第97回 「イノベーション政策の立て直し」に関して思うこと


 日本経済の再生の鍵を担う3本の矢の一つ、「成長戦略」の策定に当たる産業競争力会議が、安倍総理の指示で総合科学技術会議の司令塔機能の抜本的強化に向けた検討を始めました。2月18日の産業競争力会議の会合では、安倍総理が、「イノベーション政策の立て直し」として「省庁縦割り打破を図るため、権限、予算両面においてこれまでにない強力な推進力を(総合科学技術会議が)発揮できるようにしたい」と発言されています。成長の原動力の一つは間違いなく技術革新を契機としたイノベーションです。これを科学技術イノベーションと呼ぶならば(1)、技術革新を次から次へと生み出すために科学技術政策を強化することは、日本の将来にとって非常に重要なことです。


 これまでの科学技術政策で欠けていたことの一つは、産業競争力会議でも指摘されているように、「府省横断的に基礎から応用まで切れ目のない研究開発マネジメントができる推進体制」でした。科学技術は、基礎研究から応用研究、そして開発研究という方向に直線的に進むわけではありません。開発段階で壁にぶち当たったり、新たな課題が出てきたりした場合には基礎研究段階までもどって研究する必要があります。思わぬ発見が、研究を開発段階まで一挙に進めることもあります。実際、国の研究開発に参加する研究者のフラストレーションの一つは、せっかく面白い発見や成果が生まれても、省庁の予算の壁で研究の許される範囲に制約があるために、その原理や実用化の可能性をつきつめることが出来ないということにあると聞きました。


 「府省横断的に基礎から応用まで切れ目のない研究開発マネジメントができる推進体制」は、いくつもの技術要素から成る新たな社会システムを生み出すための研究開発でも重要です。こうした研究開発では、異なる研究開発段階にある、複数の要素技術について同時並行的に連携をとりながら研究開発を進め、その中から情勢や技術の熟度に応じて取捨選択しつつ社会システムとして組み上げていくことが必要だからです。


 これを可能とする重要な鍵は、臨機応変に研究開発に必要な資源投入額(別の言い方をすれば、各府省の予算額)を変更することができるようにすることです。これまで、研究開発の観点から見て合理的で、かつ、一貫性のある予算の配分がなかなかできないことは、府省が縦割りで研究開発を進めることの明らかな欠点でした。予算の配分は一元的に財務省が担っていて、その役割は、何があっても不動不変でした。もし、総合科学技術会議が科学技術研究に必要な予算を一元的に管理できるようになれば、少なくとも研究開発の観点から見て合理的な資源配分はできるようになるはずです。


 ただ、改革案を考えるにあたって、いくつか考えなければいけないことがあると思います。


 まず、こうした研究開発マネジメントを可能とするためには、しっかりとした見識をもって関連する研究開発全体を統率、管理できる人材と体制が必要です。研究開発の進展に応じて、臨機応変に研究資源を配分できるようにするためには、関連する研究の進捗状況をしっかりと把握するのみならず、その分野の科学技術動向を理解し、関連研究に従事する多くの研究者を引っ張っていかなければなりません。そういったプロジェクト・マネジメントに長け、リーダーシップに優れた科学者や技術者は、残念ながら日本にはあまりいないと言われています。


 次に、府省横断的に基礎から応用まで切れ目のない研究開発マネジメントを行うことが必要な研究の範囲と分野を見極めることは、必ずしも容易ではないということです。例えば、ロボットの研究開発では、技術がある段階まで到達したら、実用化後の用途をにらんで重点的に研究資源を投入すべき開発テーマを見定める必要があります。こうしたテーマの見極めは誰が行うべきなのでしょうか。画期的な機能を有する新材料が見いだされても、それがそのままで実用化につながることはほとんどありません。社会のニーズを的確に把握し、新材料の有望な用途を見極める必要があります。さらに、用途を見極めた後も、実用化にいたるまでには膨大な研究開発が必要となるのが一般的です。その間、目指す用途をとりまく技術動向や社会のニーズなどを踏まえて、的確な研究開発運営を行う必要がありますが、それは誰が最もうまく出来るのでしょうか?


 つまり、研究開発のステージが実用段階に近づけば近づくほど、その技術の実用化に係る政策的なプライオリティにしたがって、研究資源の配分を変えていく必要があるのです。実用化に係る政策的プライオリティの判断は、科学的、技術的観点からだけのものであってはいけないことは明らかです。このように考えると、一定程度以上、実用化に近づいた段階の研究開発は、これまでどおり、その分野の行政を担う府省が責任をもって進めることが自然だし、その方がよりニーズにマッチした形で研究開発が進むように思えます。


 しかし、それでは従来と変わらない。実用化研究が当初の期待どおり熱心に進められるかどうか分からないし、研究開発がある程度うまく行っても、各府省に任せておいては研究開発成果をイノベーションにつなげる普及施策や制度改革が十分に行われない可能性があるという声が上がりそうですね。しかし、そうした懸念の根っこにあるものは、何なのでしょうか?国家の重要目標が、各府省の政策のプライオリティにきちんと反映されていたら、各府省の本来持っている機能をフルに活用しながら政策目標を追求することができるはずですが・・・。


 結局、こうした声が上がるということは、既得権益や頑迷固陋な考えに縛られている各省に任せておいては、国家の重要目標である科学技術イノベーションの推進は期待できないという、府省に対する国民の大きな不信感があるということなのでしょう。ただ、各府省の責任と、やるべきことは法律で規定され、また、各府省は内閣が示す優先課題にしたがって仕事をし、国会からも仕事ぶりを監視されている(2)ことを考えると、そういった目で各府省の仕事ぶりを見てしまっては各府省の職員があまりに可哀想だとは思いますが・・・。


 まあ、行政組織の役割分担に係る建前論はひとまず措くとして、各府省の自律的な活動に任せていては不十分と思われることについて、総理主導で望ましいモデルを示すことを目的に、総合科学技術会議及びその事務局である内閣府が府省横断的な研究開発マネジメントを行う例を創ってみようという試みは、これまでの行政のやり方に変革をもたらし、これまでにない成果を生む可能性があります。やってみる価値は十分にあるでしょう。ただ、こうしたやり方は、組織論的には必ずしも論理的とは言えない試みだけに、現状の研究開発マネジメントを変える必要性の高い分野を、きちんと見定めて行う必要があると思います。


 では、どのような分野でこうした取組みを試してみると良いのでしょうか。私は、規制官庁が研究開発の出口に大きな影響力を持つ分野が候補になるのではないかと思います。具体的には、医療、健康分野、医薬、農薬などの薬品分野などがその代表的候補として挙げられるでしょう。これらの分野は、安全の確保が何よりも重要な政策課題であるだけに、政策の遂行にあたってイノベーションの創出の視点は、これまでは政策の優先順位の中で劣後しがちだったからです。安全を確保することは、重要な政策課題であることに間違いはありませんが、それらの分野でイノベーションの創出に少し政策の重点をシフトした取組みを行うことは、従来、イノベーション創出政策の手が届きにくかった分野においても大きな変革と機会を生む契機となるでしょう。さらに、これらの分野は、今後の日本でますます国民のニーズが高まっていく分野、付加価値の大きな分野ですから、イノベーションの創出に向けて思い切った取り組みをしてみる価値のある分野です。


 こうしたことを意識してかどうか分かりませんが、今後、産業競争力会議を通じて策定される成長戦略のもう一つの大きな柱として規制改革が挙げられています。規制改革と研究開発マネジメントの強化に併せて取り組むことによって、大きな効果が生まれるのではないでしょうか。


 府省横断的に基礎から応用まで切れ目のない研究開発マネジメントを行うための手立てとして、考えなければならないと思われることの3つ目は、組織面の手当てです。そうした研究開発マネジメントを行うことが望ましい研究の範囲と分野の見極めと、その中での研究開発資源の配分を的確に行うためには、科学技術の各分野から、大学、民間企業を問わず、第一線の研究者を集め、真のブレークスルーにつながるような研究分野とテーマを見極めることのできる体制を作ることが必要です。総合科学技術会議の有識者議員のような方々でも、最近のように科学技術の専門分野が細分化している状況の下では、常勤議員2名、非常勤議員を含めても計8人という少人数の体制では有望な研究分野とテーマを見定めることは困難です。審議会などで専門家が片手間に取り組める仕事でもありません。まして、現在のように2年か3年で異動してしまう総合科学技術会議の事務局の役人にそういった研究分野とテーマの見極めを手伝わせることは適当ではないでしょう。


 総合科学技術会議の場を、単なる研究費配分の陳情合戦の場としないようにするためにも、そして、総合科学技術会議を科学技術イノベーション推進の司令塔とするためにも、そういった専門家から成る常設の組織を創設することが望まれます。ただ、総合科学技術会議及びその事務局である内閣府が府省横断的な研究開発マネジメントを行うことをモデル的に行うのであれば、わざわざそうした常設の組織を作ることもないとの意見も当然にあり得ます。常設の組織ではないが、専門家による責任ある仕事ができる組織面での工夫とはどのようなものか。ひと知恵もふた知恵も絞る必要がありそうです。


 3月1日に開かれた総合科学技術会議の資料を見ると、どうやらこういった検討は、6月までに総合科学技術会議において行われることになったようです。  引き続き関心をもってフォローしていきたいと思います。




(1)私は、新たな科学技術面での発見発明を契機として起きるイノベーションは、イノベーションの一部に過ぎない(ただし、重要な一部ではあります)ことを留意すべきと考えています。これについては、「第85回『科学技術イノベーション』政策推進??」をご覧ください。
(2)このことは、第86回「縦割り行政」は間違いか?に詳しく書きました。



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