第95回 2030年に向けたエネルギー政策への期待


 エネルギー問題は、経済、社会活動の根幹に影響するだけでなく、長期的な取組みを必要とする問題だけに、エネルギー政策は国の将来に関わる政策として極めて重要です。しかし、現在、日本のエネルギー政策は混迷の極みにあります。政策の方向性は、12月16日の総選挙による政権選択を待たないとなかなか見えてこないのでしょう。そういった意味では、日本のエネルギー政策のあり方を決めるには、まだ検討を深める時間的余裕がありそうです。そこで今回は、これまでのエネルギー政策に関する議論で見過ごされてきたのではないかと思われる重要な視点について指摘したいと思います。


【これまでの原子力中心のエネルギー政策論議】
まず、これまでに行われてきた議論について振り返ってみましょう。現時点での政府の基本的考え方は、「2030年代に原発稼動ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」というものです(1)。この背景には、2030年の電源構成に関する3つのシナリオ【表1】を示した政府が発表した「エネルギー・環境に関する選択肢(2)」があることは皆さんもご承知でしょう。3つのシナリオは、電源構成に占める原子力発電の割合を軸に提示されました。各シナリオともに2030年には10%の節電を含む20%の省エネを行うことを前提とした上で、再生可能エネルギーを最大限導入することに努め、2010年度で電源構成の26%を担っていた原子力発電を再生可能エネルギーでどれほど置き換えていくかという視点に立った選択肢の形で示されています。



 これらのシナリオについては、前提としている経済成長率の妥当性、省エネ並びに再生可能エネルギーの導入に関するフィージビリティに問題があることは第91回目のコラムで指摘しましたが、東日本大震災にともなって起きた福島第一原子力発電所の事故により、原子力エネルギーに依存することの妥当性に大きな疑問符が付いたことがエネルギー政策の抜本的見直しのきっかけになったことを考えれば、原子力発電への依存度に視点をおいてものを考えるということは、不思議なことではないでしょう。


 しかし、それだけで良いのだろうか、というのが今回のコラムで指摘したいことです。日本のエネルギー問題の将来を考える際に原子力発電のあり方だけに目が向きすぎているのではないか。


【日本のエネルギー需給の実態】
その議論に入る前に、まず、日本のエネルギーの需給の現状をよく見てみましょう。【表2】を見て下さい。これは、2010年の日本のエネルギーの供給と需要の全体像を表しているエネルギーバランス表(略してエネバラ表)の抜粋(3)です。この表からは、いろいろなことが読み取れます。以下に、ちょっとテクニカルになりますが、この表の見方を簡単にご説明します(4)。



 表の最初の3行は、日本の「一次エネルギー国内供給」の内訳を、エネルギーの種類毎に統一の単位(1012kcal)で示しています。さらにその内訳は、「国内生産」と「輸入」など(5)の別に示されていて、これから我が国のエネルギー自給率17.7%(= 911 / 5,142) が計算できます。但し、ここでは原子力発電は国産エネルギー扱いです。この表は2010年度の姿を表したものですが、2011、2012年度は原子力発電がほぼゼロに近くなり、その分、化石燃料の輸入が増えていますから、エネルギー自給率は一時的に5%を切った水準になっていると思われます(6)。


 一次エネルギーとして供給されたエネルギーは、使いやすいエネルギー形態にするために日本の国内で異なるエネルギー形態に変えられます。こういったエネルギー種間の転換の状況を示しているのが、表の中段の「エネルギー転換及び自家消費」の部分です。各エネルギーの欄のマイナスは、エネルギー転換のために使用されたエネルギー量を示しています。例えば、2010年度に「電気事業者」は、石炭等、原油・石油製品、原子力などを使って、832の電力を製造したことが分かります。ちなみに、【表1】のエネルギー種別の電源構成の数字は、「電気事業者」と「自家発」が電力を生産するために使用された「石炭等」から「新エネルギー」までのエネルギー量の合計値(= 2,380(7))を分母として計算することによって、算出できます。例えば、「原子力」の割合は26% (= 607 / 2380)というように。


 話は横道に逸れますが、この表から「電気事業者」は一次エネルギーを2,027 x 1012 kcal使用し、電力を832 x 1012 kcal 製造したということが分かります。つまり、電気事業者の発電効率は41% (= 832 / 2,027)です。一次エネルギーを使いやすい電力という形にするために、エネルギー量の半分以上が失われているのです。


 【表2】は、「エネルギーバランス簡約表」を私がさらに簡略化したものであるために見えなくなっていますが、こうした「転換」は原油がガソリン、軽油、灯油などの石油製品に転換され、天然ガスが都市ガスに転換されて最終的に消費されるという形でも起きています。この辺のところは、【表2】中で青い点線で囲んだ部分に相当する「簡約表」の簡略化する前の姿を【表3】として文末に付けておきますのでご覧下さい。


 こうした転換などが行われた結果、各エネルギーがどのような分野で、どのようなエネルギーの形で最終的に消費されたかを示しているのが、「最終エネルギー消費」の部分です。最終エネルギー消費量の全体量は、3,418 x 1012 kcal。その内訳は、産業部門が45.8%(うち、製造業で43.3%)、民生部門が28.4%(うち、家庭用で15.9%)、運輸部門が24.5%消費しています。消費エネルギーの形態を見てみると、化石燃料の形で消費されているエネルギー量が73%(= 2,494 / 3,418;以下同様)、電力として消費されているエネルギー量が26%、そして、新エネルギー等の形のままで消費されているものも1%程度あります。


【化石燃料への依存が大きい日本】
ここまで、エネバラ表の見方の説明になってしまいましたが、さて、ここから何が見えてくるでしょうか?日本全体で使われているエネルギー全体を見てみると化石燃料への依存の比率が83.5%(= 4,294 / 5,142)と非常に大きいことが分かります。原子力は11.8%、水力発電と新エネルギーを合わせた再生可能エネルギーは5.0%です。【表1】の電源構成に着目したものとはずいぶんと異なる姿です。日本のエネルギー政策の将来について電源構成だけで議論すると、この化石燃料への依存比率の大きさの問題を見過ごしてしまう可能性があります。


 それでは【表1】の電源構成に係る各シナリオは、日本のエネルギー需給の全体としてみるとどのような姿になるのでしょうか。これを見るためには、若干の推計作業が必要です。【表1】の各シナリオには、先にも述べたように2030年までに省エネにより、最終エネルギー消費を約20%削減、発電電力量を約10%削減するという前提がおかれています。これを踏まえて2030年の日本のエネルギー需給構造の姿をざっくりと推計してみると【図1】のようになります。



 【表1】の「ゼロシナリオ」は、原子力発電を再生可能エネルギーで置き換えるということにほかならないシナリオなので、このシナリオでの化石燃料への依存率は現状と変わらないことは容易に想像できます。しかし、注意しなければならないのは、「20〜25シナリオ」の原子力発電の構成を25%に維持したケース(ここでは「25シナリオ」と呼びましょう)でも、2030年の日本のエネルギーの化石燃料への依存度は75%という高い水準に留まることです。さらに、これらのシナリオにおいて想定されている2030年において電源の35〜25%に再生可能エネルギーを導入するという目標は、経済産業大臣もチャレンジングなものだと政府のエネルギー・環境会議で認めている(8) だけでなく、多くの専門家もその実現性に疑問符を付けているような目標ですから、実際には2030年の日本の化石燃料への依存度が一層高くなってしまう可能性は小さくはありません。


【2030年に向けて必ず起きること】
今から20年後、2030年に向けたエネルギー情勢を展望するとき、ほぼ確実に起きると考えなければいけないことは何でしょうか?私は、化石燃料の需給の逼迫の問題と考えています。今後、2050年までに世界の人口は約1.4倍、一人当たりの所得は約4倍増加することはほぼ確実(9)と考えられていますから、経済活動の基盤となる世界のエネルギー需要は、約6倍に増加します。これが2010年から2050年のたった40年間に起きるのです。すごい増え方です。


 一方、大規模な油田の発見は、1970年代の終わりを最後に、それ以降ありませんし、中規模の新規油田の発見も年々減少しています。今後、シェールガスの開発が進んで天然ガスの供給が増えたとしても、化石燃料の需給の逼迫という基調は変わらないでしょう。また、こういった情勢を背景として2050年を待たずして化石燃料の価格が大幅に上昇していくことも考えられます。


 さらに、地球温暖化問題などの環境制約を考慮すれば、化石燃料の消費をこのペースで増大させていって良いわけがありません。つまり、日本が、今後、持続可能な成長を遂げていくために、2030年及びそれ以降に向けて化石燃料への依存率を低下させていくことが、非常に重要な政策課題として認識される必要があると思います。


 このように考えると、仮に原子力の役割を現状レベルで維持するとした場合でも、2030年に向けて化石燃料への依存を一層減らすだけでなく、さらにその先の時代を睨んで化石燃料への依存を減らしていくための対策が2030年の時点では目に見える形で軌道に乗っていることが必要です。こうした取組みは、日本のエネルギーの需給構造を大きく変える話ですから、対策の実現には時間がかかります。ですから、今からでもすぐに、取組みを始める必要があります。そして、もし原子力依存からの脱却を目指すのであれば、こうした取組みは一層重要、かつ、喫緊の課題となるはずです。


 やや蛇足になりますが、原子力依存からの脱却を主張している方々が、この点について何ら主張らしき主張をしていないのは、非常に奇異かつ無責任なことであると感じます。


【2030年に向けて取り組むべきこと】
それでは、何をすべきなのでしょうか。私は、再生可能エネルギーの導入を大幅に拡大していくための取組みを早急に開始することが必要と考えます。しかしそのやり方は、今までのやり方だけではなく、今までとは抜本的に異なる考え方に立った導入策に着手すべきと思います。


 今までと異なる考え方の第一は、導入を目指す分野と規模です。現在、2030年までに目指そうとしている再生可能エネルギーの導入規模は、最大でも【表1】の「ゼロシナリオ」の規模ですから、【表2】の「電気事業者」が電力を製造するために使用している「原子力発電」の約600 x 1012 kcalの規模ということになります。しかし【表2】から分かるように、火力発電で使用されている化石燃料はその約2.5倍(約1,500 x 1012 kcal)あります。加えて、その約4倍(約2,500 x 1012 kcal)の大量のエネルギーが、化石燃料の形で製造、民生、運輸の部門で消費されています。2030年までに省エネを強力に推進することにより、最終エネルギー消費を約20%削減、発電電力量を約10%削減できたとしても、2030年以降、化石燃料の相当程度を置き換えていくためには、こういった分野、すなわち現在、火力発電の燃料として使用されている化石燃料、並びに、最終消費分野で使用されている化石燃料の相当部分を置き換えることを考える必要があります。


 第二は、再生可能エネルギー、特に太陽エネルギー、風力エネルギーの導入の仕方です。これまで、太陽エネルギー、風力エネルギーの利用は、国内に太陽光と風力発電設備を設置して発電し、電力エネルギーとして供給するという考え方で、さまざまな取組みが進められてきました。しかし、日本のおかれている地理的、気象的条件から、国内で利用可能な太陽光と風力エネルギーには量的にも質的にも限界があります。また、前述した化石燃料の相当部分を経済性のあるコストで置き換えられるほどの資源量は、国内に存在していないのが実情です。


 また、太陽光発電、風力発電には、供給力の不安定さ、変動の激しさが固有の問題として存在するため、発電された電気の貯蔵、輸送方法が極めて大きな課題となっています。貯蔵方法として蓄電池やスマートグリッドを通じた貯蔵などが検討されていますが、それでは日本の電気コストは極めて高額なものになってしまいます。実際、こうした課題の存在が、【表1】の各シナリオにおける再生可能エネルギーの導入目標に係るフィージビリティについて、疑問符が付けられている大きな理由の一つでもあります。


 しかしこれらの太陽エネルギー及び風力エネルギー利用に関わる本来的な問題は、これらのエネルギーを化学エネルギーに変換して利用することによって、克服することが出来ます。化学エネルギーは24時間利用が可能で、貯蔵、輸送も容易ですから、エネルギー量の変動の問題は解消できます。既存の輸送手段により遠隔地での利用も可能となりますから、電源の分散化を通じて社会全体のエネルギーセキュリティやレジリエンスの向上にも役立ちます。


 さらに化学エネルギーに変換して利用することによって、海外に賦存する豊富な太陽エネルギー、風力エネルギー資源を利用することも可能となります。化石燃料と異なって資源量は無尽蔵であり、海外には多くの日照量、風量に恵まれ、政情の安定している地域があります。こうしたエネルギーを現地で貯蔵・輸送の容易な化学エネルギーに変換して日本に運んで来れば、経済性を確保しつつ、現在、化石燃料が担っている役割の相当部分を再生可能エネルギーによって置き換えていくことができる可能性があります。


 しかも化学エネルギーは、エネルギーのキャリアとして適切な物質を選べばCO2フリーのエネルギーとなります。(なお、この辺のところは、第89回「化学技術がエネルギー問題を解決する−アンモニアが面白い−」に、化学エネルギーとして極めて有望な物質と考えられるアンモニアについて書きましたので、それをご参照下さい。)


こういった再生可能エネルギーの導入策を含むエネルギー政策を企画立案し、その成果が2030年には少なくとも何らかの形で表れるように早急に取組みを開始しなければ、日本は化石燃料への依存の大幅な低減や、ましてや、原子力依存からの脱却など、将来にわたって出来ないのではないかと思います。





1) 「革新的エネルギー・環境戦略」、平成24年9月14日、エネルギー・環境会議決定。
2) 「エネルギー・環境に関する選択肢」、平成24年7月6月29日、エネルギー・環境会議決定。
3) 出所:「2010年度エネルギーバランス簡約表」、エネルギー・経済統計要覧2012 を筆者が加工。
4) 【表2】は、実際のエネバラ表の抜粋(表の一部を省略)のため、数字の合計等が合わない部分があります。
5) このほかに、輸出量299x1012kcal、在庫変動量-16x1012kcalがあります。
6) なお、以下に述べる我が国の一次エネルギー供給における化石燃料への依存率を始め、電力事業者のエネルギー転換率、分野毎のエネルギー消費割合などの数字は、「エネルギー白書」などに掲載されている数字とは少し異なりますが、これはここに掲げたエネバラ表は私が大幅に簡略化したものであるためで、エネバラ表の見方やエネバラ表を用いた議論に大きな影響を及ぼすものではありません。
7) 2,380 = 544 + 128 + 575 + 162 + 607 + 11 + 136 + 99 + 36 + 17 + 65
8) 平成24年9月4日開催、第13回エネルギー環境会議 資料2(経済産業大臣提出資料) 
http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120904/shiryo2.pdf
9) "Common Wealth: Economics for a Crowded Planet" by Jeffery Suchs

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