にしてその実態に即した各論を組み立てるかの対応力であると実感します。その上で、「この部分はやっぱり共通するから一つの方法論としてやるしかない」、という部分が確かにあります。そして兎も角、最近はますます動きが速く、だからチャンスも大きい時代です。もちろん、どこまでも技術に真摯に向き合い、かつアジアに接する日本経済のチャンスです。そして、間違いなく、先端的な技術と斬新な製品・事業モデルを発信する大学発ベンチャーの出番です。技術力と経済実績ある日本は、言うまでもなく世界中にファンは多く、私の知る限り、結構尊敬もされています。そして、ご存知の通り、今後の日本経済を論じる上では、確かに話はそこからです。つまり、技術力に何を加えていくか。
まずは、よろしくお願い致します。
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