第1回 ナショナル・イノベーション・システムと知財政策その1


「プロローグ」
 お待たせしました??
 先日ご報告したとおり、筆者は特許庁審査業務部長に過日着任しました。
 これから、皆様にイノベーション戦略と知財と題して様々な話題をご紹介していきたいと思います。今後とも叱咤激励よろしくお願い申し上げます。


 ところで、たとえば「プロパテント政策」が90年代に産業技術政策上クローズアップされたように、ナショナル・イノベーション・システムの中で知財制度はきわめて重要な位置を占めます。はじめに、そのあたりの経過からご紹介したいと思います。というのも、特許庁という知財のエキスパートが内外におられるメッカのようなところで、特許庁に来て一ヶ月の新参者である筆者が、いきなり知財政策そのものについてえらそうに語れるはずもなく、この辺から入っていくのが奥ゆかしいかと思った次第です。おや珍しい、いつもふてぶてしく見える橋本が何を言っているのか、という声が聞こえそうですが、本当の筆者はそういう繊細なところもあるのです。信じていただけるかどうかは別にして。



「憧れの特許庁」
さて、改めて筆者と知財政策の関わりについてご紹介しましょう。つまらないと思う人は読みとばしてください。


 筆者の専門領域は、イノベーション論、特にナショナル・イノベーション・システム政策でありますが、もともとは産業技術政策論といった方がよいものでした。特に、技術政策上重要な、ナショナルプロジェクトの企画立案について、若手といわれる頃から携わってきました。プロテイン・エンジニアリングや高機能性高分子材料など、プロジェクトは終了したものの、脈々と研究開発の流れが続き世界をリードしているものもあります。(これをNEDOに来て再確認できたことは幸福でした)


 ところが、若手といわれなくなる頃、ちょうど工業技術院総務課というところに技術審査委員として勤務していた時から、ミクロな(予算は大きいですが)プロジェクトだけではなく、国立研究所の位置づけ、産学連携、知財政策やさまざまな規制改革などの大きな意味でのイノベーションシステム政策(当時はまだそういう言い方はしていませんでしたが)の重要性に気づかされます。その頃通商産業省産業政策局内に産業技術課という、まさにイノベーションシステム政策担当の課が作られました。しばらくすると、図らずも同課の中の大学等連携推進室長に任命されて、筆者と知財政策の本格的な関わりが始まるのです。


 知財政策の担当局は特許庁です。この部署には、若いときから異動してみたいと思っていました。しかしながら、現在と違って、私のような本省採用の技官(*i)は特許庁に行くことはありませんでした。また、当時は特許庁が何を担い、何を負託されているのか、ふわっとした理解しかしていませんでしたが、それだけに、特許庁の重厚なグレーの外観のビル(*ii)は憧れの対象だったのです。


 いずれにしろ、この頃、1990年代後半から、「憧れの特許庁」の方々や知財を取り巻く関係の方々と一緒に仕事をすることができたのです。



「華麗なる?知財人脈」
 産業技術課大学等連携推進室は、その後の機構改革により、産業技術環境局内の課に昇格します。大変幸運なことに、筆者は室長時代に大学技術移転促進法(TLO法)の作成に携わり、その数年後に今度は大学連携推進課長に任命されました。そしてTLO法の改正に関与しました。この過程で、大学TLOの創生期から、ある程度成長した時代の両方をみることができました。


 当時からお世話になっているのは、渡部俊也東京大学先端研教授です。先生はもともとTOTOの技術者でしたが、先端研に光触媒の研究にこられてから知財政策研究にも尽力され、東大TLOの生みの親の一人で、日本知財学会の創設者でもあります。その渡部先生らに請われてリクルートから東大TLO社長として招かれたのが山本貴史氏です。山本氏は、我が国有数の大学TLOである同社の黒字体質を創った敏腕経営者です。お二人とも知財戦略本部や特許庁の委員会で、現場のセンスを踏まえた厳しい?ご意見を陳述されていると聞いています。


 レックスウェル法律事務所の平井昭光弁護士、監査法人トーマツの北地達明会計士は、渡部、山本両氏とともに、TLOや大学発ベンチャーについて熱く語り合った仲間です。お二人ともご多忙でなかなか会えませんが。


 また、彼らと、米国に本社を持つアーリーステージ・ベンチャーキャピタルのインクタンク・ジャパン塚越雅信社長、筆者の後任である中西宏典大学連携推進課長(当時)らと練り上げたのが、大学発ベンチャー有楽町宣言(*iii)です。その中身は今でも新しく、理想が詰まっている(つまり現実が追いついていない)といえませんか?


 同様に知財戦略本部や経産省、特許庁の委員会でお世話になっている前田裕子博士は、先般、東京医科歯科大学の知財本部技術移転センター長から全国イノベーション推進機関ネットワーク(*iv)の総括プロデューサーに転出されました。関東の大学TLOの一方の雄、東京農工大学TLO(伊藤伸社長)の立ち上げにも副社長として携わった前田先生が、新天地で地域のイノベーションをどう支援していくのか、期待しています。(残された医科歯科大、大丈夫ですか?がんばってくださいね。)


 また、東京工大のTLO設立にご尽力され、筆者とも苦楽をともにした?清水勇教授は、なんと筆者もいる特許庁ビルの2階の主(失礼!)となられています。独立行政法人 工業所有権情報・研修館理事長であらせられます。その当時東京工大の学長であられた相澤益男先生は、現在総合科学技術会議の常勤有識者議員として常日頃から我々をご指導いただいております。お二人に特許庁への異動をご報告したところ、そろって「よくいらっしゃいました」と"歓迎"していただいた時は、少々びっくりしつつもとてもうれしく思いました。


 大学発ベンチャー支援といえば、この人、我らが出口俊一DND代表。実は大学連携推進課時代は、お互いに敬して遠ざかっておりましたが、現在はもっとも親しくおつきあいをしていただいている方の一人です。


 渡部先生とご一緒に知財人材育成に尽力されている妹尾堅一郎東京大学特任教授を忘れてはいけません。もともとビジネススクールの卓越した教授であられ、かつきわめてアクティブである妹尾先生は、最近も「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由」(ダイヤモンド社)を上梓され、ますますご活躍です。先生、忙しすぎて倒れないようお気をつけて。なお、妹尾先生と渡部先生を中心に、東京大学にて知財マネジメントスクールの受講生を募集中です。今年の10月から半年間、毎週水曜日の18時半から本郷で知財の人財育成をします。応募受付期間は8月24日(月)9時〜2009年8月28日(金)15時とのことですので、ご興味ある方はお早めに。詳しくは以下をどうぞ。
東京大学イノベーションマネジメントスクール(TIMS2009)


 NEDOにおいてとてもお世話になったのが、長岡貞男一橋大学イノベーション研究センター教授です。NEDOのプログラムマネージャーにもご就任いただき、研究開発プロジェクトのアウトカムに関する共同研究をしていただいています。知財の世界でも有力な教授のお一人です。


 産業界の重鎮としては、産業技術総合研究所の理事長に就任された、野間口有 前三菱電機会長や、アステラス製薬の竹中登一会長といった方々には、経産省、NEDO時代からご厄介をかけていましたが、特許庁も非常にお世話になっております。


 特許庁の現職およびOBの方々にもお世話になっています。たとえば、社団法人 日本国際知的財産保護協会の清水啓介理事長です。清水先生には、慶応大学教授として同大学TLOの立ち上げにご尽力いただきましたが、その過程で、元特許技監であられる先生の知見を存分に発揮いただきました。ジュネーブにいた頃、WIPOの本部がある関係で、特許庁から日本政府代表部やWIPO事務局に出向されている方々とお付き合いいただいたことも何かの縁を感じます。


 と、このように、この10年ちょっとの間に、いろいろな方々にお世話になりましたが、この方々と、さらに特許庁においてもお世話になるとは、我ながら驚きではあります。知財については浅学非才の身ですが、知財のプロフェッショナルとはよくご交誼を賜った、ということもできるでしょう。ありがたいことです。ますますお世話になります、皆さん。。。



「イノベーション政策における知財政策の位置づけ」
 何か、日経新聞最終面の交遊抄の欄のようになってしまいましたね。枚数が尽きてきましたので、詳細は次稿としますが、さわりだけでもご紹介したいと思います。


 「イノベーション戦略とNEDO」最終稿第23回にもご紹介しました(*v)が、イノベーション政策プロセスのモデルにおいて、イノベーションシーズである技術が産業化していくときの環境基盤として、知財・特許が位置づけられています。また、そこでは、イノベーション創成の方向の指標として活用すべき可能性を示しています。 


 一方、元の論文(橋本ほか、2009)(*vi)では、イノベーション論文の引用に関するネットワーク分析の結果、知的財産権、独占禁止、標準化といったテーマ、特に「知財の権利をどう利益に結びつけるか」の議論を扱うイノベーション論文群が、最大の論文クラスターの中でも大きなサブクラスターを形成することを示しています。つまり、イノベーション創成の基盤の一つとして、産学連携や地域ネットワークなどとともに、知財が位置づけられるとの俯瞰的分析ができるのです。


 このように、世界のイノベーション研究者から重要視されている知財ですが、ナショナル・イノベーション・システムにおける具体的な位置づけについては、すでに良い整理がされていますので、次稿以降でご紹介します。




(i)現在でも本省と特許庁の技官(上級職)の採用は分けて行われています。わかりやすく言えば本省は行政官、特許庁は審査官としての採用です。もちろん、特許技官も行政官的業務(政策の企画立案、法案の作成等)に携わり、深く関わっています。
(ii)特許庁ビルの外観。この4階に審査業務部長室があります。

(iii)「イノベーション戦略とNEDO」第2回参照。大学発ベンチャー有楽町宣言(pdf)
(iv)全国イノベーション推進機関ネットワーク(略称:イノベーションネット)
(v)第23回の図2(下記)参照

(vi)橋本正洋・坂田一郎・梶川裕矢・武田善行・松島克守、2009, ネットワーク分析によるイノベーションの学術俯瞰とイノベーション政策、第56巻4号 一橋ビジネスレビュー

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