第29回 「神宮が呼んでいる」の巻


 さしもの猛暑も去り、寒いという言葉さえ口に出るような気候になってきました。芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋の到来ですが、私の中では10月というと、野球の占めるウエイトが大きい月です。秋晴れの下での日本シリーズというのが私の思い描く典型的な10月の風景でして、王選手が阪急の山田投手から放った逆転サヨナラホームランのシーンなど、今でも目に焼き付いています。カナダ勤務の一年目に、大リーグのポストシーズンにもはまってしまいました。当時常勝だったニューヨーク・ヤンキースを新進のアリゾナ・ダイヤモンドバックスが最終戦のサヨナラ勝ちで振り切ってワールドシリーズを制覇するまでの戦いは、9月11日の同時多発テロ事件後の重苦しさをつかの間ではありますが忘れさせてくれる面白さでした。以来、10月の週末は大リーグのポストシーズンを見ることが習慣になりました。そして今年の10月、俄然、はまってきたものが東京六大学野球です。


 これまで一度も見に行ったことがなかった六大学野球ですが、今季が、4年前の甲子園のヒーロー斎藤投手の最後のシーズンなので、彼が投げるであろう東大・早大1回戦を見に行こうと思っていたところ、調べると、3年前の甲子園でまさかの逆転満塁ホームランを打たれて準優勝に終わった広陵高校の野村投手が明大のエースだということがわかり、暑さの残る9月18日の東大・明大1回戦を見に行ったのが、初めての六大学体験。前週の慶応との初戦での0対15みたいな大敗でなければ良いがとやや祈るような気持ちで臨みましたが、途中まではなかなか締まった試合。野村投手からは点を取れませんでしたが、リリーフ投手からは待望の得点(前週の慶応戦では2試合とも零封負け)を挙げ、結果は2対5。負けはしましたが、青空の下、気持ちよく観戦でき、試合後の応援部同士のエールの交換もすがすがしく聞きました。


 そして、先週末、東大・早大1回戦へ。斎藤投手が必ず投げるよと家内を誘い、連れ立って爽やかな秋晴れの神宮球場へ。早大にいきなり満塁と詰め寄られた初回は何とか乗り切ったものの、2回、3回と1点ずつ取られてしまいました。ところが何と3回裏にタイムリー2本で同点に。(前回の明大戦と同様、一方的でない良い試合になりそうで良かった。)というのがこの時点の気持ち。そして6回裏に勝ち越しタイムリー。(斎藤投手を打ってリードするなんて!しかし、あと3回あるしなあ。)さらに、8回裏にリリーフ投手の暴投で4点目が。(これは勝てるのではないか。)9回表、1死1塁で強い当たりのショートゴロ、6-4-3のゲッツー!「やったー!!」と大声を上げて立ち上がり、万歳してしまいました。応援の御礼に整列した選手達に「良くやった!」「明日も頼むぞ!」といった声を次々とかけるスタンドの東大応援者は皆、感激の面持ちでした。私自身、感動に包まれたまま、夕焼け空の下、応援歌を歌い、エールの交換を聞いているうちに、母校への愛着が深まってゆくのを感じていました。


 その夜、勝利を祝しての乾杯をしながら家内とスポーツ談義をしましたが、彼女の「人間のポテンシャルってそんなに違わないのではないかしら。」という言葉が特に心に残りました。確かにそうなのかもしれません。本人自身の努力と他者からの導きや支えが、人間のポテンシャルを開花させることに大きな影響を与えるのでしょう。野球では無名の高校出身者ばかりながら、プロ入りするような選手を擁するチームに勝ち、試合後は大型バスで引き上げていく他大学と違って、外苑前から地下鉄で帰っていく東大野球部の選手たち、すっかりにわかファンになってしまいました。翌日は早大との2回戦を一人で応援に行き、選抜優勝投手の福井投手からいきなり2点を先制して盛り上がりましたが、前日には無かった守備の乱れと四球連発で逆転負けを喫しました。勝利の女神を同行しなかったのがいけなかったのでしょうか。さあ、残る立教戦と法政戦も神宮へ。



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