第66回 築地とハノイとソウルの店のウラにあるもの


 サッカーのワールドカップがいよいよ佳境に入ってきました。日本でも先のデンマーク戦では、深夜でも明け方でもなく、やや身の処し方に困る時間帯のTV中継であったにもかかわらず、視聴率40%という驚異的な数字が出たようです。サッカーのワールドカップは、本当に世界を熱狂させるイベントです。私自身、そうした世界の常識?をちょっと変わった形で実感したことがあります。


 それは、日韓共催のワールドカップで日本−チュニジア戦があった日のことでした。もう8年前のことになります。その日、私は、ジュネーブで日本代表団の一員としてWTOの通商交渉会議に参加していました。現地時間で昼休みの時間に日本−チュニジア戦が始まり、国際会議特有のやや長めの昼休みの後、日本の決勝トーナメント進出決定をTVの生中継で見届けてから、少し遅れて会場に入っていきました。すると会議に参加していた国々から「日本の勝利、おめでとう」の声が次々とあがり、ついには会場全体が祝福の拍手に包まれるではないですか。さらに、議長からは「日本の決勝トーナメント進出おめでとう」と特別な祝福の言葉までいただく始末。しかし、議長は、次のような発言を付け加えるのを忘れませんでした。「でも、決勝トーナメントでは我が国が日本に勝つので悪しからず・・・。」ちなみに、議長は決勝トーナメント第一戦の相手国、トルコの外交官でした。その発言で会場が笑いの渦に包まれたのは言うまでもありません。


 これほど世界は、ワールドカップに熱中します。あの真面目なイギリスやドイツでも、自国代表の試合の最中は仕事の手が止まるといいます。ですから、日本の代表チームがワールドカップで戦っているのにその試合の途中でいつものように仕事に戻っていたら、日本は世界からどのように思われたことでしょうか・・・。


 さて、今回は築地でアジアを感じ、アジアの商売について考えさせられたというお話・・・。


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 ここばかりは、どんなに朝早く出かけてもテンションをしっかりと上げて行かなければなりません。そうでないと間違いなく、元気の良いオニイサンにどやされるか、ターレットにひかれてしまいます。朝の築地市場の話です。ここはターレットやスクーター、軽トラが本当に縦横無尽に走り回り、混沌の極みといった光景です。昔の北京の自転車、最近のハノイのバイクの群れを思い出します。




 ところで、ターレットって言ってもお分かりにならないでしょうね。私も知りませんでした。縦横無尽に動き回るフォークリフトのようなもので、私も「築地_フォークリフト」とググッてみてその名前を知りました。丸い胴体で回転自由な本体の後ろに荷台を連結し、狭い通路をすばやく動き回れることの出来る乗り物です。写真をつけておきます。(ちなみに、運転している方は知り合いではありません。)築地では略して「ターレ」と呼ばれているそうです。


 ところで築地市場は、不思議なところです。以前、「第49回 身近にある美味しさの秘密」で書いたように、私は、月一回程度、場内市場に本物の魚を求めに出かけていますが、築地の場内市場には水産物を扱う中卸業者がそれこそ数え切れないほど店を出しています。調べて見ると、築地の場内市場には約800もの業者が店を構えているそうです。マグロ専門、地魚専門、海老専門、川魚専門、干物専門といった専門商店もありますが、扱っているのは、皆、水産物です。そればかりか、取り扱う水産物の種類も品揃えも同様の商店が、何軒も隣り合って並んでいます。同業の商店の一大集落です。


 ベトナムのハノイ。バイクが空に飛ぶ無数の鳥の群れのように一台一台は相当にむちゃくちゃな走りをしながらも、全体として見れば意思を持った生物のように走り回るこの街は、また、ちょっと奇妙なところです。道の両側には、長屋を間口2mほどに仕切った商店が並び、きわめて没個性的な風景です。でもよく見ると、一つのブロックは全て同業の商店で埋めつくされていて、没個性的どころか異様ささえ感じさせるほどユニークな街並みであることに気がつきます。電器用品店や洋品店、ゴム草履や運動靴を売る履物屋が集まるブロックは、車に乗っていると何となく通り過ごしてしまいそうですが、オートバイの部品屋、ブリキ製の煙突やフード、風呂桶を売る店、衛生陶器を売る店が集まるブロックは、大きな商品や部品が店先にごろごろと転がっているので、そういったブロックにさしかかると、いやでも町の風景自体がちょっと変わったことに気がつきます。


 実際に街を歩いて店を覗きながら売られている品物を良く見ると、同じ洋品屋のブロックの連なりと見えたものでも、ブロックごとにシャツやブラウス、タオル・敷布などのリネン洋品、袋物ばかりを売る店の集団に分かれています。国旗などの旗物だけを売る店の集団さえあります。ただ、最近は、ハノイやホーチミンシティの中心街路では、シャネルやグッチなどのブランド店やGAP、Benetton、BODY SHOPなどの店がそこここに進出し、こういった同業の商店の集積が崩れ始めています。


 ソウルの東大門周辺は、夜でも人のざわめきが絶えない商店街です。何でもこの地区は、深夜、明け方近くまで韓国の地方の町とソウルを結んでいる長距離バスのターミナルが近くにあることもあって、いつも夜遅くまで田舎から買出しに来る人でにぎわっているのだそうです。その中心部、にぎにぎしくライトアップされ、全館が小規模のブティックで埋め尽くされたファッションビルの周辺には、洋品の種類ごとに特化した同業者の一大集積を飲み込んだビル群が立ち並んでいます。これらのビルは広大で、その広いフロアの一つ一つを寝具だけを扱う商店群、ボタンだけを扱う商店群などが占めています。立体的集積ですね。


 圧巻は、衣服に縫い付けるタグだけを扱う商店群のフロア。そこには、服に縫い付けるワッペンなどと一緒に、例えばLevi'sのタグなど有名なブランドのタグも売られています。・・・ということは、模造品メーカーも出入りするタグ屋さんの群れということなのでしょうか。そういえば、屋台の立ち並ぶ雑踏を歩いていると、「オニイサン、オニイサン。とっても良い偽物があるよ」なんて言いながら、屋台に並ぶ品物の底のほうから、「良い偽物」を取り出してくる場面を何回も見ました。偽物に「良い」も「普通」も無いものだと思いましたが、そんな光景に出会っているものですから、こうしたタグ屋さんが存在することを目の当たりにしたときには思わず笑ってしまいました。


 何故、これほど多くの同業の商売が狭い範囲の地域の中で成り立つのだろう。築地に行ってこんなことを考えたときにふと思い出したのは、こうしたハノイやソウルの光景でした。そして、こうした光景を見ることが出来るのは、多分、アジアだけだと思います。ヨーロッパ、アメリカに住み、仕事で何回も中米、南米諸国にも行ったことがありますが、それらの地でこういった光景を見た記憶はありません。


 こうした同業の商店の集積は、買い手にとっては、あの場所に行けば必ず必要なものが買えるというメリットがあり、このメリットが集客効果につながることは確かです。しかし、商店の場合には、同業の競争相手が近隣に数多くあるのは、そもそも好ましいことではないはずです。また、商店の場合、製造業の集積とは異なり、一箇所に集積することがニーズ情報の共有、技術の蓄積や人材の育成面でメリットになるとは言えそうにありません。買い手にとってもスーパーマーケットのように一箇所で買いたいものがほとんど揃い、商品が整然と並んでいるほうが効率的な買い物が出来そうです。


 そんなことを考えながら場内をあるいていたら、一つ気がついたことがありました。


 築地の場内市場の店では、同じ店の中でも店の棚ごとに担当のオニイサン、オネエサンの持ち場が決まっています。欲しい魚が置かれている棚のオニイサンが接客中のときは、すぐ隣の棚の担当のオニイサンの手が空いていてもそちらに頼んではいけません。ある意味、縄張りが明確にあるのです。でもこの「縄張り」は悪い意味のそれではありません。その棚の魚のことは全て知っているということです。目利き力があり、そのオニイサンの言う「いい魚」は、本当にいい魚です。魚の産地はもちろんのこと、同じ魚でも産地、季節による味の特徴、お勧めの料理法、さばき方、値段、全てです。客の顔や好みを覚えていて、お勧めの魚を教えてくれます。


 ですから、客は信用できて、自分の好みを分かってくれているオニイサン、オネエサンを頼り買いに行きます。客は築地には「魚」を買いに行くのではなく、「あのオニイサン、オネエサンの勧める魚」を買いに行く。海老や貝を買いに行くときも、海老の専門店、貝の専門店に行くのではなく、あのオニイサンの海老屋、あのオネエサンの貝屋に行くのです。つまり、同じ鯛でも、あのオニイサン、オネエサンの勧める鯛は特別な鯛として差別化されていて、隣の店に並んでいる鯛とは違うのです。実際、私が築地に行く時のことを思い返してみても、特定の魚を買いに行っているのではなく、「今日は煮魚が欲しいんだけど、今日のお勧めの魚は何?」などと行きつけの店のいつもの棚を仕切っているなじみのオニイサンの勧めてくれる魚を楽しみしています。おまかせで魚の仕入れをしている料理屋の板さんもいると聞きます。


 結局、築地の場内市場は、同種のものを売る商店が軒を並べているところと見てはダメで、自分の扱っている商品のことを本当に良く知っているプロが集まっているところと見るべきなのでしょう。プロには個々のプロごとに個性、知識やその色合いに差がありますし、客の側にも好みがありますから、築地とは、実は千差万別の種類のプロから成る眼に見えない個人「商店」が建ち並び、個々の買い手と信頼関係で結ばれた無数のネットワークを通じて商売が行われている場なのかもしれません。


 ハノイやソウルの洋品屋や部品屋やボタン屋や、件のタグ屋の集積の背景に同じような事情があるのかどうかは分かりませんが、人間味あふれる商売がそんなにいっぱい残っているアジアの商売って、なかなか奥が深く、面白いですね。



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