第52回 「2冊のアフリカの本」の巻


 先月アルジェリアで発生した痛ましい事件をきっかけとして、これまで訪れた事がなく、知識も極めて乏しいアフリカについて少しでも学んでみたいと思い、地元の図書館で借りてきた2冊が、「民主主義がアフリカ経済を殺す」と「文明の十字路から」。前者は、オックスフォード大学教授の著書で、後者は、青年海外協力隊員としてチュニジアに赴任し、小児科医療に携わった日本人医師の手になるもの。今回は、この2冊について記します。


 まず前者ですが、何よりセンセーショナルな題名に惹かれ、手に取りました。著者が定義するところの「最底辺の10億人の国」のうち過半数を占めるアフリカ諸国に焦点を当て、統計分析を駆使して、それら諸国が政治的暴力による悪循環に陥らずに国づくりを行っていくための方策を考究した書です。統計分析がこのような問題について有効なのかという驚きも含め、啓蒙される点が満載でしたが、いわゆる先進民主主義国家にとって特に重要な指摘は、題名に示唆されているとおり、民主主義を取り入れることが時期尚早なアフリカ諸国が多数あるということだと思いました。著者の分析によれば、1人あたり年間2700ドルの所得水準が分水嶺であり、それを上回る国は民主主義が国の安全を高めるのに対し、それを下回る国は民主主義が国の危険を高めるとのこと。その理由は、低所得水準の国では、民主制が政治的暴力を促進してしまうためと説かれています。また、民主主義国では所得の増加と共に安全度が増すのに対し、独裁国家では所得の増加と共に危険度が増すという分析結果も示されています。一昨年のいわゆる「アラブの春」で民主化を進めている国々の多くは、上記の分水嶺よりも上の所得水準にあるので、本書の分析があてはまるとすれば、紆余曲折はまだあるとしても、良い方向に向かっていると期待致しますが。


 2冊目の「文明の十字路から」を読んで一番考えさせられたのは、先進国の開発途上国への医療支援がいわゆる高度医療に偏り過ぎており、もっと開発途上国側のニーズに合ったベーシックな医療を重視すべきであるという指摘でした。著者は、リウマチ熱という病気を例に取って説明しているのですが、この病気は溶連菌感染症という喉の病気が入り口になっていて、同感染症にかかった人の一部がリウマチ熱になり、そしてリウマチ熱になった人の一部が心臓弁膜症になるのだそう。著者が比較的小さな開発途上国におけるケースとして仮設的と断りつつ示している数字によると、10万人の溶連菌感染症小児患者のうち、1500人がリウマチ熱になり、そのうちの450人が心臓弁膜症になり、そのうちの30人が首都の専門病院での大手術の対象になる由ですが、開発途上国における医療は、入り口の10万人の早期治療やリウマチ熱に冒された1500人の再発予防よりも、大手術の対象の30人の方に国のなけなしの財源も医師の注意もずっと多く向けられていて、こういう逆立ち現象を先進国の医療援助が固定化する方向に働いているのではないかというのが著者の主張です。幸い、という言葉を用いるのが適切か分かりませんが、この本が書かれたのは1980年のことなので、それからの30余年で、こうした当時の状況が大きく好転していることを期待致しますが。


 第2、第3パラグラフともに、「期待致しますが。」という言葉で終えている自らの非力は如何ともしがたいですけれども、最後に、今後の人生を歩んでいく際に心に留めておこうと思った言葉を、両書から一つずつ書き移して締めたいと思います。
“自己の利益と他者への思いやりは対立するものではなく、共通の目的意識に統合しうる。(一部略)他者への思いやりと自己の利益の結び付きにおいて、思いやりは事に着手するためのエネルギーをもたらし、自己の利益はわれわれがあきらめずに取り組む姿勢を確かなものにしてくれる。”
“私たち日本人はすすんで第三世界に連帯性(ソリダリティ)を求めてゆくべきだし、彼らの方でも私たちを、暖かい気持ちで待ってくれている事実を忘れてはならないのだ。”



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