第42回 「春は電車に乗って」の巻


 高校生時代の春だったと思いますが、川端康成と並び称される横光利一の小説を読んでみようと思い、季節にぴったりで楽しそうな題名の「春は馬車に乗って」を手に取りました。想像していたのとは違う重苦しい内容でしたが、最後に、春の訪れを告げる花として、スイートピーが出てくる場面、"この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ"という台詞が印象に残りました。大学生になってから、松田聖子の「赤いスイートピー」で、"春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ"で始まり、"心に春が来た日は赤いスイートピー"で終わる歌詞を聴いて、高校生時代の記憶がふと蘇ったものです。


 先週、つくばの産業技術総合研究所へ出張に行ってきました。出張の主目的は、2年後の経済産業研究所との統合に係る打ち合わせで、華やかなものではありませんが、道中、明治神宮、新宿御苑及び神田川沿いの桜を楽しみながら行きまして、しかも産総研の周りも桜が満開で、華やいだ気持ちにすらなりました。本題の打ち合わせを終えた後、いくつかの研究施設を見せて頂きつつ研究内容の御説明を受けました。太陽光発電工学研究センター、エネルギーマネジメントハウス、安全科学研究部門、つくばイノベーションアリーナ、サービス工学研究センターといったラインナップ。快晴の下、太陽エネルギーの恵みを感じながら様々な種類の太陽電池が並ぶ施設を見て回ったり、つくばイノベーションアリーナの中に設けられた半導体製造装置の並ぶスーパークリーンルームを拝見したりする一方、環境問題について証券市場を活用した仕組み作りを考えたり、サービス産業の生産性向上を目標として旅館の仲居さんの帯に情報チップを埋め込んで動線を追跡したり、災害発生時の人の流れをシミュレーションしたりといった研究内容をご紹介頂き、今後、産総研の研究陣と経済産業研究所の研究陣とが交流を深めていくことにより、色々なシナジー効果が生まれてくることが期待できると、研究の素人ながら思いました。


 実は、出張に先立って読んでいた本で、この出張に向かう気持ちをとても前向きにしてくれたものがあったのです。それは、吉川洋東京大学教授の「いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ」という本です。吉川教授とは東大在勤中に知遇を得、東大及びYALE大学院の先輩・後輩ということで近しくさせて頂き、現職の経済産業研究所でもお世話になっているのですが、3月末に当研究所で伺った同教授の研究内容のお話が私には高度すぎて良く分からなかったため、少しでも同教授のお考えのベースを知りたいと思って手に取ったのが、上記の本です。その本の中で、シュンペーターの主著「経済発展の理論」について書かれた箇所を読んでいて、"新結合(いわゆるイノベーション)という概念には、具体的には、@新しい商品の創出 A新しい生産方法の開発 B新しい市場の開拓 C原材料の新しい供給源の獲得 D新しい組織の実現 という5つの場合が含まれている"ことを教えられました。


 私は、これまで、上記の@とAしか認識していなかったのですが、何と、新しい組織の実現もイノベーションなのであり、「そうか、3法人を統合した新しい組織を作るために努力している自分自身もイノベーションをやっているんだ!」と、ぐっと力が湧いてくる気持ちになりました。シュンペーターは、イノベーションは非連続的な変化であるとし、そのことを「馬車はいくら繋いでも鉄道にはならない」という表現で説明したのだそうですが、そういうイノベーションを目指して仕事をしてゆこうと、つくばで後押しされた気持ちになって、春宵の下、馬車、じゃなかった、つくばエクスプレスに乗って帰京しました。



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