第27回 「フルーツフルな一日」の巻


 9月とは言え、引き続き猛暑の某日、山梨県に行ってきました。実は、今年度、山梨県では、一年かけて県の産業振興ビジョンを策定することとしており、私は、そのための委員会の委員を務めています。かつて本コラムで御紹介した、地域における産学官連携人材育成のために東京大学産学連携本部が行っているTLF研修制度に、昨年度山梨県から派遣されていた萩原(はぎはら)茂山梨県工業技術センター企画情報部長との御縁がもとで、上記委員をお引き受けすることになったのですが、その萩原部長が、今年度のTLF研修生のために、工業技術センター等の同県の施設を見学するプログラムを組んで頂いたので、山梨県の産業振興に関わる事は何でも知りたい私も参加した次第です。


 降り立ったのは山梨市駅。駅前が綺麗な好ましい雰囲気に整備されていて、一角に葡萄棚がありました。最初に連れて行って頂いたのが県果樹試験場。試験場正面から眺めると、甲府盆地を取り囲む山の斜面が、みな葡萄畑になっているのが良く分かります。たわわに実っている葡萄棚の下で、齊藤典義同試験場主任研究員からお話を伺いました。「葡萄狩りをして頂くわけにはいきませんが。」と笑いながら枝から一房切り取って頂いた、新品種として育成されてきたシャインマスカットを皆で試食しながら、育成のご苦労や葡萄市場の話を伺いましたが、私にとって特に面白かったのは、山梨県と、例えば首都圏から遠方にある岡山県との、市場に対する取り組み方の違いでした。山梨県は、首都圏から近いため、観光葡萄園というビジネスが成り立ちやすく、首都圏のお客と山梨県の葡萄農家との相対取引も発展しやすい一方、そういう環境には無い岡山県では、県や農協が県内農家を糾合して新品種を首都圏市場に売り込んでいくというスタイルが定着しているとのこと。ちなみに、果樹試験場と工業技術センターとが協力して、夜間にLED照明で数時間照射することにより果粒を大きくすることができることを発見し、特許出願中の由。野菜の人工光での育成は、現実に行われているのを見たこともありましたが、果樹については初めて伺いました。現状では、コスト的に、葡萄農家への導入は容易でないとのことでしたが。


 午後は、甲州市に移動し、マンズワインの工場を見学(マンズとは、親会社のキッコーマンの社名の'man'と、聖書に記されているラテン語で、天から授かった食物を意味する'manne'の双方に由来している由)した後、県ワインセンターへ。ここは、県工業技術センターの一組織となっていますが、独立の建物を持つワインセンターを有するとは、山梨県ならではです。このセンターで伺った研究の話で興味深かったのは、果汁中に資化性アミノ酸という成分が多い葡萄から、高品質のワインが得られるというもの。葡萄果汁に占める資化性アミノ酸の割合は極小と言ってもいいくらいなのに、それが品質に大きな影響を与えるなんて、何だか畏敬に近い感じを持ちました。私も、一隅を照らしつつ資化性アミノ酸のような存在になれたらなどと思いながら話を伺っていました。


 最後に、甲府市の南にある工業技術センター本体へ。ここの研究の御紹介で印象的だったのは、めのうの着色の話。めのうは、着色されたものが宝石として認知されているもので、めのうの加工は伝統的な山梨県の産業なのだそうですが、着色の大部分は経験的に行われてきたところ、科学的に調査し、データを踏まえてより良い着色を目指すという趣旨の研究でした。印象的だったのは、着色にニッケルを用いためのうの美しさ。鮮やかな桃色が地色の白色に混じり合っためのうは、惚れ惚れするような美しさで、研究員の方も、県内企業に関心を持って頂けていまして、と嬉しそうに話しておられました。萩原部長に甲府駅まで送って頂いて、特急を待ちながらフルーツジュースで喉を潤しつつ、現場に行くと、現場ならではの発見があるなあと今回も改めて思いました。とても有益な一日でした。



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