第40回 夜警国家その2


「名画夜警の暗示するもの」
 かみさんに、レンブラントの「夜警」が世界三大名画の一つだと教えてもらいました。確かにこの絵は「大」きくて、見る者を圧倒します。しかも市庁舎に飾るために絵の一部を切り落としているという解説をアムステルダムの国立美術館で見た時には少し驚きました。しかし、三大名画たるゆえんはその大きさだけではなくそこに描かれた群像のそれぞれが個性豊かで、全体として動きがあることでしょう。ひとりひとりが同じ金額をレンブラントに支払って肖像にしてもらったというのに、その絵の人物には際立った濃淡があります。これは何を暗示しているのでしょうか(*i)。




 前回、「夜警」が市民を、そして国家を守っている象徴ではないかとお話しました。そして、夜警にはレンブラントの絵に描かれているようにそれぞれがある。だとしたら、それぞれがそれぞれの目の前にある課題を解決するために、思い思いに夜警をすればいいのではないか、と思えまてなりません。正面で光を浴びる夜警の隊長、後ろのほうで何かを指差す夜警、薄暗い中で顔も定かでない人もいる。しかしそれでいいのです。それぞれが、その時になったら、みなレンブラントに支払った額と同じように平等に、命をかけて市民のために働く、それが夜警の本質なのではないでしょうか。


「思い起こさせられた「夜警」としての気持ち」
 この絵に描かれた夜警は、自警団です。皆自ら志願して、火縄銃をとった人々なのでしょう。そこには、家族、そして市民を守るためという気高い意志があったのではないでしょうか。
 現代の役人は(そして人々も)「夜警」の気持ちをみな心のすみに宿しているのではないか、今回の報道を見るたびにそう思うことがあります。人々に避難を急がせて広報するうちにパトカーの中で亡くなった警官たち、市民に警告を発する放送をしながら津波に飲まれた役場の職員、高台の避難場所からプールの水泳部員を心配して海岸に向かっていなくなった教師。そして、避難民のために日夜頑張っている市町村長や役場の人たち(彼らも被災者なのです)、自衛隊員、警察、消防の人たち。官邸や保安院や東電内の対策本部にもそうした人たちが日夜国のために働いています。
 この光景は、「国のために働く」ことの喜びを日々感じていた筆者の若い時のことを思い出させます。日本の官僚たちは、「官僚たちの夏」をひくまでもなく、国を良くしたいとの気持ちを強く持って霞ヶ関の門をたたきました。そして、組織はそれを期待し、教育し、実践させてきました。筆者も、疑問なく、日々の仕事が国のため、国民のためになっているとの実感がありました。しかし、目の前の仕事に追われ、それをなんとかこなしていくうちに、こうした感慨が薄れてきてしまったのかもしれません。いま、目の前に広がる日本の危機は、長い間眠っていたようなこうした気持ちを思い起こさせるほど衝撃の光景です。「夜警」のスピリットはもともとこういう職業を選んだ者たちが共有する心持ちであり、資質であると筆者は信じています。それは、出口俊一オーナーが未だに忘れないで維持している「記者魂」と同じ様に根が深いものであり、かつそれは環境と教育により培われたものであるかもしれません。
 夜警たちは、今この時に、急いで何をするべきか。それはそれぞれで異なります。被災者を救済することも大切です。港を復旧し、道路を改修し、また放射能から人々を守ることも喫緊の課題です。正確な情報を出来るだけ早く提供し、人々を不安からいち早く解き放つことも重要です。また、人々の日々の暮らしを守るため、エネルギーを供給し、生活物資を供給し、犯罪を抑制し、産業財産権を守り、税を徴収し、婚姻届や出生届を受理することも大切です。このため、ありとあらゆる知恵と力を、効率的効果的に動員する。これがいま求められています。


「夜警達の配置」
 筆者の周りには、通常業務をはずれて、原子力安全保安院や資源エネルギー庁に併任される同僚が続々とでています。東電内の対策本部に泊まり込んでいる仲間もいます。原子力行政に関わったことのある若い官僚には、「僕のことを忘れてはしないか」と現場に招集されないことを心配して、急ぎ秘書課に連絡をいれたものもいます。彼はこの危機の意味と自らの役割を良く認識しているのでしょう(*A)。今こそ育ててくれたこの国に対して恩返しができる機会なのです。
 夜警たちをどう配置し、どう機能させるかは、国政を担う議員の仕事です。今、この国難にあたり、夜警たちと同じように、国のために志願して立候補した議員たちも力を持て余しているのではないでしょうか。オールジャパンで力を発揮できる場があるといいですね。
 もし筆者が責任者の一人だったら、力を持て余している、志のある夜警たちを公募して、必要な部署にどんどん貼り付けたいと思います。夜警は自分の部署を守らなければならないので、ルールが許さないと持ち場を離れません。しかし、夜警たちは自分たちの陣形をよく理解しているので、誰かをほかの部署に派遣したときの最も効率的な穴埋め方法を知っています。本人が希望しても、穴埋めができないとなれば、その夜警に「持ち場所を離れるな」と言わざるをえませんが、それも夜警の務めです。薄暗いところにひっそりと立つ夜警も、明るい光を浴びる夜警も同じ尊い役目なのです。


「夜警達の復興計画の方向性」
 復興計画の策定と実行も夜警なしではできません。それぞれのつかさつかさが、その経験を活かしつつ、最も効果的な方法を考え、進めるべきです。復興戦略は今政府部内でも検討が進められていると思います。
 私見を簡単にまとめると、現時点で決めていかなければいけない大切なことは次の点だと思います。


1.非常時と心得て、平時を維持するための予算、機構、定員、執行等の制約を時限的に極力取り払い、手続きを簡素化してスピードアップする(B)。
2.必要な戦略とそれに伴う業務を階層化し、それぞれの役割分担を明らかにして、超短期、短期、中期目標を明確化する(C)。
3.階層間・セクター間の連携を保持し、それぞれの齟齬による課題を速やかに解決する仕組みを構築する。この際、中央集権的でなく、ネットワーク保持的組織構築を目指す。(この場合も、リーダーは不動であるべきとの意見が強い。現場はネットワーク、司令塔がハブになる、ということでしょうか。)


こうして、夜警を総動員するときがいまではないかと思うようになりました。
 被災地の現場で頑張っている皆さん、どうか体を壊さずに。そして東電の対策本部や官邸に詰めている皆さんもお身体に気をつけて頑張ってください。西山さん、保安院の皆さんも、お身体お大事に。


 今こそ夜警たちがこれまでの国民からのご恩をお返しすべき時。というのは、少し時代錯誤に聞こえるでしょうか。
 日の丸は破れてはいません。夜警が、現場が頑張っている限り、日はまた昇ります。そうでしょう、皆さん。 (言わずもがなと思いますが、この稿は筆者の個人的見解に基づくものであり、筆者の属するいかなる組織の見解ではないことを申し添えます。)



i.図はすべてWikimedia commonsから引用。
ii.彼は念願叶って、現地の要員に抜擢されました。健康に気をつけて頑張ってくれることを祈念します。
B.彼は念願叶って、現地の要員に抜擢されました。健康に気をつけて頑張ってくれることを祈念します。
1.予算の付け替え、繰り越しについて、独法なみに弾力化する
2.組織の改廃、新設及び定員の移し替えについて、時限的に大臣裁量で行えるようにする
3.予算の即時執行に必要な手続きについて、上限を定めて簡素化する(時限的に競争入札を廃止するまたは早期決定を可能とする)
4.被災者救済及び復興推進の障害となる規制の緩和を即時に行える権限を自治体又は復興本部組織に委譲する
iv.戦略および業務の階層は、例えば以下の整理。



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