第44回 デジタル時代のブランド・デザイン戦略その1


 久しぶりに、知財のお話をしましょう。まずはお知らせです。


 来る6月25,26日に、日本知財学会第9回年次学術研究発表会が専修大学生田キャンパスで開催されます。初日午後の基調講演には、竹中登一アステラス製薬株式会社会長、大森陽一(財)知的財産研究所専務理事、高木善幸WIPO事務局長補が登壇されます。筆者も、最近話題のGIについて、初日午前の企画セッション「地理的表示に関する知財戦略とそのための基盤整備」を主催します。ぜひご参加ください。


 さて、今回は、意匠と商標にスポットを当て、デジタル化の進展も背景に、企業のブランド戦略がデザインと密接に絡みつつあることを紹介したいと思います。「デジタル時代」などと大げさな表現をすると、出口俊一主筆のお叱りを受けそうですので、気をつけつつ、特にデザインに焦点を当てようと思います。


 最近、ANAを利用すると、ラウンジから機内まで、とてもゆったりした気持ちになることがありましたが、その理由を古い友人、(株)平野デザイン設計の平野哲行社長から伺い、合点がいきました。平野さんは、10年ほど前に知り合ったデザイナーで、また、筆者の関係する産業構造審議会知的財産政策部会意匠小委員会の委員をお願いしており、斯界を代表する方の一人です。


 この平野さんの会社が、ANAの全クラスのシートの設計に始まり、ラウンジや機内食を含めたサービスのトータルデザインを担当されていたのです。これが、利用時の「ゆったり感」の原因だったのでしょう。例えば従来機種やクラスによってばらばらだったシートを統一コンセプトの元にトータルで設計し、また、そのコンセプトをもとにサービス全般をデザインしていく、いわば究極のブランド戦略のコアを創成されているのです。その統一性は、例えばANA国際線HPの「クラス別サービス」のページを見るとよくわかります。もちろん、個別のサービス、例えば新しいビジネスクラスのスタッガードシートの快適性も、平野事務所によるものです。このように、デザインとブランド戦略の融合、これがサービスイノベーションをおこしているのです。


「ブランドとデザイン」


 ブランドは、企業名・商品名とも、商標法の登録により商標として保護されます。また、小売店や宅配便などのサービス提供のブランドも同様に保護されます。商標権は10年継続し、さらに更新もできますので半永久的で、非常に強い権利と言えます 。しかし、単に企業名、商品名を商標登録しただけでは、ブランドの価値は増大しません。コカコーラ社は、ビンの形そのものを「立体商標」として登録し、ブランド価値を保護しています。ヤクルト本社は最近の判決で、そのプラスチックボトルの立体商標権を獲得しました。同社曰く、「長年の使用により、容器の形状だけでも十分な識別力を獲得した」ということです。


 さらに、近年では、企業が産業財産権を活用するに際して、単に商標権で保護するだけでなく、製品の新しい機能や事業の内容、企業メッセージを視覚化して伝えるために、製品のパッケージデザインの統一的概念や事業の周辺でのデザインを重要視し、ブランド構築に意匠権を有効利用し始めています。企業のロゴや商品名は商標として保護されますが、それが製品の箱のデザインに用いられると、容器・包装に関する意匠権として保護できるのです。この仕組みを活用して、パッケージの統一感などを活用しブランドイメージを高めているのです。


 こうした企業の試みは、デザインなどが単に製品の使いやすさや高価値化の効果をねらったものだけではなく、商品ブランドや企業ブランドとデザインを深く結びつけていると言えます。


 21年度に行った企業におけるブランドの位置づけとデザインの関係に関する特許庁調査 では、製造業、非製造業を問わず多くの企業から、製品やサービスのアピールのためのデザインの目的は、企業ブランド、事業ブランド、製品ブランドの構築であるとの回答を得ています。社風など企業のアイデンティティを消費者や需要者へのアピールするためのデザイン開発が効果的である、としています。


 例えば、確立した企業ブランドを維持しつつ、ブランド力を希釈化させないためには、デザインコンセプトの中心に、商品に新しく投入した技術がどこにどのように使われているかをわかりやすくし、また、生み出された商品の形からどの企業が作り出したものであるか、自社らしさをアピールできているかを組み込んで、企業ブランドのメッセージをデザインによって伝える手法があります。


 他方、すでに形成されたブランドを維持する場面では、現状で認知されている商品ブランド、事業・カテゴリーブランドを集約する形でグループ・コーポレート(企業)ブランドをアピールすることの方が、消費者へ認知をより促すものと考えられています。


 このように、ブランド戦略の重要な一端がデザインにあります。筆者の手元にある「戦略的デザインマネジメント」 にあるように「デザインはブランドという輪をつくる一つの鎖である。あるいは、デザインはブランド価値を世間に表現する手段である。」 ということでしょう。


「デザインの価値−MOD/B」


 一方で、デザインそのものの有用性は、企業のブランド価値を高めるだけではありません。先の平野デザイン設計の例では、これまで機材によりまちまちだったシートを統一的にデザインすることで、全世界の駐機場に用意していたいろいろなスペックのシートベルトなどの補充部品の点数を大幅に減らし、コストダウンに資することに成功したとのことでした。統一的デザインで価値を上げ、コストを下げる、デザイン戦略としては一石二鳥の優れたものといえるでしょう。


 このように、デザインには様々な価値があります。これについては、別稿でさらに考察していきたいと思います。日本では、デザイン立国という概念がかつてあったように記憶していますが、最近経営学の分野でデザイン、特に意匠権を活用した企業戦略についてあまり著述が見あたらないことを寂しく思います 。ビジネススクールの先生方、MOTの次の新しい方向性は、MOD/B(Management of Design and Brand)ですよ。


(以下、その2に続きます。)



i.現存の商標で一番古いものは、明治35年5月に登録された、薬品会社の製品の商標です。
A. 特許庁、2010「製品アピールやサービスのプロモーションのためのデザインの出願戦略に関する調査」
B.ブリジット・ポージャ・モゾタほか、2010、同友社刊
C.上記p.4
D.一橋ビジネスレビュー 2007年AUT.55巻2号は、「デザインと競争力」特集でした。



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