第6回 「魔法の笛」の巻


 皆様は、文化の日をどのように過ごされましたか?私は、初台にある新国立劇場にオペラを見に行って参りました。演目は、モーツァルトの「魔笛」です。小学生時代、声楽の教師だった母が仲間の方たちと演じたのを見て以来、約40年ぶりの「魔笛」でした。こう書くと、大変なオペラ通のように思われる方もおられるかもしれませんが、さにあらずで、初めて新国立劇場に行ったのも今年10月です。さはさりながら、この約40年の間に、10何年かの間隔で噴火する休火山みたいなパターンで、オペラに行った思い出はあります。


 つらつら思い出してみますと、まず大学生時代、ミラノ・スカラ座が東京公演に来た際、母が友人の方と行く予定にしていたのが、その方の都合が急に悪くなったために、猫に小判だけど勿体ないからと言われて、御相伴しました。大学卒業直前に初めて海外旅行をした際には、ウイーン国立歌劇場の天井桟敷で友人と見ました。楽譜を目で追いながら聞いていた、たぶん音楽大学在籍と思われる女子学生の真摯な姿を思い出します。ちなみに、この友人、「山城は通産省に入るから、海外に出る機会も多いだろうけど、俺は一生で一回きりのヨーロッパかもしれん。」としみじみ言っていたのですが、現在、2度目のドイツ勤務中です。それから、米国留学時代には、ニューヨークに電車で2時間かけて出かけてきて、有名なメトロポリタン歌劇場で2回家内と見ました。


 昨年後半くらいから、また噴火が始まったのですが、これは、家内が数年前から福井敬さんというテノール歌手のファンになったことを契機に、色々なオペラのアリアを聞き出したのに触発されたものです。今年は、そこそこ本格的に噴火してまして、ついに、GWには、8年ぶりに欧州遠征をして、プラハとウイーンで観劇し、冒頭に書きましたように、新国立劇場にもデビュー致しました。そのデビュー戦は、「オテロ」だったのですが、これは、主人公のオテロが奸計にやすやすと引っかかるのが、どうにも腑に落ちず、悲惨な結末と相まって、正直言って好きになれませんでした。一方、今回の「魔笛」は、祭司ザラストロが率いる光の世界が、夜の女王が率いる闇の世界に勝ち、魔法の笛をお守りとした王子が、試練を乗り越えて王女と結婚するという、明快なハッピーエンドで楽しめました。40年前の記憶をたどると、母が歌うのをドキドキしながら聞いたのと、母が夜の女王側の役だったので、没落のシーンで少し悲しい気持ちがしたことくらいしか思い出せませんが。


 モーツァルトがこのオペラを作曲してから200年有余、現実の世界は、紛争が絶えず、悲惨な事件も相次ぎ、光の世界が勝利しているとは言い難い状態ですし、また、魔法の笛がある訳でもありません。けれどもそこで諦めたり、絶望したりするのではなく、一人一人が一隅を照らす思いを持って生きていくことが、闇の世界に覆われないようにするためのお守りなのではないでしょうか。




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