第39回 「有名なルクセンブルク」の巻


 先日、コラム連載陣仲間の張輝立教大学教授が、中国の地域(各省・直轄市等)別の1人当たりGDPと最も近い値を持つ国を当該地域ごとに当てはめた地図について御紹介されていましたが、その地図を見て、10年前にカナダに赴任していた際、大使館の同僚たちと、米国の各州のGDPと各国のそれとを比べ、近似する各国名を各州に当てはめた米国地図でもって、隣国米国がいかに大きな存在であるかを議論したことを思い出しました。当時、テキサス1州だけでカナダのGDPに匹敵しているのを見て思わず唸ったり、メキシコがイリノイ1州だけに匹敵するのを併せ見て、NAFTAと言っても、要は、米国が2つの州分の経済圏を拡大するものなのだなあと感慨にふけったり、その他にも、カリフォルニア1州でフランスに、ニュージャージーがロシアに、ニューヨークがブラジルに、オハイオが豪州に、フロリダが韓国に匹敵という地図を眺めながら、超大国という言葉を改めて実感を持って受け止めた記憶があります。


 話は変わって、昨年、御縁があって岩手大学の工学部博士課程の学生に講義を数回行いました。その最終回の後、私にこの御縁を頂いた清水健司岩手大学教授から、日頃勉強会を持たれている岩手の産学官のメンバーの方々に何か話をしてくれないかと依頼があり、次のような話をしました。まず黒板に、ルクセンブルク、ノルウェー、カタール、スイス、UAE、デンマーク、豪州、スウェーデン、オランダ、米国と10カ国の国名を書き、「これは、あるランキングの上位10カ国ですが、何のランキングか当てて下さい。」と質問しました。


 この行間くらいの、私が喉を休めるのに十分な時間が正解者が出るまでにかかりましたが、答は、2010年の1人当たりGDPランキングです。ちなみに、日本は17位ですと言った後、岩手県の話に移り、県内総生産4兆3918億円、1ドル=80円で換算すると、550億ドル;実はこれは、1人当たり11万ドル、人口50万人のルクセンブルクのGDPに匹敵していますと続けました。それから、ルクセンブルクは元々鉄鋼業が発展の原動力となった国で、その意味で、釜石を擁する岩手県に似ているとした上で、現在は、金融関連産業や情報通信関連産業が加わっており、産業政策としては軽い税負担による国外企業誘致を積極的に行っていて、このあたりは、シンガポールと似ていると語りました。そして、私の想像であるけれどと前置きして、ルクセンブルクは、自国での人材育成をきちんと行いながら独仏蘭白等周辺諸国から優れた人材を吸引して、世界1位の1人当たりGDPをキープしている(21世紀になってからはずっとトップだと思います)国ではないかと思うと述べた上で、仮にGDPで同規模の岩手県が1人当たりGDPでもルクセンブルクに肩を並べることを目指そうとする場合、岩手県の現状について懸念すべき点として、以下のことを話しました。


 実は、これは、私が現在勤めている経済産業研究所が昨年12月に開催した「賃金・処遇改革とポスト3.11の雇用・労働政策」シンポジウムの際に、大竹文雄大阪大学社会経済研究所教授が示されたデータだったのですが、県民に占める大学・大学院卒業者比率で見た場合、男女とも岩手県は全国平均の約半分の数値(全国平均が男性31.57%、女性14.22%なのに対し、岩手県は男性16.36%、女性6.77%)であることです。それから、岩手大学に通っているうちに得た情報だったのですが、岩手県で一番の伝統ある県立高校の盛岡一高の卒業生が最も多く進学する大学が、岩手大学ではなく、東北大学であるということです。この二つのことを述べて、「本日お集まり頂いた岩手県の産学官の皆様が、新しい付加価値を生み出せるような人材を県内で育成し、かつ、その人材を県内にきちんとキープできるようにしていくことが、極めて大切ではないでしょうか。」と話を締めました。


 かつて一度、このコラムでも取り上げましたが(第3回の本場のアイリッシュコーヒーの巻をご参照)、20年前にブラッセルで購入した、「完璧なヨーロッパ人とはかくあるべき」というタイトルの漫画入り絵葉書がありまして、英国人のように料理をし、フランス人のように車を運転し、ドイツ人のようにユーモアがあって、等々と続き、「ルクセンブルク人のように有名であること」となっていました。今や少なくともルクセンブルク人の部分については、改訂が必要だと思われます。



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