第25回 科学と技術とイノベーション−その1侍ジャパンと日本の強さ


「侍ジャパンの戦略論」

 この稿が出る頃には旧聞に属するでしょうが、侍ジャパン、すごかったですね。日本のサッカーが組織として世界に伍する力があることを見て、明日へ向かって生きる気持ちを強くした方も多いのでは。スポーツの世界の戦略論をビジネスに当てはめることはよくやられていますが、これは、スポーツこそ「戦い」なので、実際の戦争同様、その戦略に一定の法則が認められるからでしょう。新聞報道を元に分析すれば、個々の選手の能力(戦略論上の兵器技術に相当)が劣勢の時のチームとしての戦い方(戦闘遂行能力として技能、集団凝集性などの戦闘組織・戦術論)、控えやスタッフの一体化や選手のモチベーションの維持(士気等の戦術論)、食事を含めた合宿等の支援体制(後方支援、ロジスティックス)などに優れていたことが今回の日本チームの躍進の基礎となる戦略論ではなかったでしょうか。これは、フランスやイタリアの失敗からも導き出せることだと思います。なお、サッカーを戦争だと位置付けたのは、我が朋友、平田竹男早稲田大学教授でした(平田竹男著「サッカーという名の戦争」新潮社)(*i)。


「日本の科学力」

 サッカーチームの戦略論を元に日本の強みを導き出す分析は経営学の専門家(*ii)にお任せするとして、日本のイノベーション戦略における強みはどこにあるのでしょうか。


 戦後、日本は技術立国を標榜し、80年代には競争力のある製造技術で世界市場を席巻しました。一方で、日本の強い競争力への恐怖から、米国から「基礎研究ただ乗り論」を展開され、政策的支援の対象について、産業技術開発から基礎研究つまり科学へのシフトを強いられました。しかしこれはイノベーション戦略においては過ちとはいえません。科学→技術→イノベーションというモデルは、字面のような簡単なリニアモデルではありませんが、イノベーション理論の本質でもあります。これに基づけば、科学力を重視する方向での政策転換は、近未来を見据えればマイナスではありません。


 先日筆者の主宰する会合で、ネイチャージャパン(正確には、NPGネイチャーアジア・パシフィック社)の米山ケイト氏と藤原由紀氏から、同社が日本のアカデミアに行うサービスのご紹介がありました。同社は、ネイチャー誌を中心とする様々な学術誌の出版社、ネイチャーのアジア統括企業で、1984年に東京の一人事務所として発足しましたが、いまやメルボルン、デリー、香港、ソウルなどに支所を置き、東京には80人のスタッフを置くまでに充実しています。出版事業の一環として、日本の大学や研究機関に対してサイエンスコミュニケーション等の支援事業を行っており、東工大や理化学研究所などが活用しています。次図は、米山さん達にお借りしたものですが、アジア太平洋地域の大学や研究機関が欧米のそれと比べて、科学者たちにどれだけ知られているかを示していますが、この地域の大学等が第一線の研究をしているかと答えた欧米の科学者は10%に満たず、また「知らない」との答えが80%を超えているというショッキングな結果を示しています。



 また、同社はアジア地域におけるネイチャー等の学術誌に掲載された最近一年間の論文をもとに、各種ランキングを行っています(nature asia-pacific publishing index)。これは、アジアのみで行っている活動とのことで、今後ネイチャー本社でも活用されるかもしれません。


 この中で特筆すべきは、アジアでの日本の研究機関の圧倒的な存在感です。例えば、1998年から2009年までの論文の国別のランキング推移を見ると、日本は2005年、2006年に若干低下したもののその後伸び続け、第2位の中国、第3位の豪州に比べて圧倒的です。この中でもここ数年の中国の伸びは著しいものがありますが、日中の差は開いたままです。これは、製造業の競争力で中国の脅威にさらされている実感からは乖離がありますが、科学の世界では、日本はまだまだアジアの巨人ということでしょう。この背景には、科学技術基本法や基本計画に沿った持続的な政府の支援があります。


「強い科学力をどう活かしていくか」

 サッカーチームの戦略論を元に日本の強みを導き出す分析は経営学の専門家 にお任せするとして、日本のイノベーション戦略における強みはどこにあるのでしょうか。


 米山ケイト氏らが紹介された日本の科学力の強さは、侍ジャパン以上に我々を鼓舞してくれましたが、「科学→技術→イノベーション」のモデル上、科学力が強いだけでは必要条件ではありますが十分ではありません。この科学力を活かして最適なテーマで技術力を磨き、知財を押さえ、組織力を持ってイノベーションを実現する必要があります。ここのところが、侍ジャパンに比べても?戦略がうまくいっていない印象があります。どうやって一次リーグを突破し、ベスト4以上にたどりつくのか。米国でも、日本の産業に圧倒された80年代、国家をあげて戦略が練られ、例えばその優れた研究の実力を持つ大学やNASAなどの国立研究機関からの技術移転の体制整備が行われ、バイドール法をはじめとする制度が確立しました。


 日本は、科学力が強いうちに、何をすべきなのでしょうか。いずれその考察を出来ればと思います。



i.こちらもどうぞ。桑田真澄、平田竹男著「野球を学問する」新潮社
ii.ここは、「戦略の本質」(野中郁次郎他著、日経新聞社・日経ビジネス人文庫) を著した先生方に期待したいところです?



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