第48回 「遠くを見よ」の巻
先日、私が勤務する経済産業研究所では、「円高と空洞化」というテーマで、伊藤隆敏及び吉川洋というお二人の高名な東京大学教授をパネリストとしてお迎えし、当研究所の中島厚志理事長がモデレータとなって、セミナーを行いました。主催者の一員である私が申し上げるのはおかしいかもしれませんが、豪華なメンバーによるセミナーで、会場は満員で熱気むんむん。期待に違わず中身の濃い2時間で、またユーモアを含めたお二人のパネリストの掛け合い的なやりとりもあったりして、私自身、大変楽しめました。詳しくは、いずれ経済産業研究所のHP(http://www.rieti.go.jp/)にアップされると思いますので、御覧頂けると幸いです。
さて、その吉川教授の冒頭のプレゼンの際、The Economist誌の「The third industrial revolution」というスペシャルレポートを取り上げておられました。私は、たまたま、このスペシャルレポートを読んでいたので、スクリーンにその表紙が現れた時には、試験でやまが当たった時のような感じを覚えました。このスペシャルレポート、製造業について生じている様々な変化を論じた読み応えのあるものでしたが、その主旨を私なりに整理すると、「現在は、18世紀に英国で始まった産業革命、20世紀に米国で始まった第2次産業革命に続く、第3次産業革命と称するに足る変化が生じている。それを一言で表現すると、製造業のデジタル化ということで、それにより製品の生産方法が従来より大きく変化してきているし、今後も変化してゆく。その結果、製造業において労働コストの占める重要性は大きく減少する一方で需要地に近接した製造業立地の重要性が高まり、したがって、先進国へ製造業が回帰していく。ただし、その新しい形の製造業で求められる労働者は高度なスキルを有する労働者である。」ということでした。
吉川教授は、このレポートを皮切りとして、「日本の企業がネットの貯蓄セクターになってしまっているのが問題。この20年間、コスト削減のための取り組みは行われてきたのであろうが、プロダクト・イノベーションというコスト削減より更に重要なことに対する取り組みは足りなかったのではないか。大きなビジネスチャンスが待っているのだから、日本の企業には是非頑張って頂きたい。」という趣旨のことを仰っていたのですが、その文脈で発言された言葉で特に印象に残ったのが、"遠くを見よ"という言葉。同教授は、「将来は、想像できないような社会になっていくのではないか。機械や交通手段や、その他様々なものに大きな変化が生じていくであろうし、その変化に対応するモノ・サービスの市場は広がっていくのであるから、企業も政府もそういう将来の変化を常に展望しながら頑張って欲しい。」というメッセージを込めて、この言葉を使われたように思います。
実は、私にとり、この"遠くを見よ"という言葉は、以前から好きな言葉なのです。出会ったのは、アランの幸福論。セミナーの後の週末に、改めて紐解いてみました。
"広々とした空間に目を向けてこそ人間の眼はやすらぐのである。夜空の星や水平線をながめている時、眼はまったくくつろぎを得ている。眼がくつろぎを得る時、思考は自由となり、歩調はいちだんと落ち着いてくる。全身の緊張がほぐれて、腹の底まで柔らかくなる。自分の力で柔らかくしようとしてもだめなのだ。君の意志が君の中にあって、君に対して注意を払い、すべてをあらぬ方へ引っ張り、しまいには自分の首をしめてしまう。自分のことなど考えるな、遠くを見るがいい。"人生の折り返し点を超えたと思われる年齢になり、また、国家公務員を取り巻く環境の悪化等の中、昔に比べて内向きの気持ちになりがちですが、それだけになおさら、"遠くを見よ"を心がけてゆきたいと思います。
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