第8回 もうひとつの産学連携 (2)



 前回は、もう一つの産学連携、すなわち、大学の3つのミッション「教育」、「研究」、「研究成果の社会還元」のうち、「研究成果の社会還元」に限られることなく、大学の「教育」、「研究」においても産学連携によって、その質の向上を図る試みがなされるべきではないかとの問題提起をしました。

 もちろん、大学の教育研究が、時々の社会のニーズや外部の環境によってふらふらと変わって良いわけはありません。大学は学生にとって、社会人として身につけるべき一定水準以上の文化的、科学的教養、知識を習得し、物事を見極め考察できる分析力と思考力を涵養し、専門的能力や技術を伸ばしていくための基礎を身につけるとともに、真理や物事の本質を探究することの喜びを体験できる場であるべきと思いますし、そうなって欲しいと思います。

 (ちょっと話しは横道に逸れてしまいますが、私の娘がやや思いがけなく通うこととなった私立大学の医学部では、1年生の後半から学生の息もつかせない勢いで専門教育が始まり、大学というよりは、医療技術者育成学校のようになっているのではないかとも感じています。これを見ると、大学、大学院で学生時代を謳歌した経験のある両親ともに、娘がかわいそうになると同時に、人の生命を預かる医者の養成のあり方としてこれでよいのだろうかと感じてしまいます。)

 そのためには、特に大学の教養課程で教授される内容が年によって大きく変わるというのはおかしいし、中には百年一日のごとく、同じ内容で教えられる教科があっても良いとさえ思います。また、個々の科目では、多様な学説、アプローチ、考え方が教授されることも、大学においては極めて重要だと思います。その意味で、国立大学法人法の第3条に「国立大学・・・・における教育研究の特性に常に配慮し」と入念的に述べられているように、個々の大学における教育研究の自主性、自律性を重んじるべきことは当然と思います。

 しかし、大学の「教育」と「研究」は、世の中のニーズに敏感過ぎる必要は全くありませんが、それに全く無縁であって良いわけもありません。自主性、自律性を発揮するためには、一方で独善に陥ることのないよう、周囲の状況、社会のニーズなどをきちんと把握することも必要です。教授内容は普遍的であったとしても、教授方法に時代のニーズや技術を取り入れた工夫があっても良いはずです。大学の自主性、自律性を尊重しつつも、大学の「教育」、「研究」の分野での産学連携が指向されることは不適切でしょうか。

 大学の教育研究については、2002年の「学校教育法を一部改正する法律」によって2004年4月から7年ごとに文部科学省から認証された第三者機関(認証評価機関)による評価を受けることが義務づけられました。そして、国立大学については、文部科学省から認証された(独)大学評価・学位授与機構が、大学の教育研究活動の評価を行うこととされました。また、私立大学については、平成16年11月に設立された(財)日本高等教育評価機構が、同様の役割を果たすことになるようです。(また、認証評価機関としてはこの他に、かつて昭和22年に大学の自立的団体として設立され、その後文部省の「大学設置基準」の原型となる「大学設置基準」を策定した(財)大学基準協会があるようです。)

 こうした大学の教育研究活動の評価は、何故か、30名になんなんとする委員のうちの1名か2名の委員を除いて大学関係者だけで構成される委員会で行われています。数少ない大学関係者以外の方も、研究に近いところにいらっしゃる方が中心です。数だけで批判めいたことを言うのは不適当かもしれませんが、大学の外の実業界の委員がこれほど少なくて、急速にグローバル化の進む社会のニーズを反映した評価ができるのだろうかとも思ってしまいます。この評価委員会の構成を見ると、評価委員会は、教育研究の専門家によるピア・レビューを行う場という考え方で設計されているのかもしれませんが、この評価が「教育研究水準の向上に資する」という大学評価の目的に即したものになっているかという観点で見ると、「水準の向上」はあくまでもその時々の社会のニーズに照らした相対的なものではないかと思うだけに、大いに検討の余地があるように思います。

 大学の教育研究の評価について、これと対極をなすような試みも行われています。それは、経済産業省の委託事業として(株)三菱総合研究所と学校法人河合塾が研究調査報告書で提案した手法で(2003年10月27日報道発表資料「産業競争力向上の観点からみた大学活動評価手法の開発について」)、評価の視点の設定を企業の研究企画及び人事担当者、大学の経営層及び大学内で主として産学連携活動を実施している教員に対するヒアリングから得られた情報をもとに行っています。これはこれで大学の教育研究の評価のあり方として、あまりに産業界の視点や産学連携関係者に寄りすぎた評価になっているのかもしれませんが、認証評価機関の行っている評価に一石を投じたものといえるでしょう。残念なことは、この評価が単発的な試行に終わってしまっていることで、評価手法に対する様々な批判を生かしつつ、改善し継続的に実施されることが望まれます。

 この経済産業者が提案した手法による評価と、認証評価機関が行っている大学の教育研究の評価との中庸に位置づけられるものと思いますが、大学の技術者教育に関しては、大学の工学部の先生方を中心として1999年に「高等教育機関における技術者教育プログラムの認定を行い、その国際的な同等性を確保するとともに、技術者教育の向上と国際的に通用する技術者の育成を通じて社会と産業の発展に寄与すること」を目的とする日本技術者教育認定機構(JABEE)が設立され、大学において行われる技術者教育プログラムを評価することによって、社会と産業のニーズにマッチした大学教育の向上を図る試みが始まっています。ただ、この試みは法定の認証評価機関による大学評価(機関評価)を代替するものではなく、大学において行われる技術者教育プログラムを評価するという形をとっています。

 2005年1月に公表された中央教育審議会の答申「我が国の高等教育の将来像」が、多元的な評価機関の形成が必要であると指摘し、「機関別・専門職大学院の評価に加えて分野別評価が、分野の特性に応じて学協会等関係団体の協力を得ながら発展することが期待される」としているように、法定の認証機関評価とJABEEの行っている分野別評価の相乗効果によって大学の教育研究の向上を図るという考え方は重要で、大変に結構なことと思いますが、片や法定評価で、片や自主的評価というような位置づけとなっていることには、バランスの悪さも感じます。

 ところで、先述の中教審の答申にあるように、2002年の「学校教育法を一部改正する法律」によって、設置することが可能となった専門職大学院についても、その教育研究活動の状況について、認証評価機関の存在しない分野を除いて、5年ごとに認証評価機関による評価を受けることが義務づけられました。専門職大学院には、法科大学院、会計大学院、知的財産大学院、教職大学院などの特別な資格の取得につながるものや、経営大学院(いわゆるビジネス・スクール)、技術経営大学院などの産業界のニーズに直結した専門人材を育成するものが含まれます。法科大学院、会計大学院、知的財産大学院、教職大学院などのように、その教育研究の質が、専門資格の取得を目指す卒業生に課される資格試験によって、何らかの形で量られる専門職大学院はともかくとして、ビジネス・スクールや技術経営大学院のように、そうした資格試験のようなものが存在しない分野の専門職大学院については、認証評価機関の存在以前の問題として、その教育研究の質を評価する手法づくりが課題となっているようです。(なお、国際的な認証システムが存在するビジネス・スクール等については、その認証を受けることを目指す大学もあるようです。)そして、そのための努力が大学の関係者を中心に開始されています。

 先に述べたように、現状の認証評価機関による大学の教育研究に関する機関評価のあり方にも問題を感じますが、大学や専門職大学院の教育研究の評価のあり方に代替案を提起することによって、認証評価機関による大学の教育研究に関する機関評価を補完し、あるいは、代替案自体によって大学の教育研究の向上を目指すJABEEなどの取組みに関連して問題と感じるのは、再び、日本の産業界の関心の低さです。(社)日本経済団体連合会は、2003年3月18日付の「産学官連携による産業技術人材の育成促進に向けて」で、我が国を代表する33社の情報産業、メーカーに属する大企業へのアンケート結果をもとに、大学の新卒者の問題点として、(1)大学レベルの基礎学力の不足、(2)創造性欠如、問題設定能力の不足、(3)積極性、問題意識の欠如、(4)コミュニケーション力の不足、(5)専門領域周辺の知識の幅の狭さを挙げて、大学の技術系教育のあり方に問題を提起していますが、日本の産業界が日本の大学教育の向上に向けた協力や貢献を熱心に行っているとは感じられません。実際、先のJABEEの活動を支援している企業の数は、極めて限られていますし、JABEEのホームページには、「産業界には、単に良いものを選んで採用すればよいという意識だけでなく、良いものが育つ基盤を産学が協同して育成しようという気持ちを持っていただきたい」とのメッセージもJABEEの会長から出されています。また、先に述べたビジネス・スクールの教育研究の質を評価する手法づくりに対する産業界からの積極的な協力も、ほとんど得られていないようです。

 私は、大学の「教育」、「研究」の質の向上に資する産学連携を進めていくためには、「研究成果の社会還元」以上に、日本の産と学の間に横たわるとても大きくて深い谷を克服する必要があるように感じていますが、JABEEや専門職大学院の評価基準づくりの例など、一部の先生方を中心として大学の「教育」、「研究」の質の向上に資する産学連携に向けた熱心な試みが始まっているという明るい兆候も見え始めています。こうした大学側の、一部ではあるけれど、先進的な取組みに対する産業界側の真摯な対応を望みたいところです。

 この分野の産学連携は、大学側、産業側ともに、まだまだやるべきことが山積しています。

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