第28回 「大いなるジェットストリーム」の巻


 とある週末の新聞に、ジェットストリームのCDセットの広告が出ていました。城達也という名前を目にしただけで、あの素晴らしいナレーションを思い出しました。本当に良い声をされていましたし、ナレーションの言葉は格好良かったですよね。確か、海外出張の際に機内で聞いたのが始まりだったと思いますが、しばし目をつぶってナレーションを聞いていると、語られている土地へ誘われる思いがしたものです。午前零時に帰宅していることがほとんど無かったので、レギュラーリスナーではなかったですが、例えば金曜夜に運良く聞けたりすると、必ず、甘美な癒しを与えてくれたものでした。


 その週明けに、中村尚東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻准教授の講義を伺う機会がありました。タイトルは、"気候変動と日本列島〜グローバルな視点から〜"。まず初めに話された、気候変動と気候変化という用語についての話が目にウロコでした。気候変動という言葉は、英語ではclimate variabilityですが、これは本来、主に自然変動によるもので、一方、気候変化という言葉は、英語ではclimate changeですが、これは本来、主に人為起源によるものを意味するのだそうです。地球温暖化問題を議論するIPCCは、Intergovernmental Panel on Climate Change の略称ですが、日本語訳は、気候変動(変化のはずなのに)に関する政府間パネルとなっており、基本となっている条約も、気候変動枠組み条約と訳されています。中村准教授は、こうした言葉の誤りが、そもそも地球温暖化問題についての我が国における議論の混乱の根源になっていると仰っていました。


 それから、気候変化についての話を始められましたが、1890年から本年に至るまでの世界の夏季(6〜8月)の平均気温の平年差のグラフを見ると、明確な右上がりになっていて、明瞭な温暖化傾向が見て取れました(100年間で0.68度という傾きの由)。温室効果は大気がもたらすものであるが、産業革命以降、二酸化炭素やメタン等の温室効果気体の濃度が過去に類を見ない速さで増加している訳で、こうした人為的強制を加えない気候モデルでは、過去100年の気温変化を再現できないとのお話でした。すなわち、産業革命以降の人為的要因による温室効果気体濃度の上昇が、地球温暖化の原因となっていることは明白であり、ただ、実測された気温上昇のうち、温室効果気体の貢献分がどれだけかという点に関し、不明確さが残っているだけとの御説明でした。


 次に、今年の夏の猛暑についての話に移りました。これは、本来の意味での気候変動に当たりますね。そもそも、日本の気候に影響する大気循環変動パターンが3つあるそうで、1つは、フィリピン周辺での台風の発達による小笠原高気圧(天気予報等では、太平洋高気圧と呼ばれているもの。中村准教授によると、太平洋高気圧はカリフォルニア近海に大本があり、我々日本人が太平洋高気圧と呼んでいるものは、それの尻尾のような位置づけにあるのだそうですが、大本のものとは性格が異なるので、太平洋高気圧と呼ぶよりは小笠原高気圧と区別して呼ぶ方が適切とのこと。)の北への張り出しで、残りの2つは、ジェットストリーム!極域の寒気と中緯度の空気の境目を流れる亜寒帯(あるいは極前線)ジェット気流と、中緯度の空気と熱帯の暖気の境目を流れる亜熱帯ジェット気流の2つがそれですが、今夏は、亜熱帯ジェット気流が北に偏って流れたことが要因となって、勢力の強い小笠原高気圧が日本全土をすっぽり覆い、一方、亜寒帯ジェット気流の波動のずれによりオホーツク高気圧の発生が少なかった(通常のオホーツク海上空より東にずれた位置、ベーリング海上空に高気圧が発生)ため、冷たい風が日本列島に吹き込んで来なかった由。従来、これのおかげでヨーロッパに行くのがとても時間がかかっちゃうという浅薄な理解しかしていなかったのですが、こんなに重要なものだったとは、ジェットストリーム。



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