第54回 「春の音楽祭」の巻


 今春、東京・春・音楽祭のイベントに2回行きました。この音楽祭、“東京のオペラの森2013”というサブタイトルがついていまして、今年は、共に生誕200年に当たるヴェルディとワーグナーに焦点が当てられています。イベントの1回目は、日本クラシックソムリエ協会(クラシック音楽の世界にもソムリエがいることを初めて知りました)主催の“ヴェルディ&ワーグナー検定”というもので、ヴェルディとワーグナーにまつわるクイズで勉強した後、両作曲家のアリアを楽しむというもの。春分の日に、東京文化会館小ホールで行われたイベントでしたが、それ自体面白かったのに加え、何と上野のお山の桜がほぼ7部咲きくらいまでに咲いていて、花見を同時に楽しめたのも愉快でした。


 そして、イベントの2回目は、4月7日の日曜日。春先の頃は、こちらのイベントの際に同時に上野の桜を楽しもうともくろんでいたのですが、当然にして葉桜状態。それはさておき、この2回目のイベントこそが、今年の音楽祭の白眉とも言うべき、ワーグナーの“ニュルンベルクのマイスタージンガー”の公演。指揮者やテノール歌手に、この演目に現在最高と言われる布陣を擁しての公演で、チケットは完売。ちなみに、4日に同じ演目の公演が行われた際には、小泉元総理が聴きに来られていた由。満席の東京文化会館大ホールは熱気ムンムンという感じで、実のところ、前日このオペラのあらましを俄か勉強した際、なぜこれだけの話を4時間半もかけてやるんだろうという感想を抱き、当日、まあ淡々とした心境で会場に向かった私も、その熱気の中で気持ちが高揚してきまして、演奏が始まるとグイグイ引き込まれてしまいました。さすがに最後の幕の中頃にはお尻が痛くなり始めたものの、フィナーレまで大いに堪能しました。


 音楽の素晴らしさもさることながら、驚きに近い強い印象を持ったのは、フィナーレに向かう箇所で表現されているドイツ賛美。ワーグナーの音楽がナチスドイツに利用されたということを、知識としては持っていましたが、実際に大勢の聴衆の一人としてこの音楽を聴くと、それもむべなるかなと感じました。3年前に訪れたニュルンベルクのこと(第20回“歴史を学ぶ”を御参照)が思い出され、ナチスドイツの拠点都市であったことやニュルンベルク裁判のこと等が頭の中を行ったり来たりする中で、フィナーレに向かう音楽を聴いていて、もし、自分が、ナチス時代にドイツ人としてこの音楽を聴いていたら、ほぼ間違いなくドイツ賛美に染まってしまっただろうなあと思いました。


 さて、この演奏会で、もう一つ強く印象づけられ、多分一生忘れないだろうと思うことがありました。実は、会場に向かう際の上野駅前の信号待ちで、白い杖を持った30代後半くらいと思われる一人の男性が目に止まりました。その後、会場内のカウンターへ、愛用の音楽雑誌を探しに行った家内を待っていると、ぶつかって来た方がいて、振り向くとその男性。不覚にも点字ブロックの上にいたことに気付き、慌てて彼の進路を空けました。その後、4階中央の座席に荷物を置いて最寄りのトイレに行ったら、その男性とまた遭遇。“いやー、同じ方に立て続けに3回も会うなんて御縁があるなあ。”と思いつつ座席に戻り開演を待っていたところ、会場職員に補助されて私の隣に来られたのが、何とその方!


 着席した彼が鞄から取り出されたのは、白い分厚い本。それは、この演目の歌詞が点字で記された本でした。その点字を指でなぞりながら一心に演奏を聴かれているさまに感動を覚え、幕間に声をおかけしました。「点字をなぞる音が耳障りではありませんか?」「この座席からは字幕が遠くて見えにくいのではありませんか?」「背景の大画面が今回の演奏会の一つの工夫らしいのですが、どんな画面なのですか?」といった彼の質問や、「この演目は、入り乱れた歌唱の部分が結構あって、点字で追うのが大変なんです。」といった話が耳に残っています。私自身は、今回の演奏会は大いに楽しんだものの、いわゆるワグネリアンと称される方々のようにワーグナーの世界に嵌っていくことは無かろうと予想しているのですが、次回、家内から誘われたら、この男性と再会できるかな?という期待をしつつ、ジョインしたいと思います。



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