第16回 「妖精たちの願い」の巻


 先週金曜は、東京大学の2次試験の2日目でした。学生時代には三食お世話になり、現在もお昼に良く利用する安田講堂地下の学食が試験期間中は閉店のため、東大病院内にある食堂に出かけました。すると、給仕の女性に、「テレビが良く見える席が空いてます。」と連れて行かれて、幸運にも、食事しながら、女子フィギュアのフリーを見ることができました。鈴木選手の演技は終わっていましたが、安藤、キム・ヨナ及び浅田選手の演技を見ることができました。キム選手の演技は完璧でしたが、浅田、安藤両選手とも、転倒という大きなミスがなく、滑り終えることができて良かったと思いました。浅田選手の後の選手は見ませんでしたが、カナダの選手が直前に母親を失った悲しみを乗り越えての演技で銅メダルを取るというドラマもあったようです。競技をしている以上、金メダルを取りたいというのが選手たちの願いであるでしょうし、その願いを達成できたのはキム選手だけですが、トリプルアクセルを見事に成功させて銀メダルを取った浅田選手、トリノでの失敗を繰り返さず5位になった安藤選手、拒食症を乗り越えて8位入賞した鈴木選手、それぞれ、金メダルを取るということ以外の点での自分の願いを達成できたのではないだろうかと思いました。フィギュアスケートは、スピードスケートのように白黒がすっきりせず、過去の五輪での採点を巡るさまざまなトラブルもあいまって、個人的にはあまり入れ込めず、今回も、たまたま(ホントです)見ることができた女子フリーしか観戦しなかったのですが、今回の銀盤の妖精たちは、みなすがすがしく感じられ、良かったです。


 さて、東京大学産学連携本部では、本部自体がある産学連携プラザ及び隣接するアントレプレナープラザに、東大発ベンチャーに入居してもらって、その支援を行っていますが、その中の一つに、フェアリーデバイセズという会社があります。'妖精たちの機械'とでも訳せましょうか。先日、同社の藤野真人代表取締役と話をする機会があり、彼の創業時の思いに心を動かされました。彼は、元々、東京大学大学院医学系研究科で、基礎医学の研究者を目指す学生でしたが、東大病院で実習の際に小さな女の子と知り合いました。その長く入院していた子の枕元には、いつも小さなクマのぬいぐるみが置いてあり、病院内のどこに出歩くにも必ず持ち歩いていて、「いつも一緒だから寂しくないよ。」と言っていたそうです。彼女の手術の日、医療機器に取り囲まれた彼女が横たわる手術台の枕元に、クマのぬいぐるみがいつものように置かれている光景に感動した藤野氏は、"医療機器が、彼女を生かすために必要な大切なものであるのと同時に、クマのぬいぐるみもまた彼女が生きるためにとても大切なものに違いない。"との思いに至り、あのクマのぬいぐるみのような存在を生み出したいと、大学院を中退し、フェアリーデバイセズを創業しました。


 同社の第1号製品は、ステラウィンドウという星空鑑賞ソフトウェアです。付属のセンサーを動かすと、そのセンサーの向きに連動した星空がディスプレイの画面に現れます。NASAをはじめとして世界を代表する宇宙関係機関・天文台から写真の提供を受け、とても美しい星空を再現していますし、過去や未来の星空も正確に再現できます。よくぞこれ程の製品を、しかも専門外の分野において、一人で生み出せたものだと感嘆しました。


 "自由に外に出られず、散歩できたとしてもお昼だけという長期入院の児童に、狭い病室の中でも世界の広がりを感じて欲しい、無限の星空を見て、果てしなく広がる外の世界に希望を持って欲しい"という藤野氏の願いから生まれたこのステラウィンドウ、昨年末から、紀伊国屋、丸善、三省堂といった大手書店で取り扱いが始まりましたが、是非、多くの方に御覧頂き、月収10万円で奮闘している藤野氏の溢れる思いを感じ取って頂ければと願っています。



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