第2回 ナショナル・イノベーション・システムと知財政策(休息編)


「はじめに」
 今回も、かつて官僚たちの夏の休息所だった?特許庁からお送りします。
 本題に入るまえに、酷暑が一段落した今日この頃の清涼剤として、一冊本を紹介させてください。イノベーションにかかる人材育成に関する良書です。やはり、国の基礎を担うのは人材(人財)です。是非ご一読を。


 青島矢一一橋大学イノベーション研究センター准教授は、知る人ぞ知るイノベーション経営学の気鋭の学者です。研究活動に専念するあまり、ずっと助(准)教授でいたい、と2002年頃初めてお会いした頃おっしゃったほどの研究好きの先生です。(知り合いの教授達の雑用の多さを垣間見ると、青島先生のお気持ちはよくわかります。)経産省でも何度かMOTの講義をお願いしていますし、NEDOにもご足労いただき、研究開発マネジメントについてご助言をいただいたことがあります。


 その間、たくさんの論文発表・著作をなし、藤本隆宏東京大学教授らとの共著、「ビジネス・アーキテクチャ」(i) は、この研究者グループによるビジネス・アーキテクチャ論の好著となっています。


 その青島先生が昨年編著された、「企業の錯誤/教育の迷走」青島矢一編 東信社をご紹介したいと思います。amazon.comで中味検索ができますのでご参考に。(ii)


 この本との出会いは、ある大学に「産学連携と人材育成」のお話を頼まれたので参考資料を探しているとき、たまたまwebで見つけたもので、青島先生から送られてきたものではありません。本を買おうと丸善に行ったところ、「在庫がない」といわれたので、ベストセラーか、とうれしくなりましたが、要は出版社の問題だったようで、八重洲ブックセンターには置いてありました。


 この本に興味をもったのは、第一章を東京大学の苅谷剛彦先生がお書きになっていることで、経営学の青島先生と教育学の苅谷剛彦先生が共著する本というのは、きわめて異例に思ったからです。苅谷先生はゆとり教育に対する評価など最近の教育論で有名な先生で、筆者も先生の著書や報告書のいくつかを読んで勉強した記憶があります。一方、筆者としては経営学と教育学の接合はとても重要な試みである、と頭の奥でわかっていました。つまり、産学連携による人材育成、大学改革とイノベーション創成など、これまで関わってきたテーマは、多かれ少なかれ教育と経営の接点の問題でもあったからです。


 久しぶりに青島先生にメールして、この本の成り立ちをお聞きしたところ、期待通り?以下のお返事をいただきました。(簡略化のため、一部筆者が改変しています。)


『この本は,7-8年前から,学術振興会が科研費とは異なったスタンスで研究を支援する仕組みとして始めた,課題解決型プロジェクト研究の一環です.同プロジェクトは社会にある課題を解決するという明確な目的をもった研究プロジェクトにトップダウン的 に資金を配分しようという意図がありました.僕は「失われた10年の再検討」というプロジェクトを立ちあげました.その時の意図は,「失われた10年」と呼ばれる時期に起きたことを,社会科学の多様な学問の知を結集して,反省的に解明しようというものでした.それで研究グループを募集したのですが,結局応募があったのは経営関係の2つのグループ(神戸の加登先生と立教の石川先生)だけで,当初の目論見とは離れたものになりました.人材関係に少し絞ろうと思い,東大の苅谷先生に参加をお願いしました.プロジェクトの後半になって,研究グループ横断的な成果を求められるようになり.最後には本を出すことが要求されました.ということで本の執筆の話は,上から突然降ってきたというのが正直なところです.
 本を書けといわれてもそれまでは各グループが別々でやっていましたし,教育学と経営学はこれまで接点がありませんでしたので,あらためて,1年間,毎月横断的な研究会を開いて,本のテーマ設定を含めた議論を繰り返しました.その議論は大変有意義で,特に苅谷先生からは多くを学びました.そこで我々が再認識したことが,「教育の現場で起きていたことと経営の現場で起きていたことは非常に似ている」,「教育の現場で起きていることと経営の現場で起きていることは相互に関係している」ということでした,その相似性と相互関連性をなるべくわかりやすく整理したのが,この本の中で僕が書いた部分です.これが経緯です.
 この研究会では自分でもいくつか「はっ」とする発見がありました.それを,「理念なき試行錯誤,迷走」「人材育成の全体システム」「個性というマジックワード」などの言葉で整理しました.実は「理念なき」という部分は多少無理がある表現だと思っています(理念はあったけど,その実現で迷走したものの方が多い).それはゲラの段階では気づいていたのですが,言葉として既にいろんな章に入っていたので,そのままにしました.「迷走」という方が正しいと思います.』


 どうでしょうか。「教育の現場で起きていたことと経営の現場で起きていたことは非常に似ている」,「教育の現場で起きていることと経営の現場で起きていることは相互に関係している」というのは、非常に示唆に富んだ指摘で、産業界の視点で大学改革や産学連携を見てきた筆者にとっても新鮮な言葉です。「理念なき試行錯誤」、という警句が私も思い当たるところがなくはありませんで、手厳しいなと思いつつ、我々の政策は理念があった、とも思い返しているとコメントしたところ、最後の段落のご返事をいただきました。


 失われた10年の、特に90年代後半から筆者らが関わってきた「構造改革的イノベーション政策」について、改めて青島先生のご指摘を元に見直して、より正しい理念に基づき新たな方向を考えていこう、という元気をいただきました。ありがとうございます、青島先生。


 今回は、「はじめに」で終わってしまいました。申し訳ありません。次回こそ、堅く行こうと思いますのでお許しを。





(i)有斐閣
(ii)http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4887138598/ref=sib_dp_pt


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